第36話:第二回戦の陰謀と、美しき暴君の『夏カツ魚(ウオ)』
「藤崎創。……まさか、あの神楽坂葵を初戦で屠る男が現れるなんてね」
東西料理大極祭、第二回戦の控室。
調理服の袖をきゅっと引き締め、精神を統一していた俺、藤崎 創の前に、影が落ちた。
現れたのは、タイトな黒のコックコートを妖艶に着こなした、長い銀髪の美女。中央都の西側エリアを牛耳る新進気鋭のフードチェーン総帥にして、冷徹な『味の計算機』と恐れられる料理人、西園寺 麗華だった。
「葵は伝統に縛られすぎて自滅した。だけど、私の
『徹底的な市場独占と原価計算』から生まれた料理は、1ミリの狂いもなく審査員の脳をジャックするわ。……ねえ、藤崎くん。あなた、私に負けたら、私のチェーンの『最高技術顧問(という名の囲い込み愛玩職人)』になってもらうわよ?」
麗華は、俺の調理服の上からでも分かる引き締まった胸板や、無骨で逞しい手元を流し見ると、妖しく舌先で唇を湿らせた。初戦で葵を圧倒した俺の『男の職人技』は、都の猛獣たちの独占欲に、さらに油を注いでしまっていたらしい。
「第二回戦のお題は【夏バテを極限の活力に変える、ガツンと濃厚なスタミナ魚介料理】!! 制限時間は45分! 調理、開始ッ!!」
スタジアムに爆音のブザーが鳴り響く。
麗華が選んだのは、都の大市場から最高値で買い占めたという、超特大の『夏アナゴ』と『エビ』の山だった。彼女はそれを超高温の高級胡麻油で一気に揚げ、ニンニクと特製濃厚甘辛ダレをこれでもかと絡めた、脳髄に直接響くような『極上スタミナ超特盛天丼』を仕掛けにきた。揚げ油の暴力的で濃厚な香りが、一瞬でステージを満たしていく。
一方、俺は。
「スタミナ、そして魚介、か」
俺はいつものように裏表のない、飾らないナチュラルな笑顔を浮かべると、今朝一番で大市場の信頼できる魚屋から仕入れておいた、赤黒く艶やかに輝く『ある魚』の塊を取り出した。
中央都のコンクリート砂漠で、連日の猛暑と大極祭の熱気に当てられ、限界まで疲弊している審査員たち。彼女たちが本当に求めているのは、胃もたれするような油の暴力ではない。
力強い野生の活力を宿しながらも、一滴の濁りもなく、身体が細胞レベルで歓喜する『真のスタミナ料理』だ。
職人の手解き:燃え盛る藁の炎と、極厚の『血合いの旨味』
俺が手にしたのは、初夏から夏にかけて都の海を北上する、脂の乗った最高級の『夏カツオ(初鰹〜戻り鰹の過渡期の極上品)』だ。
「カツオのスタミナを極限まで引き出すには……これしかない!」
俺はステージの上に特製の焼き台を設置すると、あらかじめ用意しておいた大量の
『乾燥させた稲藁』を燻り出させた。
そこにマッチで火をつけた瞬間、ゴォォォォォッッッ!!! と、天井に届かんばかりの凄まじい大炎が激しく燃え上がった。
大型スクリーンに映し出された、激しい炎の前に立つ俺の姿。
調理服の袖から覗く、毎日鉄鍋を振り、包丁を握りしめて鍛え上げられた、男らしい引き締まった前腕の筋肉。そこに炎の赤黒い光が妖しく反射し、大粒の汗が筋肉の筋を伝って流れ落ちる。
そのあまりにも雄々しく、野性味溢れる美しい職人の佇まいに、スタジアムの数万人の女性客から「ひゃああああっ!」「男の人が、あんな激しい炎を操ってる……っ!?」「格好良すぎて気絶しそう……っ!!」と、地鳴り collective な悲鳴が沸き起こった。
「カツオの表面を一瞬で焼き固める! 藁の強火でなければ、中に熱が入りすぎて生臭くなっちまうんだ!」
俺は極厚に引いたカツオの柵を鉄串に刺し、燃え盛る藁の炎の中に大胆に突っ込んだ。
煙と共に、藁特有のなんとも言えない香ばしい薫香が、カツオの表面をコーティングしていく。表面をわずか数秒でパチパチと焼き上げたら、すぐさま氷水ではなく、清潔な布を敷いたまな板の上で、手のひらでパンパンと力強く叩く!(これによって、カツオの旨味と、鉄分を含んだスタミナの源である『血合い』のジュースが中にギュッと閉じ込められるんだ)。
厚さ1.5cmという、一般的な刺身の倍以上の「極厚」に切り分けたカツオ。
そこに合わせるのは、醤油ではない。
俺がこの夏休みの港町(みなと食堂)で、おばあちゃんや漁師たちとの交流からインスピレーションを得て進化した、特製の『極おろしニンニク生姜と、夏カボスの薬味ぽん酢』。さらに、カリカリに揚げた香ばしいフライドガーリックをドバッと豪快にトッピングした。
「お待たせしました。『食事処 藤』特製――藁焼き夏カツオの極厚スタミナ叩き定食です。熱い白米と一緒に、ガブッといってください!」
美しき暴君の陥落、そして胃袋から始まる完全支配
麗華の『超特盛天丼』は、その計算し尽くされた濃厚な旨味で審査員たちを唸らせていた。「さすがは西園寺、圧倒的な満足感ね!」と、麗華はふんと不敵に微笑み、「私の勝ちね、藤崎くん」と勝ち誇る。
しかし、審査員たちが俺の『極厚カツオの叩き』を口に含んだ瞬間、スタジアム全体の空気が一変した。
モグッ……じゅわぁぁぁぁっっっ!!!
