ヒーローとアイス
「いらっしゃいませ」
レンタル屋のレジにいた店員の視線に少しドキリとする。
「なぁー お前って他の人には見えないんだ よな」
「そーだよ なんで?」
「いや…」
なにも考えずに来てしまったため、あまりにもハッキリとした愛姫の姿に、今になって不安になってきたのだ。
だが、前から歩いてきた客が俺の横を通り過ぎた時、それがいらぬ心配だったことが証明された。
その客は、俺とすれ違う時、愛姫にぶつかる事もなく、何事もなかったかのように体を通り抜けていったからだ。
それを見てふと思った。
「なぁ なんで他の人はああやって通り抜け
ていくのに俺には触れる事ができんの?」
「さぁ 私もよくはわからないけど、多分見
えるから」
「見える?」
「うん。見えない人は今ここに私がいること なんて知らないでしょ? 」
「まぁな」
「目と頭で認識できないものはその人にとっ ていないのと同じなんだよ」
わかったようなわからないような…
なんだかややこしい話だ。
「ふぅーん まっイイか
じゃ、俺はこの辺にいるから勝手に行って
こい」
「ヘェ〜イ」
愛姫はフワフワと行ってしまった。
俺は特に観たいものはない。
って、あ…
コレ、こないだ映画館に観に行ったやつだ
もう出てんだ。
最新の技術を駆使して造られた映像は確かに凄かったが肝心な中身はペラッペラだった
高い金払って観に行くんじゃなかった
なんて思っていると、
「いっちゃん いっちゃん あった!
早く こっち来て!」
「ああ? もう?
ってか引っ張るなよ!」
そして連れて行かれたところは
「え? ここ?」
そこは、肉体派俳優の代表作がズラリとならぶアクションコーナーだった。
「それで、どれ観たいの?」
「これ…」
愛姫は人差し指で一本のDVDを指差した。
「おお、これは…」
それは、中国の武術家が主演を務める
まさにヒーロー物語だった。
小柄な人だけど、スタイリッシュなアクションがメチャクチャ格好良くて、俺も何本か映画を観たことがある。
「お前って変わってるよな」
「なんで?」
「だって、普通女子って胸がキュンてなるよ
うな話が好きなんじゃねぇの?」
ごく一般的な知識だけど…
「そっか、そうだよね」
「だろ?」
「うん、 でもね…」
「ん?」
「私、ヒーローが好きなんだ」
「は?」
「ヒーローってさ、どれだけ窮地に陥ってて
も必ず助けに来てくれるでしょ?」
そう言って愛姫は小さく笑った
「ふぅーん
やっぱお前変わってるわ」
この時はその程度にしか思ってはいなかった
「じゃ、行くか」
「あっ あとコレとコレも!」
「はいはい、
もう観たいもん全部持ってこい」
結局、計五本のDVDを借りた。
帰り道
雨は完全に止んでいた。
早く帰ってシャワー浴びてぇ〜
んでもってキンキンに冷えたビールを…
「ねぇねぇ、いっちゃんいっちゃんいっちゃ
ん」
「うるせーな 何回も呼ぶな
うっとおしい!」
「せっかく外に出たんだからこのままどっか
行こうよ!」
「はぁ? お前ちょっとは空気読めよ。
寝不足の上この暑さにこの湿気。
俺の不快指数はMAXを超えてんの!
だいたい誰のせいで寝不足になったと思っ
てんだよ」
ったく、いちいち相手にしてたらこっちの身がもたない。
「オラ、とっとと帰るぞっ」
俺の頭にはもう寝る事しかなかった。
そんな勝手な要求、無視だ。
俺はさっさと歩き出した。
するとその後ろで
「あ〜あ」
「なんだよっ!まだなんかあんのかよっ」
体をねじって振り返る
愛姫は一歩も動かずそこにいた。
そしてこう言った。
「せっかくまたこの世界に戻ってこれたのに
なぁー
もっと生きたかったなぁー」
「っ! お前なぁー」
なんだよ、この同情を誘うような言い草は
何もしてないのに自分が悪者に思えるじゃねぇーかぁ…
人の心って面倒臭い…
普通なら「断る!」と言ってこの話を終わらせてもおかしくはないのだが…
「わかったよ… 行けばいいんだろ…」
甘いなぁ…
俺ってば、ホント馬鹿。
「もぉ〜 やっぱりいっちゃん優しい!」
そう言うや否や
「あ〜も〜
だからくっつくなって。
冷てぇんだよ、お前」
「ヤダッ!」
愛姫は腕を離そうとはしない。
ブラブラとぶら下がっている。
振りほどく気力も当然ない。
まぁ、冷たくて気持ちいいからイイか…
「で、何処行きたいの?」
「何処でもいい」
「そぉだなぁ…
もう夕方だからおんまり遠出も出来ないし
近くのショッピングセンターでもいいか?
