第五節 里の騒動
ギルドに戻ると、カーラが困った顔で出迎えた。
「少し広まってしまいました。神話級を作れる人間がいるという話が。職員の一人が外で話してしまったようで」
「どのくらい広まったか」と真は聞いた。
「村長が話を聞きたいと来ています。近隣の行商人も三人ほど」
「仕方ない」とガルドが真の肩を叩いた。「目立つことをしたからな」
「目立つつもりはなかった」
「そういうものだ。目立ちたくないなら最初から作らなければよかった。作った以上は覚悟しろ」
「厳しいな」
「事実だ」
ガルドの言う通りだった。自分の力を試したかった。試した。結果が出た。その結果が周囲に知られた。因果関係は明確だ。文句を言う余地はない。
村長は広場の端のベンチに座って待っていた。七十代と思われる老人で、白髪を後ろに撫でつけ、よく手入れされた服を着ている。貧しいとは言えない身なりだが、派手でもない。実務的な人間の服装だ、と真は思った。
真を見た老人の目が、わずかに輝いた。
「話を聞かせてもらっていいかね」と老人は言った。「神話級を作れるという話は、尾ひれが付いていることが多い。本人の口から聞きたかった」
「話すことは話しますが、大したものではありません」と真は言い、経緯を説明した。日本という別世界から来たこと、スキルとして言霊付与を持っていること、日本語で書いたものが神話級になるらしいこと。
老人は静かに聞いた。相槌を打ちながら、しかし内容を精査しながら聞いている様子だった。話が終わると、少し間を置いてから言った。
「あなたは、幻の種族の末裔かもしれない」
「幻の種族、というのをガルドから少し聞きました。言霊師という種族が三万年前にいたと」
「そうだ。この村に伝わる言い伝えがある。黒い瞳の旅人が来た年は豊作になると。今日の朝、あなたを見た老人から話を聞いて、急いで来た」
「縁起物扱いか」と真は苦笑した。
「笑っているが、言い伝えというのは案外核心を突いていることが多い。幻の種族が持っていた力が、農作物の成長を助けたとしたら、豊作との関連は自然だ」
「なるほど」
「一つお願いがある」と老人は続けた。「この村に一泊していただけないか。宿代は村持ちにする。あなたが来たことを、村の皆に知ってもらいたい」
「縁起担ぎということか」
「縁起担ぎだ」と老人は素直に言った。「ただの縁起担ぎだ。しかし人間には必要なこともある」
断る理由がなかった。一泊の宿代が助かるのも事実だった。素直に受け取った。
行商人たちはガルドが上手く追い払ってくれた。神話級アイテムを売ってくれとか、製造方法を教えてくれとか、商売になる話を持ち込もうとしていたらしい。ガルドが「本人はまだ登録したばかりで、外部との取引をする段階ではない」と丁寧に断り、退かせた。
「ありがとうございます」と真は言った。
「気にするな。こういうのは慣れている」とガルドは言い、肩をすくめた。「珍しいものが出ると人が集まる。集まった人間全員の話に付き合っていたらきりがない」
宿に落ち着いたのは夕方になってからだった。個室が二つ並んでいて、ユナが一方に入り、真が隣に荷物を置いた。コンビニの制服一枚とメモ帳とペンとスマートフォン、それだけだ。
部屋に一人でいると、疲れが出てきた。
今日一日のことを振り返った。昨夜の野営から、ユナと村に向かって、ガルドに出会って、登録をして、鑑定を受けて、スライムを倒して、刻印を試みて、村長に会った。量が多い。昨日から今日にかけて起きたことを順番に並べると、量が多すぎて整理が追いつかない。異世界に転移し、少女を助け、自分の言葉に力があると知り、冒険者登録をし、初めての依頼をこなし、神話級アイテムを作った。一日の出来事ではない気がするが、一日だった。
「変な人生になってきたな」と天井に向かって言った。
天井は木の板でできていた。板の間に隙間があって、光が漏れている。夕方の光だ。コンビニのバックヤードの天井は白い板で、隙間はなかった。全てが管理されていた。この天井の方が、隙間があって雑な気がするが、どちらの方が好きかと言われれば、今の方だと思った。
廊下に出ると、ちょうどユナも部屋から出てくるところだった。食堂に向かうらしい。目が合った。
「明日、どうする」とユナが聞いた。
「まだ決めてない。お前は」
「連れと合流するまでここにいる。合流したらまた旅に出る。連れがいつ来るかは、まだ分からない」
「そうか」と真は言ってから、続けた。「一緒に来てくれないか。しばらくの間だけでいい。俺一人じゃ何も分からないし、お前の方が色々知っている」
ユナが真を見た。少し間があった。
「連れが来たら合流しなければならない」と言った。
「それまでの間だけでいい」
「連れが来た後のことは」
「そのときに考えよう。着いてから分かることの方が多い」
また少し間があった。ユナの目が一度床を向き、また真の方に戻った。
「……いいよ」とユナは言った。「一人でいるより安全だから」
照れているような、事実を言っているだけのような、判断しにくい言い方だった。しかし「いいよ」は「いいよ」だ。真は「ありがとう」と言った。大げさな礼でもなく、ただそう言った。
ユナは何も言わなかったが、先に食堂の方へ歩き始めたその背中が少しだけ、緩んだ気がした。




