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この世界を壊します。  作者: JUJU
2/10

最初の従者と、塔の存在

最初だけ2話投稿させて頂きます。

宜しくお願い致します。

地上に出ると、そこは荒れ地だった。


 黒々とした岩山と、ひび割れた大地。

 枯れ木が何本か突き立ち、草はまばら。

 空は、こちらの世界でも完全な青とは言い難い。薄く雲がかかり、どこか陰鬱な色をしている。


 しかし、それでも――


「灰色一色よりはマシだな」


 乾いた冗談を口にしながら、マランは周囲を観察した。


 遠くに、城壁らしきものが見える。

 その手前には、煙が上がっている地点がいくつもあった。


 ただの煙ではない。


 鼻をくすぐる、血と焼けた肉の匂い。


(……嫌な予感しかしないな)


 魔王として覚醒したばかりの本能が、そちらへ向かうことを促していた。


 やがて、丘を越えた先に、その光景があった。


 ――狩りだった。


 人間たちが、獣や亜人たちを追い立てている。

 金属の鎧に身を包み、槍や弓を構える狩猟隊。

 逃げ惑うのは、獣耳や尻尾を持つ者たち。そして――


 血だまりの中に、一人の青年が倒れていた。


 肌は人間よりも白く、黒髪に銀のメッシュが走る。

 頭には、折れた角。

 腹部には深々と槍が突き刺さり、その周囲の地面を真っ赤に染めている。


 魔族だ、とマランは理解した。


 その魔族が、震える手で立ち上がろうとしていた。


 逃げ遅れた獣人の子供が、狩猟隊の足元で震えている。

 青年は、ふらつく身体を無理やり動かし、子供を庇うようにその前に立ちはだかった。


「……お前たちには、触れさせない……!」


 掠れた声が、なおも強い意志を帯びていた。


 だが、塔から放たれる見えない波動が青年の力を奪っていることを、マランはすぐに感じ取った。


(なるほど……これが、人間どもが世界を支配している理由か)


 遠くの地平線に、異様なシルエットが見える。

 天を突く巨大な塔。

 肉眼でもはっきりと見えるほど高く、周囲に不穏な魔力の波紋を撒き散らしている。


 あれが、この世界の“システム”だ。


 前の世界で人類を家畜にしたAIの代わりに、今度は人族が塔を建て、他種族を縛っている。


「……変わらないな、本当に」


 マランはため息を吐いた。


 世界が違っても、支配の構図だけは同じ――それが、心底くだらなく、そして腹立たしい。


 槍を構えた人間の一人が、倒れかかった魔族の青年に歩み寄る。


「終わりだ、獣め。お前ら魔族は、抵抗せずに死ねばいいんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、マランの中で何かが静かに切れた。