ビールきらしてるの忘れてた。
あそこなら原チャリで行けるし」
「ウンウンウンッ!」
頷く頭の噴水が激しく揺れる
前途多難…
この言葉を全身で感じたのは生まれて初めてだった。
そんなこんなで、俺はまたもやシャワーを浴びる時間も、ベッドでの安眠も与えられずに
部屋を出る事になった。
目的地のショッピングセンターは、原チャリで15分程の所にある。
途中、パトカーが追い抜いて行った時はさすがにドキッとした。
なんせ、幽霊とはいえ後ろに愛姫が乗っていたからな。
ノーヘルに原チャリの二人乗り。
見えないとはいえ、やっぱりどうしても罪悪感てものが出てきてしまう。
ま、何事もなくて良かったけど…
「先に言っとくけど、ここではあんまり話で
きないからな」
「なんで?」
「なんでって、こんな人混みの中で独り言言 ってたら怪しいだろ」
「あっそうか…」
「まぁ、軽く頷くくらいは出来るから
行きたい所があったら言え」
「ヘェ〜イ」
やたらと広い店内は、夕方の買い物客で賑わっていた。
俺たちは、荷物になるからと、買い物を後回しにして、ズラリと並ぶ専門店通りをブラブラと歩いていた。
そんなショップのディスプレイを見ながら
愛姫が溜息をついた。
「なんだよ」
前を向いたままボソッと呟く
「もう少しマシな格好で死ねばよかった」
「お前さぁ、とんでもない事サラッと言うの
やめろ」
「だってさぁ、こんな服…
思いっきり普段着じゃん。
せめてお気に入りのワンピース来てコンビ
ニ行くんだった」
「コンビニ? コンビニ行く時に事故ったの
か?」
「あっ そうそう、思い出した。
確かアイスが食べたかったんだっけ
でも行く途中で事故ったから結局アイス
も食べずじまい」
アイス……?
「あっ!!」
「な 何よ! 急に」
「ちょっと来い!」
俺は咄嗟に愛姫の腕を掴み、急いでトイレの個室に入り、鍵を閉めた。
もちろん男子トイレだ。
「ちょっと! なんで私まで入らなきゃなん ないのよ! 私そんな趣味ないからね」
「ちげぇーよ! バカッ!」
「じゃあ何よ」
「お前、もしかしてアイスが食べたかったん
じゃないのか? 食べれなかった事が心残 りで蘇ったんじゃないのか?
いったい何のアイスだよ!
バニラか? チョコか?」
俺は興奮していた。
しかも俺だけ…
何故かいつもうるさい愛姫は静かだった。
というか、冷めた視線を俺におくっている
「な なんだよ。
もしかして… 違う……とか?」
いや、この雰囲気からするとおそらく…
「多分ね…」
やっぱりかぁ〜〜
「ねぇ いっちゃん、私ってそんな単純?」
「いや… だってアイス食べたかったぁ
とか言うから…」
「そんな事くらいでいちいち人の魂戻して
たらこの世界幽霊で溢れかえっちゃうよ」
あ………
そうか。
そうだよな。
「クッソォ
これだと思ったのになぁ」
俺は壁を背にズルズルと座り込み、ガクリと頭をさげた。
その頭の上からケラケラと笑う声がする。
「なんだよ 笑うな」
「ゴメンゴメン…
ちょっとネ…」
「ちょっと? ちょっとってなんだよ。
言えよ」
「いっちゃんてやっぱり優しいなって
思ったの」
「うるせー」
悪態をつく声もなんだか情けない
「そろそろ行くか。ビール買って帰るべ」
「え〜!?」
「だからお前空気読めって」
そう言ってトイレを出たのだが、結局その後も俺は愛姫に腕を拘束され、一時間以上も連れ回された。その際、退屈しのぎにと1500ピースのパズルを買わされた。
愛姫のシャツにブリんトされているクマと同じイラストのパズルだ。
そんなに高いものでもないのに、愛姫はとても喜んでいた。
その顔に、俺は少しばかりの癒しを感じていた。だが、その事は死んでもこいつには言うまい…
その夜、俺たちは借りてきたDVDを早速観る事にした。
眠気はあったが、一本くらいは付き合ってもいいか、と。
俺自身、好きな映画だったから…
その内容は、ブチ切れた主人公がたった一人で悪の組織に乗り込み、圧倒的な強さで敵をボコボコにする。そして、ラストは囚われていたヒロインをカッコ良く救っておしまい。まさにヒーロー物語り。
俺は、画面にエンディングロールが流れ出すと、冷蔵庫から二本目のビールを取り出しソファへ戻った。
プシュッと開けてグビっと飲む。
あ〜〜〜
たまらない…
「やっぱこの映画何回観てもいいよなぁ」
ほろ酔い気分ですこぶる気分は上々
昼間の俺は何だったんだ?
