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StudentsⅡ  作者: OKA
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4:噴水の砕ける音の中で


青いジャージ姿のその彼女は目の前の噴水を見ていた

延々と絶えず水の砕ける音が創りだされる

その一瞬の隙間を埋めるかのように、彼女は瞳を預けたままだった

彼女の隣りに座る男は

地面へ零れ落ちる水の音の中から小さすぎる彼女の言葉を拾う















それは彼女が高校受験を控えた頃の話だった。

少女かのじょは塾からの帰宅途中、受験の対策、覚えきれない量の勉強…

家を出たのは昼だったのに、もう辺りは既に真っ暗。

学校に行って、毎日塾に通って、出された宿題を勉強して…

そんな退屈な生活をしていた。


もちろん、たまに気晴らしに友達と遊んでいたらしい。

お互いの家に行って話をしたり、街に出かけたり、買い物をしたり…

楽しいと思えることもしていた…。

…けれど。

少女かのじょの胸の奥底は沈んでいた…。


つまらない勉強のせいか…、進路の不安か…、変わりない繰り返しの日々が原因か…。

どれも当てはまり、気分が晴れない原因だと少女かのじょは理解した。

高校生になって具体的な夢や目標ができれば解消される…。

そう少女かのじょは信じ、退屈な生活を過ごし続けたという。

やがて、どうでもいい勉強の成果が実り、少女かのじょは進学した。


…だが、少女かのじょを迎えたのは以前と変わらない気持ちだった。

解消されるどころか失速していく胸奥の感情。

自分に何が必要で足らないのか?

悩んでも悩んでも分からなくて、苦しくて、痛みに心がむしばみ尽くされそうになったその時。

………少女かのじょに声をかけた女の子がいた…。
















少女かのじょはすぐさま女の子から指摘されたという。

どうして公園ここで、1人で、泣いているのか?と…。

その女の子は辺りを見回して不思議な顔つきで、でも優しい笑顔で…。

少女かのじょが泣いていたのを誤魔化してくれたという。

そして、少女かのじょはやっと自分が学校帰りの夜の公園で泣いていることに気づいた。


目の前にある噴水。

椅子ベンチに腰を掛ける少女かのじょと女の子。

話をするうちに2人とも同じ高校の、同じクラスの、同じ窓側の列に座っていることがわかった。

すぐに打ち解けあい、盛り上がり、声を高く張り上げる…。

…そして、少女かのじょと女の子は「親友」になった。


まだ知り合ってすぐにもかかわらず、少女かのじょは「親友」に質問してみた。

原因不明の沈んだ心を治す方法を…。

…すると。

女の子はその質問を聞くなり、すぐさまどこかへ走って行ってしまった。

制服姿の少女かのじょが夜の寒さに堪えきれなくなりそうになったその時、女の子は戻ってきた。


女の子の手には紙袋が掲げられていた。

そしてその中には「青いジャージ」が入っていた。

嬉しそうに笑う女の子。

なぜ、女の子がそんなに嬉しそうなのか分からないまま少女かのじょは…。

女の子とお揃いの「青いジャージ」に着替えた。















少女かのじょは女の子に手を引かれたまま走り出していた。

鞄の重さなど気にも留めず、ただひたすらに走る。

すごい速さで街の中を通り過ぎていく…。

神社で御参りしたり、電飾ネオンが綺麗な建物を見物したり、駅前のおいしいお菓子を食べたり…

とにかく街の思いつく場所全てを制覇したのだった。


息を切らせ、疲れ果てた少女かのじょと女の子は再び公園へ戻り、椅子ベンチに腰を掛ける。

すると、女の子は唐突に少女かのじょに質問したという。

「どうだった?」と…。

その質問に少女かのじょが一言「疲れた…。」と答えると

女の子は口が裂けるほど笑ったという。


少女かのじょは意味がわからなかった。

これが原因不明の沈んだ心を治す方法なのか…?

でも、確かに少女かのじょの心の沈みはすっかり消えていた。

街中を全速力で制覇して疲れることが沈んだ心を治したのだと…。

そう少女かのじょは受け止めようとした。


…違う。

少女かのじょの心には何かが芽生えていた。

喜びでもない、嬉しさでもない、疲れによる困憊こんぱい感でもない…。

感情で分類される気持ちではない…。

それよりも、もっと強く、優しい何か…だった。















それが少女かのじょの最初で最後の体験だったという。

部活でもないのにジャージを着て、練習でもないのに街中を全速力で走って…

走ることが大好きな少女かのじょでも、そんなことは思いもつかず、立ち止まっていた。

…でも、息が切れるほど走ると、心の沈みがいつの間にか消えていた。

それを導いてくれた「親友」の存在…


高校で陸上部に所属した少女かのじょは何度も試してみた。

「親友」と初めて公園で声を交わした日のことを思い出しながら走る。

自分が落ち込んでいた頃のことを思い出ながら…。

…でも。

いくら試しても「親友」と一緒に街を駆け抜けたようには走れなかった。


やがて少女かのじょは大人になり、気づいたという。

泣いていることすら分からなかった自分に、ある「何か」を気づかせてくれたあの日。

夜の暗い公園で泣くかのじょを見つけてくれた優しい笑顔の女の子。

きっと、かのじょのことを想い、一生懸命になってくれたから…。

かのじょが見えてなかった世界を、いつもの変わりのない世界を、感じることができた…。


だから、噴水を見る度に蘇るのだという。

公園ここで待っていればまた…。

同じように変えてくれるのだろうと。

沈んだ心をその笑顔で誤魔化してくれる…。

………優しい「親友」が迎えに来てくれるのだと。
















交差する太陽と雲

その狭間から漏れた微かな光が噴水の下にできた水面を照らす

幾度に揺らされながらもその水面に映る2人は

自らの姿を見ないように噴水の水が砕け続ける音だけを聞いていた

ただ、誰かの声を求めているかのように…


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