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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
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オー マイ ゴッド!

こんにちは。吉田 琥珀と申します。

このお話は、琥珀の前作、「眠り姫が笑った日」の続編みたいなものでして。

主人公は違うのですがね。

だけど、このお話から読んで頂いてもぜんぜん問題はありませんので。

でもでも、もしよろしければ琥珀初投稿の前作から読んで頂けたら嬉しいです。

日本の観測史上初、1時間に100ミリ以上もの雨が街を襲った

それはまだ梅雨の始まりの事だった


雨はあらゆるものを流し、各地に甚大な被害をもたらした


夜中中響き渡った雷鳴。

激しく窓を打ち付ける雨音は一晩中続いた


朝になってようやく嵐はおさまったが、雨は未だシトシトと降り続いていた。


俺は一人傘を差し、近所の公園である男を待っていた

その腕にはケージに入れられた猫が一匹

俺の猫じゃあない。

その男からの預かりものだ。


公園といっても、ここはいわば自然公園といったところだろうか。

周囲を5キロ程の舗装された遊歩道が取り囲み、その中心には池がある。


外周に沿って植えられている桜の木は、

春になると満開を迎え、花の終わりに見られる壮大な桜吹雪は、この地域の名物になっている


今は雨に濡れて輝く紫陽花の花がちょうど見頃だ

だが、今の俺に花を見て心を癒やせ、なんて悠長な言葉は通用しない


「ったく、うっとおしい…

てか遅い!」


待ち合わせは昼の1時。

すでに10分の遅刻だ。


それくらいなんだ…

じゃねーぞ


人間、いや、この世に生を受けたものは何が何でも睡眠をとらなければならない創りになってるんだ。


魚だって花だって、夜にはスヤスヤと眠る

それなのに、この俺が昨夜の雨のせいで一睡もできなかったなんてありえない

座って休もうにもベンチは雨でぐっしょり濡れている。


「屋根くらいつけとけよ…ボケ」


そうボヤいた直後、桜の木の向こう側に一台の車が停まり、中から一組のカップルが降りてきた。


男は俺の姿を見つけるなり


「お待たせぇ〜」


と右手を高くあげ、入り口の方へ向かった。そして再び姿を現した男は


「悪い悪い、そこの信号さえ青だったら

間に合ったんだけどなぁ…

待った?」


いかにも申し訳なさそうな言い方だが

そのマヌケ面じゃあ1ミリの説得力もない


「おい、矢神…」

「あ?」

「…………」



そのだらしない顔に半開きの口

あ〜〜〜〜〜〜

顔面殴りてぇ〜



信号って言った? こいつ…

開かずの踏切ならまだしも、信号って言ったよな。頭悪すぎだろ。

何故かって?

だって、俺の記憶が正しければ、10分以上も赤のままの信号なんて

この街にはない!


「お前さぁ、嘘つくならもうちょっと

マシな嘘つけよ。

余計ムカつくんだよ!」

「あ… バレた?」

「バレた? じゃねぇよ! アホか!」

「だから悪いって言ったじゃん。

ていうか、そもそもお前が今朝にな

ってやっぱり公園にしようって言っ

きたんだろ?俺は家まで行くって言

ったのに」



あ………



そうだぁ…

そうだったぁ…

苛立つあまり忘れてたぁ…


そう…

矢神の言った通り、昨日の時点ではこいつが俺の家まで来る事になっていた。

ところが、昨夜ちょっとしたトラブルが発生し、どうしてもこの男を家に入れる事が出来なくなってしまったんだ。


しまったぁ〜

頼む。 そのマヌケ面でここはスルーしてくれ…


が、その願いは叶わなかった。


「でもなんで急に場所変えたんだよ

なんかだいぶ焦ってたみたいだけど

誰か来てんのか?」


お前空気読めよ…


「へっ? い、いや、そんなのはいない

けど? 誰かって誰だよ。

訳わかんねぇ事ゆーなよ

ハ…ハハハ…」



額にじんわりと汗が…


そんな怪しすぎる俺を見て、矢神がスッと顔を寄せてきた。

そして、言った。


「怪しいな… 女か?」

「……っ!」


ツツツッと流れ落ちた汗


「ちっげぇよ! バカッ!」


渾身の力で全否定

それが余計に怪しい


「ヘェ〜〜〜」


そんな視線がジリジリと俺を追い詰める


どうしよう…

なんか立場逆転してるし〜


返す言葉に迷っていると、そこに天使の声が舞い降りた!