「「「「――――っっっ!!!!」」」」
審査員5人の瞳が、同時にカッと見開かれた。あまりの美味さと内側から湧き上がるエネルギーの衝撃に、身体を弓なりに反らせて悶絶し始めた。
「な、何よこれ……っ! カツオの身が信じられないくらい肉厚で、モチモチとした官能的な歯ごたえなのに、噛んだ瞬間に、藁の香ばしい香りと共に、カツオの濃厚な脂とスタミナ(鉄分)の旨味が、お口の中で爆発するわ……っ!」
「凄まじいのはこのニンニクとカボスのタレよ! ニンニクのガツンとしたパンチがあるのに、カボスの鮮烈な酸味と、どっさりのった薬味のおかげで、全くクドくない! むしろ、食べるほどに胃袋がカッカと熱くなって、身体の底から無限の活力が湧き上がってくる……っっ!!」
審査員たちは、エリートのプライドも、麗華への忖度もすべて忘れて、極厚のカツオをご飯にバウンドさせ、獣のように猛烈な勢いで白米をかき込んでいく。
「そんな……っ! 私の完璧な原価計算と濃厚天丼が、ただの『焼き魚の塊』に負けるなんて……っ!」
絶句する麗華に、俺は一切れのカツオを差し出した。
「西園寺さんも、どうぞ。頭を使いすぎて疲れているでしょう? ニンニクとカツオは、疲労回復に一番効きますから」
麗華はプライドを押し殺しながらも、カツオを口に運んだ。
モグッ……じゅわぁ……っ!
「っ……あ、信じられない……っ! 悔しいのに、身体が……私の細胞が、この男の料理を欲して歓喜の悲鳴を上げている……! 濃厚なのにどこまでもピュアな、男の力強さと優しさが、私の脳の計算式をめちゃくちゃに壊していくわ……っっ!」
麗華はハァハァと熱い吐息を漏らしながら、顔を真っ赤にしてカツオを貪り食い、そのあまりの美味さとスタミナの充足感に、カウンターに突っ伏してハァハァと激しく息を乱してしまった。
「勝者――『食事処 藤』、藤崎 創!!」
またしても審査員5人全員の票を奪う、圧倒的なストレート勝ち。
ステージ裏の通路で、麗華が乱れた銀髪の間から、潤んだ、だけど妖しくギラついた瞳で俺を壁際に追い詰めてきた。
「藤崎創……。あなたを技術顧問にするなんて前言は撤回するわ。私は、私のすべての資産とチェーンを投げ打ってでも、あなたという『最高のエネルギー』を私のベッドの隣に縛り付けたい……っ! 今すぐ私の本邸に来なさい、一生私が、あなたに最高の食材と愛を貢ぎ続けてあげるから……っ!」
「ずるいわよ麗華!! 創の藁の炎は、私の心を燃やすためにあったんだからね!」
「西園寺、天領の前に私たちが立ちはだかるわ!」
千草さんと一ノ瀬さん、さらに初戦で負けたはずの葵までが涙目でバックステージに乱入し、東西料理大極祭は、第二回戦にして『西の絶対王者』をも完全陥落させるという、手が付けられないほどの大熱狂へと突入していった。
俺は困惑して苦笑いしながらも、調理服の袖を引き締め直した。
「あはは……。皆さん、次の準決勝もありますから、まずは裏で頭を冷やしてくださいね」
路地裏の職人が操る『藁の炎と極厚カツオ』。
中央都を完全に支配し始めた創の美味なる進撃は、いよいよ準決勝、そして天領馨の待つ決勝の舞台へと、嵐を巻き起こしながら突き進んでいくのだった。
創流・夏カツオの極厚スタミナ叩き(2人前)
材 料
カツオの柵(皮付き、または皮なしの新鮮なもの):1柵(約250g〜300g)
乾燥稲藁:適量(※お家でやる場合は、フライパン+ガスバーナー、または魚焼きグリルで代用可能です)
粗塩(仕上げ・叩き用):ふたつまみ
【脳天を突き抜ける! 極おろしニンニク生姜ぽん酢】
ぽん酢醤油(市販):大さじ4
カボス(またはスダチ、レモン)の絞り汁:1/2個分(★これが夏を呼び込むキレになる!)
