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貞操逆転世界の孤高なる料理人「男ですが、路地裏で定食屋はじめました」  作者: たうやん


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第34話:東西料理大極祭への招待と、新たな刺客の影

「――ちょっと、創さん! 発表されたばかりの『東西料理大極祭』の対戦表、これ、どういうことなの!?」

翌日の夜。営業終了間際の『食事処 藤』の引き戸が、凄まじい勢いで開け放たれた。

飛び込んできたのは、息を荒くした一ノいちのせさんだ。その手には、中央都の料理界を揺るがすビッグイベントの公式パンフレットが握られていた。

「これを見てちょうだい。今週末に開催される料理祭のメインステージ……『新星枠』の筆頭に、あなたの、この『食事処 藤』の名前が大々的に載っているわ!」

「えっ……?」

俺――藤崎ふじさき はじめは、白シャツの袖を捲り上げて調理台を拭いていた手を止め、差し出されたパンフレットを覗き込んだ。

そこには確かに、『中央都・路地裏の気鋭、藤崎創、参戦!』と派手な文字が踊っている。

「馨の奴……! 創を専属にできないからって、中央都の全料理人の前に引きずり出して、力ずくでその価値を証明させるつもりか!」

千草ちぐささんもカウンターの奥から身を乗り出し、悔しそうに歯噛みした。

昨日、天領馨てんりょう かおるの秘書から手渡された一通の招待状。それは単なる観戦チケットなどではなく、俺をこの貞操逆転世界の中央都が誇る『巨大な料理戦争の舞台』へと強制的に引っ張り上げるための、馨さんからの挑戦状プロポーズだったのだ。

「もしこの大会で優勝でもしてみなさい。あなたの名前は中央都中に轟き、今以上の猛獣たちがこの路地裏に押し寄せることになるわ……。天領グループはそれを狙って、合法的にあなたを包囲するつもりよ」

一ノ瀬さんが、珍しく焦りを含んだ声で俺の顔を見つめてくる。

だが、俺は驚きつつも、ふっといつもの飾らないナチュラルな笑顔を浮かべた。

「……いいですよ。大勢の人に僕の料理を食べてもらえるチャンスですし、何より、馨さんがそこまでして僕の料理を認めてくれているなら、料理人として、全力で応えるのが筋ですから」

「創……あんた、本当にブレないねぇ……!」

千草さんが、その男らしすぎる職人魂に顔を真っ赤にして悶絶した。

新たな刺客:都の最高峰、料理界の『若き女帝』の来襲

「――ふん。ずいぶんと余裕そうじゃない、路地裏の“オス”料理人さん?」

冷ややかな、だが鈴の鳴るような美しい声が、静まり返った店内に響いた。

いつの間にか、店の入り口に一人の女性が立っていた。

純白の特注コックコートを完璧に着こなし、長い黒髪を高い位置でポニーテールに結い上げた、気の強そうな切れ長の瞳を持つ美女――。

中央都の最高級三ツ星料亭『極月ごくげつ』の若き総料理長にして、東西料理大極祭の最有力優勝候補、神楽坂かぐらざか あおいだった。

「あなたが、天領総裁や藤崎グループの大旦那を狂わせたという男ね。どんな凄腕の職人かと思えば……ふふ、おままごとのような定食屋の厨房で、男が一人、愛嬌を振りまいているだけじゃない」

葵は、俺の調理服から覗く引き締まった前腕や、男らしい手元を一瞬だけ値踏みするように見つめると、フッと鼻で笑った。この世界では、男の料理人など「趣味の延長」か、精々が「見栄え重視の飾り」としか思われていないのだ。

「葵……! あなた、どうしてここに……!」

一ノ瀬さんが、料理界の生ける伝説の登場に表情を硬くする。

「挨拶代わりよ、一ノ瀬。天領総裁の目が曇ったのか、それともこの男が特別な『男の武器』でも使ったのか、確かめに来たの。……でも、失望したわ。今週末の大極祭、あなたのステージの対戦相手は、この私よ」

葵は不敵な笑みを浮かべ、俺に向かって一歩踏み出した。

「男は大人しく、女に尽くされていればいいのよ。あなたのそのおままごと料理じゃ、私の『極上の伝統と技』の前で恥をさらすだけ。……せいぜい、泣いて逃げ出さないことね」