「成瀬君、こんにちは」


その声の主は、今も俺に疑いの視線を向けている矢神の彼女。

清楚で優しくて面倒見が良くて、しかもカワユイ。なんでこんな子がこの男の彼女なのか、多分、一生かけても解けない謎だ。


「おおっ! 愛海ちゃん!

体の方はもう大丈夫なのか?」

「うん、もうすっかり」

「そっかそっかぁ。ホント良かったな」

「うん、ありがとう」


しめた…

ここは一気にこのまま…


「しっかし、あの時のこいつの顔ときた

ら、ホント情けなかったんたぜ」


ニヤリと矢神の顔を見た


「お前余計な事ゆーなよ!」


矢神はかなり焦っていた。

その横で、彼女は手を口に当ててクスクスと笑っている。とても上品に。


出来の悪い彼氏に出来の良い彼女。

ある意味お似合いのカップルではあるのだが、この二人はつい数ヶ月前、彼女の愛海ちゃんが事故に遭い、一ヶ月もの間意識不明の状態が続くといった危機的状況に陥っていた。

それでもなんとか彼女は意識を取り戻し

昨日無事退院したのだ。


「おっそうだそうだ。

おい、タマ、本当のご主人様が迎え

にきたぞ」


愛海ちゃんはケージを覗きこみ


「わぁ〜 すっかり大きくなっちゃった

わね。成瀬君、今までありがとう」

「いやいや、こんなのどうってことない

さ」


そこへ、矢神の顔がヌッと割り込んで


「おい、猫! お前のせいで愛海は事故

に遭ったんだからな!後でたっぷり

恩返ししろよなっ」


猫に恩返しって…

やっぱこいつバカだわ…


「てかさぁ、この猫、なんか目つき悪く

ね? 預ける相手間違えたか?」


こいつ…

いつか絶対鼻フックしてやる。


「殺すぞ…」

「へへ、ジョーダンジョーダン

へへへへ」

「……………」


「帰れ! もうお前帰れ!

あっ 愛海ちゃんの事じゃないからね

このバカの事だからね。

気にしないでね」

「バカバカゆーな! アホ」

「はぁー!?」


完全にキレモードにはいった俺は、ツンとした顔の矢神の方へジリリと詰め寄った。矢神は、やるか?と、ボクサーのような構えを見せる


普段ならこんな幼稚な挑発には乗らないのだけれど…

さすがに今日は。


そんなやり取りを横で静かに見ていた愛海ちゃん


クスクス…


と小さく笑った。


「なに…?」


構えたままの矢神が尋ねた。

すると愛海ちゃんは、笑いを抑えながらこう言った。


「二人共本当に仲が良いのね」

「良くねぇよっ!!」


あ………ハモった…


「……………」

「……………」


あ〜〜〜〜

なんか恥ずかしくなってきた。

なんだコレ?


矢神も同じような顔してるし…

ホント、

女の子って華だよな…





「さてっと、そろそろ行くか」

「お、おう、とっとと行け…」


ようやく、ケージを矢神に手渡した。


「成瀬、ホントいろいろ世話になったな

今度飯でもおごるわ」

「イイけど、俺の胃袋、A5ランクの肉

しか受け付けないけどそれでもいい

か?」

「アホか!」

「ハハ、ジョーダンジョーダン。

んじゃ、気をつけて帰れよ」

「オウ! 」

「愛海ちゃんも、退院したばっかりなん

だからあんまり無理すんなよ」

「うん、ありがとう。

じゃあまたね、成瀬君」

「オウ! またな!」


二人は車に乗り込むと、車内から手を振りながら行ってしまった。


「俺も帰るか」


いつの間にか雨は止んでいた。





ベタベタと、ダラダラと、やる気の無さが滲み出ているのか、すれ違う人がみんな俺を避けているように見える。

ヤバイな…

これって被害妄想?

