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武奈ヶ岳登頂3

「別にそんな話は何《なん》も聞いてない。それどころか聞かなくてもお前の顔を観れば直ぐに解る。天地が引っくり返っても自発的に登山の練習なんて言わない男だけに、裏に切羽詰まった事情があっても、お前の場合は丸見えなんだ」

 何も彼女の前でそこまで言わなくてもいいだろうと石塚は膨れっ面をした。これに澤村さんが「いやに純情なのね」と大笑いした。

 真剣にその人の性格を読み取ろうとすると、どうでもよさそうなものにも反応する。その欠片を拾い集めて恋は大成していくものだ。

「純情だけで生活は出来ないわよ」

 チクリと皮肉って見せても、彼女の思いを沙苗さんも酌み取って後押した。

「でも、それは基本で。それがなければ一緒に暮らせないのよね」

 そけでも澤村さんは石塚を庇った。

「だから解りきったことだけに、そうして寄り添って行く力を養うのが恋でしょう」

 今までの弟に一番足らなかったものだけに、沙苗さんは不安なんだ。

「それは恋の問題じゃなくて、寄り添おうとする魂の息遣いを、人は愛と呼んでいるんです」

「越村さんって、穂高でもそうだったけど。愛を何《なん》か、ややこしく言うのが好きなんですね。好きって言う感性だけじゃダメなの?」

 恋は理屈じゃないと、恋に関しては石塚の単細胞を直撃した素朴な発言だけに笑えない臨場感がある。

「行動は単純でも、そこに行くまでの心の過程が実に複雑だからこそ、恋が成り立つんだ」

「一緒にここまで来てまだそんな話を続けるんですかぁ」

 沙苗さんも澤村さんも、もうそんな段階じゃないとほくそ笑んでいる。

「俺に、そんな話はしても姉貴同様にどうしょうもない」

「祐司と一緒くたんにされたくない」

 と言う沙苗さんに呼応するように、越村が「独り鈍感な男がいる」と咄嗟に言って退けた。

 頂上で語る恋談議は、何処まで当人達の胸を直撃しているか、誰も見抜けない。それが恋の面白さかも知れない。


了

   このあと穂高羨望の続編が始まります。

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