映画サイコー!
ビール万歳!
そんなアホなことを一人思っていると、愛姫が珍しく真面目な顔でこんな事を効いてきた
「ねぇ いっちゃん」
「なに?」
「ヒーローって本当にいると思う?」
俺は
ん〜と少しだけ考える
「そうだなぁ こんな風に誰が見てもヒーロ ーって呼べる奴はそうそういないだろうけ
ど、その人にとってのヒーローならいるん
じゃねぇか?」
「その人?」
「うん…
例えば、普段は冴えないお父さんが子供の
前で最高にカッコいい所を見せるとするだ
ろ? そしたらそのお父さんは子供にとっ
てのヒーローになるんじゃねぇのかな
俺はまだ子供いねぇしよくはわかんないけ
ど、なきにしもあらず、だと思うよ」
「じゃあヒーローはいるんだ!」
愛姫が突然身を乗り出した。
顔をギリギリまで近づけて。
期待感を溢れさせるように。
活き活きとした目と言葉で。
その顔があまりにも純粋な子供のように思え
「いるっ!」
そう自身たっぷりの返事をしたが、
それは、酔っていた頭が答えた口先だけの返事だった。
ただのヒーローヲタクの戯言だと思っていたから。
この先に何が起きるのかなんて知る由もなかったから。
「さて、寝るか」
「え〜〜〜 まだ11時なのに〜?」
「だから寝不足なんだって朝から言ってるだ
ろうがっ! それに明日は仕事なの!」
「つまんまいぃ〜」
まるで駄々をこねる子供のようだ。
いや、こいつに限っては子供といってもいいかもな。
俺、ほんとにこいつと付き合ってたのか?
「そんな顔してもダメ」
「チェ〜」
だからって子供じゃないからな。
てか幽霊だし。
「お前、俺のベッド使えよ。
俺はソファで寝るから」
俺は当たり前のように言った。
だが、愛姫は何故か えっ? というような顔をしている。
「い いやいいよ。私が勝手に転がりこんで
るんだし私がソファ使うから。
それにいっちゃん疲れてるでしょ?」
「今更何しおらしい事言ってんだよ。
あんだけ引っ張り回しといて。
女をソファに寝かせて男がベッドに寝るっ
ってのはなんか気分的に良くないんだよ
だからお前が寝ろ!」
そうなんだ。
別に悪い事じゃないし、自分のベッドなんだけど、それは暗黙の了解というか、その流れが普通だと思ったんだ。
ところが、そんな俺の優しい心遣いをこいつはとんでもない言葉で踏みにじった。
「じゃあさ、一緒に寝よっか?
久しぶりに…」
「なっ!!」
ダメだ…
やっぱ俺、チェリーだわ…
この歳でチェリーってナニィ〜?
俺、今年で28だぞ。
「アレェ〜
いっちゃん、なんか顔赤くない?
もしかして照れてるの?」
「うるせー! 黙れっ!」
「えっ 嘘っ ホントに照れてるの?
ヤダァ いっちゃんカワウィ〜イ!」
クッソ〜
この熱さは照れなのか?
それとも怒りか?
どっちなのかもうわかんねぇ
「お前、殺すぞ…」
「もう死んでるしィ〜」
そう言って愛姫はケラケラと笑った。
神経逆撫で…
一瞬でも癒されたと思ってしまった自分が哀れだ…
「もういい… 寝る!
後で代わってくれって言っても知らない
からな!」
「言わないも〜ん ケケケ」
「………………」
クソッ クソッ クソォ〜
腹立つ!
でもなんか言い返せない。
だから余計に腹立つ!
「歯、磨いてくる」
そのまま洗面所へ向かった。
その後ろで、愛姫の明るい笑い声はいつまでも続いていた。