職人の返答:都会の冷徹を溶かす『初夏の魚介冷製茶碗蒸し』

一瞬にして店内に張り詰める、都の最高峰の威圧感。

だが、俺は調理服の袖をきゅっと引き締めると、少しも怯むことなく、葵を真っ直ぐに見つめ返した。

「神楽坂さん。……遠くからわざわざありがとうございます。まだお仕事が残っているんでしょう? 随分と肩に力が入っているみたいです」

「なっ……何よ、私の心配なんて――」

「お腹が空いていると、いい料理のアイデアも浮かびませんよ。うちにある余り物で申し訳ないですが……これを食べて、少し落ち着いてください」

俺はいつもの優しい笑顔で葵をカウンターへ促すと、すぐさま厨房へと戻り、包丁を握った。

神楽坂葵――確かに素晴らしい技術の持ち主だが、その佇まいからは、都の最高峰を背負う重圧と、張り詰めた疲れが透けて見えた。そんな彼女の頑なな心をほぐすのは、濃厚な料理ではない。

俺は大市場で仕入れた新鮮な『キスの白身』を素早く三枚におろし、極薄の飾り切りにする。

そこに、昨日引いておいた煮干しと昆布の極上出汁に、ほんの少しの塩と卵液を合わせ、器に注いで強火で一気に蒸し上げる。

仕上げに、キンキンに冷やした特製の「鼈甲べっこう出汁ジュレ」を上からたっぷりとかけ、梅の果肉と大葉の千切りを添えた。

「お待たせしました。特製・キスと夏野菜の冷製茶碗蒸しです。どうぞ」

「……茶碗蒸し? フレンチや高級割烹の技術を極めたこの私に、こんな家庭料理を……」

葵はフンとそっぽを向きながらも、漂う出汁のあまりにも純粋で深い香りに、抗えずスプーンを落とした。ジュレと卵がキラキラと輝く。一口、口に含んだ瞬間――。

ツルンッ……じゅわああああああっっっ!!!

「ーーーーーーーーっっっ!!!!」

葵の全身が、ビクッと激しく震えた。

持っていたスプーンを落としそうになりながら、彼女の冷徹だった瞳が、一瞬にして快楽と驚愕でトロンと潤んでいく。

「な、何これ……っ!? 卵液が……まるでシルクのように滑らかで、口に入れた瞬間、跡形もなく消えていく……っ! それに、この冷たいジュレの圧倒的な旨味は何!? キスの白身のピュアな甘みが、梅のほのかな酸味と合わさって、私の体の奥の疲れが……ドロドロした焦りが、綺麗に溶かされていくみたい……っ!」

「言ったでしょう、神楽坂さん。料理は戦うための武器じゃない。食べる人を笑顔にするためのものです」

俺が頭を掻きながら、包み込むような大人の包容力に満ちた笑顔を向けると、葵はハァ、ハァ、と熱い吐息を漏らしながら、顔を真っ赤にしてお椀を抱え込んだ。

「う、嘘よ……男の料理に、この私が……っ! あ、圧倒的に優しくて、だけど職人のプライドが1ミリもブレていない……こんなの、こんなのズルすぎるわ……っっ!!」

「ずるいわよ葵!! 創の笑顔を独り占めするんじゃないよ!」

「そうよ、初対面で店主さんの包容力に絆されるなんて、都のトップのプライドはどこへ行ったの!?」

千草と一ノ瀬さんが涙目で参戦し、店内は週末の決戦を前に、まさかの『料理界の若き女帝』をも巻き込んだ新たな強奪戦の修羅場と化した。

「あはは……。皆さん、今週末は僕も全力を尽くしますから、お店では喧嘩しないでくださいね」

俺は困惑しつつも、葵の空になった器を優しく受け取るのだった。

料理界の最高峰が集う『東西料理大極祭』。

都会の猛獣たちと、新たに胃袋を掴まれた若き女帝――創の路地裏から始まる『中央都激闘編』は、初戦からとんでもない大熱狂の嵐を巻き起こそうとしていた。







キスと夏野菜の冷製茶碗蒸し 鼈甲ジュレがけ(2人前)

材 料

【シルクの口溶け 卵液(黄金比 1:3)】

卵(Lサイズ):1個(約60g)

冷ました和風合わせ出汁(昆布とカツオ):180ml(★卵の重量に対して正確に3倍量)

