魔王の目的と、建国の決意
第4話です。宜しくお願いします。
曇り空の下を歩く二人の足音が、荒れ地に淡く響く。
地平線には、依然として巨大な塔の影が伸びていた。
ゆらゆらと揺れる黒い蜃気楼のように見えるそれは、まるで世界そのものを縛る鎖の象徴だった。
ザナド=リースは、その塔を睨みつけながら言った。
「……あれが、世界を縛る元凶――“封界塔”です」
「ああ、見えている」
マランは静かに応える。
「人族が建てた、八本の塔。それぞれが八種族の“核”を弱らせている。
魔力、獣核、自然同調、龍の覚醒……すべてを封じて、人族だけを上に立たせる装置だ」
「…………」
ザナドは言葉こそ続けなかったが、その拳が握り締められる音が聞こえるほど、強く力が入っていた。
「王よ。この世界は、塔を破壊しない限り……変わりません。
魔族も魔獣族も精霊族も、誰も本来の力を発揮できない。
人族が望む“弱い世界”のまま、です」
「弱い世界……ね」
マランの口元に、皮肉が浮かぶ。
「前の世界もそうだった。
強く生きることを許されず、努力しても評価されず、ただ“従うだけの存在”が作られていた」
ザナドは小さく息を呑んだ。
「……前の世界とは……」
「話せば長い。他人に支配される側の人生だ。
その結果が……雑に死んで終わりだよ」
淡々と語るマランの声に、怒りも悲しみも滲まない。
けれど、その無感情さこそが“どれだけ心が削られたか”を物語っていた。
「だからな。ザナド」
「はい」
マランの紅い瞳が、真っ直ぐザナドを見た。
「俺は“支配される側”は二度とごめんだ。
そして“支配する側”にも興味はない」
「……?」
「だから世界を壊すんだよ」
ザナドの瞳が大きく揺れる。
「支配するためでは、なく……?」
「支配そのものを終わらせるためだ」
マランは続ける。
「力を持つ者が弱者を踏みつける構造も、
塔に縛られて種族が弱らされる構造も、
全部ぶっ壊す。
そのためには、この世界の頂点に立たなきゃならない」
「……世界の頂点」
「そうだ。
“頂点に立った悪逆の魔王が、支配構造を破壊する”――それでいい」
その言葉は、暴君の宣言のようでありながら、その実、限りなく自由を求める言葉だった。
「壊した後は?」
「誰も奴隷にならない世界にする。
塔による弱体化も、人族による支配も、全部無くす。
力があっても、種族が違っても、踏み潰されない世界にする」
ザナドは、息を呑むことしかできなかった。
魔族として生まれ、狩られ、踏みつけられ、そして死んだ自分にとって――
その言葉は、あまりにも眩しすぎた。
「……そんな世界、本当に……」
「作るさ。お前と一緒にな」
マランは軽く笑って言ったが、そこに迷いはなかった。
ザナドは胸が熱くなるのを感じた。
魔族の誇りを繋げる先がようやく見えたようで、胸が震えた。
「……マラン様」
「なんだ?」
「その……誰も奴隷にならない世界を作るために、我々は……どう動くのですか?」
「まずは――国を作る」
「……!」
ザナドは思わず息を呑んだ。
「国、を……? 魔族が?」
「そうだ。
魔族は自由を好み、誰かの下につくのを嫌う。
だからまとまれなかったんだろう」
マランはゆっくりと歩きながら言う。
「だがな。
“従う魔王”じゃなく“共に戦う魔王”なら話は別だ」
ザナドは目を見開く。
「……だから、“仲間”と言ったのですね」
「お前たちを縛る気はない。
ただ一緒に戦い、一緒に変える。そのための国だ」
「……誇りを、“繋げる”国……」
ザナドの胸から、熱い想いが溢れた。
「マラン様……魔族では到底考えられなかった発想です。
でも……魔族は、本当はそういう場所を求めていたのかもしれません」
「なら、俺が作る。
魔族の国――“ネザリア”。
誇りを繋ぎ、誰も奴隷にならない場所だ」
国の名を口にした瞬間、空気がわずかに震えた気がした。
それは、魔族が長く失った“王の存在”が再び生まれた証だったのかもしれない。
「さて」
マランは話題を切り替えるように振り返る。
「国を作る前に……まず必要なのは?」
ザナドはすぐに答えた。
「拠点、ですね」
「そうだ。住居、食料、設備、仲間――全部必要になる」
「実は……ひとつ、心当たりがあります」
ザナドは少しだけ声を潜めた。
「この荒地から東へ進んだ先に、古代の魔族が使っていた“廃城”があります。
強力な魔族が住んでいた場所だと聞きますが、今は無人。
塔の影響で荒れてはいるものの……大規模な魔族の結界が残っていて、人族も近づけないはずです」
「いいじゃないか。最初の拠点にはぴったりだ」
「はい。ただ、魔物が住み着いている可能性が……」
「問題ない」
マランは口角を上げる。
「魔物なら、倒して仲間にしてもいいし、追い払って城を取り戻してもいい。
どのみち、最初の勢力拡大には丁度いい相手だ」
その言葉に、ザナドは思わず笑みをこぼした。
「本当に……どこまでも王らしくない王ですね」
「そういうことを言うと、王らしく殴るぞ」
「ははっ……冗談です」
軽口を交わせるほどに、二人の関係はすでに近かった。
仲間として、王と従者として、そして何より――
世界を変える同士として。
「行くか、ザナド」
マランが歩き出す。
「はい。マラン様」
ザナドがその隣に並ぶ。
荒れ果てた大地を踏みしめながら、二人はまだ見ぬ廃城へと向かう。
その背中には――
これから世界を壊す者たちが持つ、“始まりの覚悟”が確かに宿っていた。
「ここからだ、ザナド。
俺たちの国は――今、この一歩から始まる」
「はい。我が王」
この瞬間、世界を変える物語が動き出した。
そしてその物語は――
やがて世界そのものを揺るがす大いなる反逆へと繋がっていく。
まだ登場人物2人ってヤバいですね…