怒りの治まった寝不足の頭もさすがにボンヤリとしてきた。


実を言うと、

この寝不足の原因は激しい雨のせいだけではなかった。


今、俺はとても大きな問題を抱えていた

世間一般の常識と呼ばれているものを全て覆してしまう程の大きな問題を…


公園から俺のマンションまでは歩いて

約10分。早く帰ってベッドに潜り込みたい。


だが、今自分に降りかかっている出来事を思い浮かべると、無意識に溜息が漏れる。


足が重い。

重すぎる…


いったいこの俺の身に何が起こったのか


その原因が、たった今到着した俺の部屋にいる。


俺は五年程前から一人暮らし。

俺が部屋を出て行くと、当然ここには誰も居なくなる。

だが、廊下の先にあるリビングからはテレビの音が聞こえてくる。

付けっ放しで出た訳じゃない。

じゃあどういう事か。


それはこういう事だ…


「あっ! いっちゃんおかえり!」


その元気すぎる声に、俺は頭を抱えた。


「おかえり! じゃねぇだろ。

なんでまだ居んだよ、帰れって言っ

たろ?」

「何よぉ そんな言い方しなくていい

じゃん。せっかく暖かく迎えてあげ

たのにぃ」


頼んでもいないのになんとも押し付けがましい態度


「お前バカだろ…

暖かいの通り越して暑いわッ!!

本当に俺の事を労わりたいなら

この暑さをなんとかしろ!」


部屋をあけたのはほんの1時間程だが

窓を閉め切った室内は、湿気と暑さで蒸し風呂のようだった。


「ったく、エアコンくらいつけとけよ」

「へ〜へ〜 気が利かなくてすいません

でしたね」


あ〜も〜〜

どいつもこいつも…


もはや言い返す気力もない俺は、無言でエアコンの電源を入れた。

だが、そんな中でもこいつは汗もかかずに全く平気な顔をしている


いったい何故か……





………それは

こいつが幽霊だから………





このアホ幽霊、愛姫あきは、2年程前に付き合ってた俺の元カノ。

とは言っても、付き合ってたのはほんの半年程度。

ある日突然連絡がとれなくなり、そのまま自然消滅してしまった。


その後、風の噂で新しい彼氏が出来たと聞いていた

ところが、半月前の事、愛姫は不慮の事故に遭って亡くなった



ーー享年22歳ーー

あまりにも早すぎる死だった。



俺は葬式にだって行ったんだ。

こいつは確かに柩の中で永遠の眠りについていた

傷ひとつない綺麗な死顔だった。


それが… それがだよ!


