【01】召喚勇者は知らされる
「――――――訓練は以上、終了点検担当は三班。では、解散!」
「はっ、ご指導ありがとうございました!」
王立学院の訓練場に整列し、まだ幼さが残る顔つきの少年たちが礼の姿勢をとる。そんな少年たちの前に立つ教官は、自らに注がれるきらきらとした純粋な尊敬の視線に圧倒されつつも、まだ揃いきらない敬礼を見届けてからその場を後にした。
教官の規則正しい足音が、訓練棟から本棟へ続く石造りの回廊に響く。授業時間が終わったばかりのこの場所からは、学生たちの作り出すざわめきはまだ遠い。
背筋を伸ばして歩く教官の名は、シュウ・サガミ。漢字で表記するのなら、佐祇・修。
黒い髪に黒い瞳の彼は、魔王を討伐した救世の英雄であり――異世界から女神が喚んだ『勇者』である。
九年前、校外学習での移動中に、修たちの乗るバスが転落事故を起こした。海岸線の急なカーブを曲がりきれずに反対車線へ飛び出してきた乗用車を避けようと、老朽化していたガードレールをバスが突き破ったのだ。
強い衝撃を感じたその瞬間、修は台座に刺さる一本の剣の前に立っていた。
ぼんやりと見渡せば、どこかの森にぽかりと開いた、陽射しが差し込む花咲く広場なのだと判る。しかしそこには、バスやクラスメイトなどのあるはずのモノが何もない。けれど、修は何かに導かれるように柄に手をかけ、なんら苦もなく剣を抜いた。
剣を抜いた瞬間に世界が震え、修の足元から強烈な光が立ち昇る。その衝撃のせいか、事故からおぼろげだった修の意識はここで鮮明になり、状況に混乱する修は駆けつけた守備兵によって保護された。その後、色々なことを教えてもらった。
森の広場はこの世界の聖地のひとつで、抜いた剣は聖剣であること。
ここはアデルセム聖王国と呼ばれる国で、日本という国は伝承でのみ語られていること。
修は、この世界の女神によって召喚された勇者であること。
なにより、女神に選ばれて勇者となった修に課された使命――――世界を蝕む魔王を倒さねばならぬこと。
幼い正義感と若い自己顕示欲によって、佐祇修という名の無垢な少年は、過酷な運命に自らの意志で飛び込んだ。
修行期間を経て、修はごく少数の仲間たちと魔王討伐の旅に出る。
その旅では、得難い出会いがあれば忘れられぬ別れもあった。楽しいことも、つらいことも、悲しいこともあった。そうした数多の苦難の果て、勇者一行によって魔王は倒された。
そうして平和になった世界で、修は教師になるという道を選んだのだ。
靴底で規則正しく石畳を叩く教師の修は、回廊の先に見慣れたシルエットを捉える。ここに居るはずのない姿を確かめるために、カツカツと音を立てながら出来うる限りの早足で修が近づくと、それはやはり既知の青年だった。
「……サフォン、こんな場所までどうした?」
「やぁ、シュウ。少しいいかな」
青年の名はサンダルフォン・セラ・アデルセム。
異世界の天使の名を持つ端正な青年は、アデルセム聖王国の王太子であり、修の兄貴分であり……親友でもある。そして、彼自身が優れた魔術師であり――魔王討伐に向かった勇者一行のうちのひとりだ。
救世の英雄のひとりに数えられるサンダルフォンは、当然のように国民人気が高い。王太子妃との結婚に至るまでのロマンスは歌劇になっているほどだ。ちなみに、勇者としての公務の一環で修も観たことがあるのだが……知人モチーフの恋愛劇はなかなかにつらいものがある。さらには王太子と勇者の友情も熱く描かれているため、なお居た堪れなかった。
だというのに、聖王国の次期王として顔と名を更に定着させるため、サンダルフォンは日夜様々な場所へ顔を出している。
そんなサンダルフォンが、何故わざわざ王都郊外に建つ王立学院にまで自分へ会いに来たのか。
特に先触れなどは無かったし、この後にサンダルフォンが住まう王城へ赴く予定がそもそもあった。修のその予定を、彼も知っているはずなのに……だ。その予定に関わる変更事項か、はたまた急な公務か。いくつか考えてみても、王太子が自ら出てくるようなものではない。
修とサンダルフォンは、お互い多忙ながらも積極的に時間をとっている。ふたりして深酒し酔い潰れ、王太子妃と妹姫に叱られた苦い記憶も新しい。だというのに彼は、数年ぶりの再会のように深い抱擁で修を包み込んできた。
常ならば、彼らの立場では軽すぎる挨拶で済ますのだが……何事かと驚きつつも、修もそっと腕を彼の背に回す。サンダルフォンは、親愛の情を示すために修の頬に顔を寄せ――。
「――中央神殿が、ひと月前に『聖女』の召喚に成功していたと言ってきた。今から私が直接乗り込む……同行してくれ」
修の耳だけに届けられたサンダルフォンの報せは、まったく予想外のものだった。