薄口醤油:小さじ1/2

みりん:小さじ1/2

塩:ひとつまみ

【器の具材】

キスの身(刺身用または三枚おろし):2尾分

酒(下処理用):少々

枝豆(茹でてサヤから出したもの):6〜8粒

【涼を呼ぶ 特製鼈甲出汁ジュレ】

和風合わせ出汁:100ml

醤油:小さじ1

みりん:小さじ1

粉ゼラチン:2g(小さじ1/2の水でふやかしておく)

【仕上げの薬味】

梅干し(種を除いて叩いたもの):少々

大葉(シソ・極細の千切り):2枚分

作り方

1. 鼈甲出汁ジュレの仕込み(あらかじめ作って冷やす)

1. 小鍋にジュレ用の和風出汁、醤油、みりんを入れて火にかけ、ひと煮立ちさせたら火を止めます。

2. ふやかしておいたゼラチンを加え、余熱で完全に溶かします。

3. 耐熱容器に移し、粗熱が取れたら冷蔵庫でキンキンに冷やし固めておきます。


2. 卵液の調合(シルクの喉越しを作る引き算)

1. ボウルに卵を割り入れ、泡立てないように箸をボウルの底につけたまま、白身を切るようにしてよく解きほぐします。

2. 冷ました和風出汁、薄口醤油、みりん、塩を加えて静かに混ぜ合わせます。

3. 【重要】目の細かいザル(または万能こし器)で、卵液を2回こします。


★マスターの技術ポイント

葵さんが「口の中で跡形もなく消える」と驚いたのは、この徹底的な『こし』の技術さ。こすことで、口当たりを悪くするカラザや完全に混ざりきらなかった白身を完璧に『引き算』できる。これが、シルクのような滑らかさを生む絶対の条件なんだ。


3. キスの下処理と器への仕込み

1. キスの身は一口大に切り、軽く酒を振って5分置き、キッチンペーパーで水分を優しく拭き取ります(こうすると生臭さが完全に抜けます)。

2. 耐熱の器(茶碗蒸しの器や小さなガラス容器)の底に、キスと枝豆を等分に入れます。

3. 2の卵液を、器の縁から泡立てないように静かに注ぎ入れます。表面に泡が浮いていたら、スプーンの先やチャッカマンの火で突いて消しておきます。


4. 繊細な火入れ(気泡を入れない蒸し技)

1. 蒸し器(または深めの鍋に水を数センチ張ったもの)を沸騰させ、器を並べます。

2. 蓋を完全に閉めず、菜箸を1本挟んでわずかに隙間を作ります。

3. 最初の1分は強火、その後はごく弱火に落として10〜12分じっくりと蒸します。


★ここが職人の手解き!

カンカンに沸騰した高温のまま蓋を閉め切って蒸すと、卵液が急激に沸騰して中に「す(気泡の穴)」が空いてボソボソになっちまう。菜箸を挟んで蒸気をおろし、弱火で優しく熱を伝えることで、プリンのようにぷるぷるとした完璧な状態に仕上がるのさ。


4. 竹串を中央に刺してみて、濁った汁が出ず、澄んだ出汁がじんわり浮き出てきたら蒸し上がり。器を取り出し、粗熱が取れたら冷蔵庫でしっかり冷やします。

5. 盛り付け(清涼感の完成)

1. 1で冷やし固めておいた鼈甲ジュレを、フォークなどでクラッシュしてキラキラのジュレ状にします。

2. キンキンに冷えた茶碗蒸しの上に、ジュレを贅沢にたっぷりとかけます。

3. 中央に叩いた梅肉を少しのせ、千切りの大葉を添えて完成です。


店主(創)からのワンポイントアドバイス

「都の最高峰を背負って、肩に力が入りまくっていた葵さんの心を優しく溶かした冷製茶碗蒸しさ。


卵液をしっかりこして、火加減を徹底的にコントロールすれば、お家でも料亭を超える驚きの滑らかさが作れるぜ。

最初に上のキラキラした鼈甲ジュレと薬味の爽やかさを味わってから、下の冷たい卵液とキスのピュアな旨味をツルンと喉に滑り込ませてくれ。

都会のストレスで疲れた胃にも、これなら一切の抵抗なくスルスル入っていくからね。しっかり栄養を摂って、暑い夏を乗り切ろうな!」



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