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奇跡の虹が残したものは  作者: 吉田 琥珀
14/14

奇跡の虹が残したものは

窓の外は細かい霧のような雨が降っている


俺たちからすれば、傘をさすべきかささないべきか、少し悩んでしまうような雨だが、咲き乱れる紫陽花はなんだか生き生きとしているように見える。

そんな紫陽花たちに囲まれたこの場所は近くのファミレス。


「んじゃ、よろしく頼むな」

「任せとけって。お前をグチャグチャになるくらい泣かせてやるから覚悟しとけよ」

「アホか。お前のスピーチくらいで俺が泣くかよ。馬鹿にすんな!」


矢神はそう言って悪態をついたが、内心、自信がないのか、目に落ち着きがない。


何の事を話しているかというと、矢神と愛海ちゃんが来月とうとう結婚することになったのだ。

俺は、その友人代表としてスピーチを頼まれていた。


昔から作文はあまり得意ではないが、こいつの頼みなら仕方ない。

最高の言葉で送ってやろう。

そう考えていた。


「それにしても、あれから一年か。早いな」

「そうだな。早いな」


俺は思い返すように言った。


「しっかし、あいつも彼氏にとんだ試練を与えたもんだよなぁ」


矢神はフッと笑った。

だが、その言葉は少し違っていた。


「それ、元カレの間違いだろ…」

「えっ? だって…」


矢神は目を丸くして言った。


「違うんだよ」

「じゃあナニ…?」

「………………わかんねぇ」


一年という月日は、まだ俺にその答えを教えてくれてはいなかった。


「そっか……」


いつも俺に突っ込みを入れてくる矢神が何も言ってこなかった。

気を使ってくれてるのか?

らしくない……

とは言っても、これから家庭を守っていかなきゃならない男だからな。

少しは落ち着いた大人になったってことか?


「あいつさ、あっちの世界でもギャイギャイうるせーのかな…」

「多分な。 毎日神様に説教されてんじゃねぇの。 もっと神様を崇めなさい!とか言われて」

「ハハ、言えてる」

「だろ?」


その姿を想像して、俺たちは暫くの間、クククと肩を揺らしながら笑った。



とは言っても、天国がどういう所なのか、そもそも天国が本当にあるのかわからないけど

こうやって笑いながらあいつの話ができるようになったのはつい最近の事だ。


あの後、暫くの間、俺の精神はとても不安定だった。


誰もいなくなった部屋で、突然蘇るあの日の光景。そして幻聴。

その度に頭を抱え込み、必死に耐えた。

寝不足のはずなのに何故か眠れない。


街中で、何処からともなく漂ってきたよく似た香の薫り。

いないことはわかっていても、探さずにはいられなかった。

そして改めて知る喪失感。

人混みの中、涙が溢れそうになった。


俺があの写真をまともに見ることができるようになったのは、あいつがいなくなってから半年以上経ってからのこと。


きっかけは、そんな俺を見かねた矢神の紹介で会った霊媒師のサキちゃん。


サキちゃんは、何も言わなくても俺の心情をわかってくれた。

それが、あの日から固まったままの心をほぐすきっかけとなった。

そして、サキちゃんは俺にこう言った。


あなたがいつまでもそんな事では、彼女の魂は上へ登っても解放されない。

次へと進めないのです。

だから、ゆっくりでも構わないから、あなたはあなたの行くべき道を進みなさい。



俺は、大人になって初めて、人前で大泣きをした。


そのおかげで、今こうやって沢山の人混みの中でも普通に話す事が出来る。


「さて、そろそろ帰るわ」

「えっ もう?」

「帰ってお前を泣かすための作戦でも練ろうかなっと」


そう言って立ち上がり


「ここは俺のおごり。だからご祝儀はナシということでよろしく!」


と、親指を突き立ててキメポーズ。


「相変わらず頭を悪ぃな。 お前……」


矢神はその姿を見上げながらしらけたように言った。

その視線が俺の手元に下り


「ていうか、なんだよその傘。ボロボロじゃねぇか」

「ん? これか?」


その傘は、何本も骨が折れ曲がり、生地の部分も所々擦り切れたような細かい穴が開いている。驚くのも無理はない。

だが、そうなったのにはちゃんとした訳があった。


「この前のゲリラ豪雨の時に飛ばされちまってさ。 探すのに苦労したんだぜ、これ…」


俺は、傘をブラブラと揺らしながら得意気に言った。

だが、矢神の俺を見る目は丸くなっている。


「わざわざ探して持って帰ったのか? そんなボロボロの傘を? しかも未だ使用中?」

「そうだけど?」

「ありえなくね?」

「そうか?」

「そうか、じゃねぇよ。 っつうか傘くらい買えよ。 もしかしてさっきの祝儀の話、ガチだったんじゃねぇだろな」


矢神は心配そうに言った。


「んな訳ねぇだろ…」


俺は顔を顰めて言った。


「じゃあ買え! 今すぐ買え! とっとと買いに行け!」


呆れたように言われ、手に掴んだ傘を見た。

そして一言。


「そうだな……」


矢神はそんな俺の顔を暫くジッと見た後


「式は来月だからな。もし雨が降ってその傘さして来たら、祝儀二倍請求するからな」


そう言ってニヤッと笑った。


「お前の方こそハンカチ100枚は用意しとけよ!」

「うっせえ! 早く行け!」

「へ〜へ〜 行きますよ。 じゃあなぁ〜」


俺は背中を向けたまま、握った傘を持ち上げ

左右に振ってバイバイをした。








開いた傘は、やっぱり歪な形をしていた。

すれ違う人がたまに俺の傘をチラ見する。

そんなにありえないのだろうか。

この傘は……


だとしたら、俺とあいつの奇妙な再会はなんと表現すればいい?