ニンニク(すりおろし):小さじ1/2
生姜:小さじ1/2
昆布出汁(冷ましたもの):小さじ1
【山盛りのドサッとスタミナ薬味】
ニンニク(薄切りにしてカリカリに揚げたフライドガーリック):2片分
みょうが(千切り):1個分
大葉(千切り):4枚分
万能ネギ(小口切り):たっぷり
玉ねぎ(極薄切りにして水にさらし、水気を限界まで絞ったもの):1/4個分
作り方
1. 薬味と特製タレの調合
1. ボウルに【極おろしニンニク生姜ぽん酢】の材料をすべて合わせ、冷蔵庫でキンキンに冷やしておきます。
2. 薬味の野菜をそれぞれ切り、フライドガーリックも用意しておきます。
2. 藁の炎の再現(または家庭での代用技)
原作通りの場合(アウトドア等):
焼き台に乾燥稲藁を敷き詰め、火をつけます。一気に立ち上がる大炎の中に、鉄串を刺したカツオの柵を投入。表面を「一瞬でパチパチッと焼き固める」ように数秒ずつ炙ります。
お家で手軽にやる場合(バーナー&フライパン技):
フライパンに薄くサラダ油(分量外)を熱し、強火でカツオの表面(皮目がある場合は皮目から)を、各面10〜15秒ずつ焼き色をつけるように焼き、仕上げにガスバーナーで表面を軽く炙って香ばしさを足します。
3. 布叩きの技術(旨味のジュースを閉じ込める)
1. 表面が焼けたら、氷水には浸けません。
★職人の技術ポイント
渚さんのところ(みなと食堂)の獲れたてなら氷水でもいいが、都の大市場の魚は氷水にドボンと浸けると、わずかな鮮度の差で旨味やカツオ本来の香りが水に逃げちまうんだ。だから、焼き上がったらすぐ
「清潔な乾いた布(または厚手のペーパー)を敷いたまな板」に置く。
2. カツオの表面に粗塩をふたつまみ振り、手のひらでパンパン! と力強く叩きます。
3. そのまま布に包んで、冷蔵庫で5分だけ急冷させて身を引き締めます。これによって、スタミナの源である血合いの鉄分と旨味が、中にギュッと閉じ込められるのさ。
4. 圧巻の「極厚切り」と盛り付け
1. 冷蔵庫からカツオを取り出し、厚さ1.5cm(指1本半の幅)の極厚に豪快に切り分けます。
2. 器の底に水気を切ったスライス玉ねぎを敷き、その上に極厚のカツオを美しく並べます。
3. 上からみょうが、大葉、万能ネギをこれでもかと山盛りにドサッと盛り付け、仕上げにカリカリのフライドガーリックを散らします。
4. 冷やしておいた特製ニンニク生姜ぽん酢を、食べる直前に上からドバッと回しかけます。
店主(創)からのワンポイントアドバイス
「お待たせ。都の西側の絶対王者、麗華さんの冷徹なプライドを大炎で焼き尽くした、極厚スタミナ叩きの完成さ。
食べる時は、薬味をこれでもかってくらいカツオの身で巻き込んで、白米の上に一度バウンドさせてからガブッと一口でいってくれ!
藁の香ばしい薫香の後に、モチモチした極厚の身からカツオの濃厚な旨味が溢れ出てくる。それを、カボスのキレとニンニクのパンチを利かせたタレが完璧にまとめ上げるんだ。
麗華さんもこのスタミナの暴力に、計算が全部狂ってカウンターに突っ伏しちまったからね(笑)。
さあ、ニンニクとカツオの最強コンビで、準決勝に向けて一気に活力をチャージしてくれよな!」