昨夜、街が豪雨に襲われる直前の小雨の降る中、仕事を終えた俺はいつものように近道の公園を抜けて帰っていた。


雨が降っているというのに生温い風の吹く嫌な夜だった。


目の前に、街灯にボンヤリと照らされた自動販売機が見えてきた。

いつも見ているはずなのに、何故か昨夜はその場所が不気味に見えた。


柄にもなく、自然と足取りが早くなっていく

なんだか心臓もバクバクいいだした


ナンダコレ…


そう思いながら自動販売機の前を通り過ぎてすぐの事だった。


「いっちゃん…」


突然名前を呼ばれ、反射的に後ろを振り返った。

そしたらそこにこいつが立っていた。

俺と目が合うなり、


「いっちゃん久しぶり!」


こいつは何食わぬ顔で言った。


あまりにも自然な言葉に

一瞬、「オウ!」と返しかけたが、

葬式に行ったのはほんの半月前。


その事を思い出した俺は

瞬時にして血の気が引いていく感覚を

生まれて初めて実感した。


全身の毛という毛が総毛立ち、真冬でもないのに手足がガクガクと震えだしてどうにもこうにも止まらない。

息が止まって叫び声すら出せなかった

そして、耐えきれなくなった足がグニャリと折れ、そのまま水溜りのど真ん中に尻もちをついてしまった。



俺は今まで生きてきて一度も幽霊の存在なんて信じた事はなかった。

だって見たことなかったんだから。

自分の目に映らないものを信じろというのは無理な話。少なくとも俺には…


だが、さっき俺の前で間抜け面をさらしていた矢神は、ああ見えてそっちの方にはかなり詳しいらしい。

幽霊なんてそこら辺にいくらでもいるぞ

といつも言っていた。


だが、俺は何を聞いても信じなかった

散々バカにして大笑いした事もある

それを今になって、


ーーやっぱり幽霊はいましたーー


なんて言える訳がない。


「女か…?」

と聞かれた時は、当たってるけど当たってない、そのややこしさに焦った。


だが、今目の前にいるのは確かにこの世を去った人。

という事は…


へたり込んだ俺の頭ん中は当然真っ白

パニックすら起こせないでいた。

ところが、


「いっちゃん? どうしたの?」


再びかけられたその声が、俺のパニックスイッチを押した。


その後の事はあまり覚えてない。


気がつくと、俺はベッドの中で布団に包まり、いつからか激しくなっていた雨音に怯えていた。

ただ、濡れたズボンだけはしっかり脱いでいた。 どうやって脱いだのか…

ホント覚えてないんだけどな…


そして、少しウトウトとし始めた頃

スマホのアラームが鳴り、目を覚ました


朦朧とする頭の中で、昨夜の事が蘇る。

だが、薄らボンヤリとしていてなんだか実感が無い


「夢…だったのか?」


半ば自分に言い聞かせるように呟いた

まさにその時だった…



「いっちゃん」


耳元で…


「……ひっ!!」


声がした。

それも…


「オ・ハ・ヨ」


息がかかりそうな程近くで…




「イヤァァァァァァァァァ!!!」




俺は初めて叫び声をあげた。


そんな訳で、急きょ今朝になって待ち合わせ場所を変更せざるを得なくなったのだ


そんな事などこれっぽっちも知らない愛姫は、ソファの上で胡座をかき、呑気にテレビなんかを見てやがる。


指先まで隠れた袖の長い大き目のTシャツに短パン。かなり軽装だ。

事故に遭った時の服装だろうか。

茶髪のロングヘアーの前髪を頭のてっぺんで束ねて噴水のようになっている。

体を動かす度にその噴水がユラユラと揺れて…

なんかイラッとする……


「ねぇねぇ いっちゃん、映画見たい。

レンタル屋さん行こうよ」

「はぁ? やだよ、眠いし」

「え〜 だって退屈なんだもん」


愛姫はぷぅっと口を尖らせた


「だったら帰ればいいだろ!

だいたいなんで俺なんだよ。

お前、俺と別れた後、男出来たって

聞いたぞ!普通蘇って会いに行くと

したらそっちだろ。

俺たちが付き合ってたのって2年も

前だしどう考えてもおかしいだろ」


何がどうなってこいつが俺の元へ来たのかは全くわからない。


「帰れって言われても、事故に遭って次

に目を開けたらあそこに立ってたん

だもん…

そしたらそこにいっちゃんが来て。

だから何処に行けばいいのかなんて

わからないんだもん…」


当の本人がこんな調子なのだから俺にわかるなずもなく…


「本当に何も覚えてないのか?」

「覚えてない」

「じゃああの紫陽花はどうした?

何処で摘んできた?」


その紫陽花は、こいつが俺の前に現れた時、手に握られていたもので今はコップにさして窓際に置いてある。


何故、何処にでも咲いている紫陽花を何処で摘んできたのかなんてわざわざ聞いたのか。

それには理由があった。


花びらの形や全体の形状からして、この花が紫陽花である事には間違いない。

問題はその色。


普通、紫陽花といえば紫かピンクと相場は決まっている。

だが、こいつの持っていた紫陽花は赤

実際、中には赤い色をした紫陽花もあるが、それは『赤』というより、限りなく赤に近いピンク。

こんな混ざりっ気のない赤ではない。

それも薔薇のような深い赤ではなく

彼岸花のような、朱色がかったもっと優しい赤だ。


こんな色の紫陽花は、ここに住むようになってからの5年間、一度も見たことはない。


そんな紫陽花の花を、愛姫はジッと見ている。何か思い出そうとしているのか

そう思ったのだが


「わかんない。目を開けたら持ってた」


やっぱりな。

こんな感じで、何を聞いてもわからないの一点張りなのだ。


「俺、聞いた事がある。

この世に残る魂は何かしらの思いや

未練があって、それを生きた人間に

なんとか伝えようとするもんだって

もしかしたらお前もそうなんじゃね

ぇの?」


これは以前、矢神から聞いた話だ

だが、やはり


「わかんない」


と愛姫は沈んだ声で言った

背中を丸め、膝まで抱え、その小さな後ろ姿がチクリと胸を刺す


ヤレヤレ…

頭をカキカキ溜息ひとつ


できればすぐにでもベッドに潜り込みたい!