あれこそ、現代社会においてあり得ないことだろうに…


正直、あの14日間もの間、二人がどういう形で繋がっていたのかはわからない。


お互い、好きだと言いあった訳でもないし。


大好き……

と思った言葉は団子に変わったし……


訳わかんねぇ。


もしかして

俺の片想いだったとか?


ムカッ……


相手が相手なだけに、

なんか癪だな……






西の空がうっすらと明るい。

雲が切れる寸前のように斑の空だ。


いつもの公園を抜けて帰る。

あいつと何度も散歩した公園を。


だが、この通りを歩くのは一年ぶりだ。

一年前のあの日以来、俺はここを通っていない

わざわざ反対の通りを迂回して帰っていたのだ

でも、なんとなく今日なら通れる気がした




あの自動販売機が見えてきた。


少しだけ胸が騒ぎ、足元がふらついた。


あの日の記憶が昨日の事のように蘇る。

しまった…

まだ早かったか?


足元が竦む。


傘を傾け、目の前の視界を遮った。

だが、近づく程に心臓は激しく動く。

呼吸も荒くなってきた。


これが

トラウマというものか?


だが、今更戻ることも出来ない。

自然と足は早くなる。


少しでも早くここを離れたい…


そんな思いが俺の足をしきりに急かしていた


すると、

足元に、何かがドスンとぶつかった。


「おっと……」


見下ろすと、幼稚園くらいの黄色い合羽を着た男の子が尻もちをついた様に座り込んでいた。


「大丈夫か? ごめんなぁ」


俺は慌てて傘を置き、男の子の脇に手を入れて抱き起こした。

その小さな手には何かが握られている。

俺と真正面からぶつかっても離さなかったくらいしっかりと。


それは、子供に大人気の戦隊ヒーローの人形だった。


俺は、しゃがんだまま男の子と目線を合わせ


「それ、カッコいいな」


男の子は、キョトンとした顔で人形を見たが

知らない人と話しちゃダメ、とでも言われているのか、その顔は無表情。

だが、次の一言で、男の子の顔は一変した


「僕、ヒーローは好きか?」

「うんっ!」


男の子はたちまち勇ましい顔つきになり、


トウッ! とその戦隊ヒーローのキメポーズをして見せてくれた。


その瞳はとでも澄んでいた。


疑う事を知らない瞳。

何があっても信じる事のできる純粋な瞳。

見ているこっちまで素直になれそうで。


一年前のあの瞳が蘇る。


気がつくと、さっきまで激しく打っていた鼓動が平常に戻っていた。



ああ………

なんで忘れてたんだろう……


気持ちがどんどん軽くなっていく。

何をそんなに怯えていたのか。


こんな姿、あいつに見せられるかよ。


もし見られたら、きっとあいつはケラケラどころかゲラゲラと馬鹿笑いをされるだろう


いいのか? それで……


いーやっ!

よくねぇ!


あの三日月のような目で笑われたら、今度こそ色んなもんが切れるわ!


