【14】女神の干渉
王太子の宮の人員を借りて、王城で執務中のサンダルフォンに急使を出す。
自分の目での状況確認を優先した修は、その返事を待たずに神殿へ向かうことにした。
絶対についていくと言い張るジブリールとその侍女を連れて、修は馬車に乗り込む。直接馬に乗ったほうがずっと早いが、とにかく目立つ。大慌ての勇者が中央神殿に向かっただなんて噂が流れでもしたら、どんな影響が出るかわからない。大々的に顔が知られている弊害だ。
「聖女様…………大丈夫なのかしら………………」
「精神的に憔悴しているだけで、健康上の不調は見受けられないそうだが……心配だな」
「……昨日は、ちゃんとお話できていましたのに」
ガタガタと音を立てながら、馬車は街中の石畳を進む。まだ昇りきっていない午前の太陽はじゅうぶんに眩しく、城下町はいつも通りの賑やかさを見せていた。
反して、車内で言葉少なめにぽつぽつと交わされる会話は、緊張感に満ちている。ジブリールは、膝の上で重ねた自らの手をぎゅっと握っていた。
――聖女杏珠と、意思の疎通ができなくなった。
中央神殿の使者がもたらしたのは、杏珠の現状に関する急報。
杏珠が召喚されてから、だいたい半年が経っている。だからというべきか、連絡を聞いた修の感想は「やっぱり」というものだった。
それは、聖女召喚の魔法陣を見たときから抱いている感覚に由来する。
まだ憶測でしかないが、「半」という漢字は、何かを半年間に限定する記述として判定されたのだと思われる。もしかしたら、人が喚んだ杏珠なら半年後を目安に故郷へ帰れるのではないかという希望もあった……が、そんな安易な話ではなかったようだ。よって、「半」は召喚期間の指定にはなっていない。
同様に、別に記述されていた「訳」という漢字が、翻訳能力を与えるという命令として処理されたと仮定する。その仮定を前提とすると、最終的に実行されたのは、半年間の翻訳能力の付与……ということになる。
それでは、その翻訳能力が、どうやって与えられていたのかと言えば――。
「……たぶん、昏睡していた神官たちも目覚めているのかな」
「…………昏睡……そんなことが?」
「召喚儀式の実行者になった神官たちがな……ずっと昏睡状態だった。いや、すまん。根拠の薄い予測だから、もしかしたら程度だよ」
儀式を行った神官たちの存在を目印に、その魔力を呼び水として道を繋げ、世界は杏珠に翻訳能力を付与していたのだろうか。
そう思った修が無意識に触れても、聖剣は何も示さない。
だが、覚えのある感覚が修の全身を包みはじめた。チリチリと首筋に緊張が走り、背中がじっとりと冷えていく。それと同時に、呼吸の仕方がわからなくなってしまい、衝動的に手足に力をこめてしまう。
女神の指先が己を捉えたことを、修の本能が理解した。
――正解。
それは、神託と呼ぶほどの格もない、ほんの些細な女神の意思。
女神にとっての召喚魔法陣がどんな存在かわからないが、どうやら無視できるものでもないらしい。しかし、聖剣経由で破壊を指示されない以上、その存在は許容されているようだ。さらに言えば、杏珠にどんな影響が出るかわからない以上、少なくとも今は修の独断で壊すわけにはいかない。
そう思った瞬間、女神の指先がするりと離れていく。一瞬にして圧迫感が薄れ、詰めていた息をいっきに吐き出すと、新鮮な空気を取り込むべく肺が暴れだした。
「――シュウ兄様!?」
「………………ただの女神の干渉。心配ないよ」
「それって心配しかありませんけど!?」
突如、激しい運動の後のように息を荒くしはじめた修に、ジブリールはあわあわとせわしなく手を彷徨わせる。移動中の車内にも関わらず、隣に座ってきた大焦りの彼女に抱きつかれながら、修は呼吸を整えることに注力した。
「…………め、女神様が、その御許へシュウ兄様をお連れになったり……しません……よね?」
「……大丈夫。俺の家はこの国にあるんだから」
聖女が非常事態で、勇者に女神の干渉があったとなれば、不安にもなるだろう。修は本来の役目を終えた勇者だから、なおさらだ。
呼吸を落ち着けた修が、抱きつかれていない側の手でジブリールの肩を撫でてやれば、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめていた腕が少しだけ緩む。
お転婆なばかりだった小さなジブリールは、あっという間に理想の王女へと成長していったが、まだまだ子供のような部分もあると修は少しだけ安堵した。子供の成長や変化は尊ぶべきものだが、変わらないものもまた尊いのだと、変わった自分を振り返って故郷を偲ぶ。
同様に、まだ幼く純粋すぎる杏珠だって、変わる必要がない部分を変えることなく成長してほしいと思えた。
……なお、ジブリールの侍女の視線は、ずっと痛かった。
不要な不安ぐらい取り除いてやりたいので、見逃してほしいと修は苦く笑った。
なんにせよ、これで確定である。
聖女杏珠は――――本物の異世界の聖女だった。