眠い! マジ眠い!ほんとーに眠い!

だけど…

だけどぉ〜


この様子じゃ眠れるもんも眠れやしねぇ


はぁ〜〜〜


「しゃあねぇなぁ。 オラ、行くぞ」

「何処に?」

「DVD、借りに行くんだろ」


ぶっきらぼうな言い方ではあったけど


「行くぅ〜〜〜!」


振り返った顔には満面の笑みが。

愛姫はフワッとソファから立ち上がり

勢い良く俺の腕に飛びついた。


「うわっ! バカ! くっつくなっ!」


振りほどこうとしたが、愛姫の体はフワフワとしてて捉えどころがない。


「やっぱりいっちゃんて優しい!」


おまけに腕に頬をスリスリなんて…


「アホか! 行かないと祟られそうだか

ら行くんだよ!」


いかにも面倒臭そうに言ったのだけど

体は正直だ。



あ〜〜〜〜〜

なんだよコレ…

なんか顔熱い…


もしかして、

もしかして、俺、照れてる?

こんな色気も何にもない奴に?

嘘ッ!


イヤイヤイヤ

最近女の子に触れてないからだろ

つうか、ここんとこ仕事以外で女の子と話したことあったっけ?

最後に合コン行ったのって…


いつだっけ…


免疫力下がりすぎぃ!!

腕掴まれたくらいで照れるなんて、

チェリーじゃん…

俺、ツルッツルのチェリーじゃん!

ていうか、相手は幽霊なんですけど!


とは言うものの、愛姫の体は透けているわけでもなく足だってちゃんとある

テレビのチャンネルも自分で変えるし

俺が家を出る直前まではゲームで遊んでいたりもした。

死んだという事実を知らなければ、こいつが幽霊だなんて誰も思うまい。


あえて違うところをあげるとすれば

食事をしない事と、その体や手がやたらと冷たい事

生きた人間ではこの冷たさを維持するのはおそらく無理だ。


俺は、ひとつの疑問を投げかけてみた


「お前って霊体だよな。

って事は実体が無いって事だろ?」

「そうだよ」

「じゃあさ、なんで物に触れんの?

それっておかしくね?」

「別におかしくないよ。

意識してれば何でもできるし」

「意識?」

「そっ。

だから逆にいうとこんな事もっ!」


へっ………?


気がついた時にはすでに俺の胸は

愛姫の右手に貫かれていた


「うわぁっ!!」


ひっくり返った情けない叫び声に

暫し沈黙の時間が流れる…


って、アレ?


「痛くない…」


咄嗟の出来事に驚きつい叫んでしまったのだが、痛みはない。

って、当たり前か…


「つうかナンダこれ!気持ち悪っ!」


生まれて初めて味わった何とも言えない感覚に鳥肌が立った。

まるで心臓や背骨を直接撫でられているような、そんな感じだ。


愛姫はそんな俺を見てケラケラと笑っている。

クスクス、じゃなくて

ケラケラ、だ。

この違い、わかるか?


「早く抜け! バカ!」


愛姫はスッと手を引き抜いた

だが、寒気はまだ残ってる

サスサス… サスサス…

不快な部分を摩りながら言った


「じゃあ、常に意識してるって事か?

なんか面倒臭ぇな」

「そんな事ないよ」

「ふ〜ん そんなもんか?」

「うん! あとね、普通に壁も抜けられ

るし瞬間移動だってできるんだよ

凄いでしょ」


愛姫はケロリと得意気に言った。


「瞬間移動ね…ふ〜ん

でもそれって普通って言うの?」


普通とは、

言わねぇよな…

普通…


「そんな事より早く行こうよ!」

「テテテッ 引っ張るなよ」


せっかく部屋の湿気がとれてきたところなのに、俺はまたもや分厚い雲の下

濡れたアスファルトの上を歩く羽目になってしまった。



ーーーあゝ 神様

俺の平穏な日常を

どうかお返し下さいーーー















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