額を嫌な汗が滲んできた。


そこへ、赤ちゃんを抱っこした母親が「すいませ〜ん」と言いながらやってきた。


「勝手に走って行っちゃダメって言ったでしょ。お兄ちゃんにちゃんと謝った?」


さっきまで得意気にキメポーズをきめていた男の子は、母親のその言葉に口を尖らせた


「いえ、僕もちゃんと前を見てなかったので

こちらこそすみません」

「いえいえそんな… ほら、まぁ君ちゃんと謝りなさい」


母親はさっきより少し強く言った。

すると男の子は口を尖らせたまま、


「ごめんなさい…」


と、ボソッと言った。

母親はその態度に「もう、この子ったら」

と、少し納得がいかない様子だったが


「ほんとすみませんでした」


と、自ら頭を下げ男の子の手を引こうとしたが、男の子はグッと踏ん張り動かない。


「何やってるの? 早くしなさい」


俺が見ているせいか、母親は少し焦るように言った。


「ママ、喉渇いた」


男の子はわざとらしく自動販売機を見た。

母親も同じように見る。

そして少し考えたあと、


「そうね、ケンちゃんにも買ってってあげようか」

「うん!」


男の子はすっかりご機嫌になり、パタパタと一人自動販売機の方へかけていった。

母親も、もう一度俺に軽く頭を下げた後、その後を追った。





すっかり気持ちの落ち着いた俺は、傘を拾いベンチに腰を下ろした。

ベンチは雨で濡れていたが、なんとなくこのまま帰る気にはなれなかった。


目の前では男の子がどのジュースにしようか迷っている。

その手には、さっきの戦隊ヒーローの人形がしっかりと握られている。


俺は、一年前の記憶にふと思いを馳せた


あいつは、親に捨てられてからずっとヒーローが現れるのを待っていた。

そんないるかどうかもわからない存在を、ただひたすらに待ち続けた。


いつかはきっと救ってくれると信じて。

それがあいつの全てだったから。

それがあいつの生きる糧になっていたから。


そして、そんな純粋な気持ちを持ったままあいつはこの世を去った。

だけど、強い思いはあいつの魂を蘇らせ、再び俺の元へとやってきた。


ヒーローの存在を確かめるために。


それが良かった事なのかどうなのかわからないが、結果、あんないかせ方をしてしまった俺は、本当にあいつにとってのヒーローになれたんだろうか。


あいつがいなくなってしまった今となってはそれを証明できるものは何もない。


だけど、消える直前、あいつは言った。


いっちゃん……カッコいい

って。


それが、あいつの出した結果なんだと思う。


だって、

ヒーローとはカッコいいもののはずだから


たた思うのは、

冷たさだけしか伝わらない体ではなく、どれだけ重くても暖かい体のあいつを背負ってやりたかった。

その思いだけは今も胸の中にシコリのように残っている。




「早く決めなさい」


男の子はまだ迷っていた。


優柔不断な男はもてないぞ……

心の中で呟いた。


「早くしないとケンちゃん先に行っちゃうわよ!」

「あ〜ん、ヤダァ」


男の子はようやく決断を下し、背伸びをしてボタンを押した。

そして、出てきた缶を母親に開けてもらうと

クピクピと美味しそうに飲んだ。


その可愛らしい姿に目を細めた。


すると、人形を持っていた手がスッと上がり

男の子はジュースを飲みながら何かを指さした。


その指はまっすぐ空へ向いている。

母親は、「なぁに?」と言って後ろを振り返り「アラ、何かしら、アレ……」と、空を見上げた。

俺も、ベンチから身を乗り出し空を見上げた


その先の空は、青い空に灰色の雲が張り付いたようで、相性としては最悪の色合いをしていた。

だが、その中に突如として現れたように巨大な丸いものが浮かんでいる、




あれは……………




思わすベンチから立ち上がった。


初めは輪郭だけだった丸いものは、ゆっくりと確実に色を足し、見事な七色になった。

その様を見届けた俺の中でも一年前のあの日の記憶が色づいてきた。


「ママ! スゴイよ! スゴイよ!」


男の子は興奮しながら言った。

母親も、


「ほんとすごいわね」


と適当に返事を返し、夢中で携帯で写真を撮っていた。



あの時と同じだ……



空に向かって手を伸ばす子供達。

そして、一心不乱に写真を撮る人達。


そんな人達を、俺達は観覧車の中から見下ろしていた。

その横で、あいつは俺に意外な話をして聞かせた。

だが、あいつはその後「なんでもない」と言って言葉を濁してしまった。


おそらく、あいつは俺にこう言いたかったんだろう。




『輪廻転生』を信じるか?




もしあの時そう聞かれていたら、俺は心の中では否定しながらも、「わからない」とその場を取り繕っただろう。

だけど、再び現れた、

あの時よりももっと大きな

この奇跡の虹を目の当たりにしてしまった以上、今の俺にはそれを否定する言葉は何処にも見当たらない。



そっか……

そうだよな………



死んだ人間に希望なんてない。

なんて誰が言った?




あ………

俺か………




まぁなんにせよ、

神様、もう一度だけ俺の願い聞いてくれるかな……


その時が来るまで、あいつの事を頼むわ

あいつは、誰かがそばにいてやらなきゃいけない奴だから。



「あっ!」


男の子が叫んだ。


「消えちゃう! ママ、消えちゃう!」


男の子は母親の服を掴んで地団駄を踏んだ



そぉーだぜ。

マァ君。


虹は儚いもんだ。

美しいものほど儚い。

だけど、儚いからこそ美しい。



なんてな………


俺、臭ぇなぁ……

いつからこんな臭ぇこと言えるようになったんだか……


あまりの臭さにぶるっと震え、もう一度空を見上げた。

その空がいつもと違って見える。


虹はすでに消えていた。

その代わり、雨上がりの透き通った青空が目の前いっぱいに広がっていた。


こんな青い空を見たのは久しぶりだった。




もう、

大丈夫だ………




そう思った。



そうだ。

本屋に寄ってスピーチの本を買って行こう


ふと思いつき、傘を探した。


傘は、濡れたベンチに開いたまま置かれていた。 その傘を手に取りたたんだ。


骨の折れ曲がったボロボロの傘だ。

この一年間大切にしてきた。

だが、それはこの傘自体に愛着があったわけではなく、何にでもいいからすがりたかった

ただそれだけの事だった。


傘をゆっくり撫でると、自然と溜息が漏れた

そして、虹の出ていた空を仰ぎ



「愛姫……… 雨、止んだよ………」



そう呟き、ベンチの脇にそっと傘を置いた





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