「――おい」


 乾いた声が、狩場に響く。


 人間たちが一斉に振り向く。

 そこで初めて、彼らは丘の上に立つ“それ”の存在に気付いた。


 黒い紋様をまとった肌。

 人の形を取りながらも、明らかに“人ではない”気配。

 紅と黒の光を宿した瞳。


「誰だ、お前は」


「通りすがりの魔王だよ」


 マランは、軽く片手を上げる。


 次の瞬間、心核から溢れた魔力が地面を走り、人間たちの足元から漆黒の杭が突き上がった。

 数人が悲鳴を上げて吹き飛ばされ、槍が空を舞う。


 魔力の残滓が、空気を震わせた。


 塔の波動により弱体化したこの世界において、それは異質なほど濃く、重い魔力だ。


「ひ、ひぃっ!? 何だ、こいつは!」


「退け! 一度引くぞ!」


 狩猟隊は慌てて退却を始めた。

 マランが追うことはなかった。興味もない。


 彼が目を向けていたのは、ただ一人。


 血だまりの中で倒れている、魔族の青年だった。


「……まだ、生きてるか?」


 膝をつき、青年の顔を覗き込む。


 彼はうっすらと瞼を開き、マランを見た。

 折れた角から流れる血が顔を伝い、その瞳には濁りと炎が同時に宿っている。


「……お前、は……?」


「名は、まだない。さっき生まれたばかりの魔王だ」


 軽く肩をすくめながらも、マランの目は真剣だった。


「酷い目にあってるな」


「……人族、だ……あいつらは、いつも、そうだ……」


 青年は荒い息の合間に言葉を絞り出す。


「力のある種族を、塔で弱らせて……自分たちだけが、上に立つ……。

 抵抗した者は“反逆者”と呼ばれ、狩られる。

 俺は……守りたかっただけ、なのに……」


 震える目が、先ほどまでいた獣人の子供を探す。

 マランは顎で後ろを示した。


「逃がした。お前が庇ったおかげでな」


「……そう、か……」


 少年のような安堵が、その表情に浮かぶ。

 だが次の瞬間、苦痛が全身を走り、彼の手が虚空を掴んだ。


「……悔しい……!」


 呻き声は叫びに変わる。


「守れないなら……強さなんて、意味がない……!

 俺は、何も変えられなかった……!」


 その言葉を聞いた瞬間、マランの胸の奥で、前世の記憶が重なった。


 鉄の床。

 割れた肩。

 何も変えられなかった自分。


 ――そうだ。

 誰も変えられなかった。何も救えなかった。


 だからこそ、今ここにいる。


「なぁ」


 マランは、青年の手をそっと取った。


 冷たい。だが、その奥にはまだ、微かな熱が残っている。


「一緒に、この世界を変えないか?」


 静かな問いだった。


 押し付けるわけでも、すがるわけでもない。

 ただ、選択肢として差し出される提案。


 青年の瞳が、驚きに揺れる。


「……世界を……?」


「ああ。俺は、この世界が嫌いだ。

 弱いから踏み躙られていいとか、支配する側だけが正しいとか、そういう理屈が心底気に入らない」


 マランの声は低く、しかしはっきりとした怒りを帯びていた。


「だから、征服する。

 俺が世界の頂点に立って、このくだらない秩序を全部ぶっ壊す。

 その上で――誰も奴隷にならない世界を作る」


 青年は、ほんの少しだけ笑った。


「……魔王、らしく、ない……」


「そうか? 俺は結構、魔王っぽいつもりなんだが」


「……変なやつ、だな……」


 かすかに指先に力が戻る。

 彼は震える手で、マランの手を握り返した。


「名前は……ザナド。

 ザナド=フィエル。

 ……俺の誇りは、折れちゃいない……世界に、踏みにじられても……」


 その瞳に、最後の炎が灯る。


「……この手、離すなよ……魔王、さま……」


「もちろんだ」


 マランはしっかりと握り返した。


 その瞬間、ザナドの瞳から光が失われる。


 握られた手が、力を失っていく。


「……悪いな」


 マランは、静かに目を閉じさせてやった。


 救えなかった。

 それは事実だ。


 けれど――前の世界の自分とは、もう違う。


 今の彼には、何もできないまま見送る必要などない。


 胸の奥の心核が、激しく脈打つ。


「《悪魔生成デモン・ジェネシス》」


 言葉と共に、黒と紅の魔力が地面を走った。


 ザナドの遺体から、淡い光が立ち上る。

 それは彼の魂か、心核か、あるいはその両方。


 マランは、それを両手で包み込むように掴んだ。


「お前の憎しみも、悔しさも、誇りも……全部、贄にさせてもらう」


 それは冒涜ではない。

 最大限の敬意を込めた、王としての宣言。


「俺と共に来い、ザナド。

 今度は“守れなかった”なんて言わせない。

 お前の力を、二度と無駄にしない世界を作るために――共に歩け」


 魔力が炸裂する。


 黒い魔方陣がザナドの身体を包み、その輪郭を溶かしていく。

 血も傷も、肉体さえも漆黒の光へと変わり、再構成される。


 折れていた角が、再び伸びる。

 髪は銀白へと変わり、右目に紅い紋章が灯る。


 やがて、光が収束した。


 一人の青年が、ゆっくりと膝をつき、頭を垂れる。


「……ザナド=リース。

 貴方の剣であり、盾でありましょう、我が王よ」


 その声は、先ほどまでの掠れたものではなかった。

 澄んでいて、しかし底に深い闇を湛えている。


 マランは、ほんの少しだけ満足そうに笑った。


「よろしくな、ザナド。

 ――これが、俺たちの“世界征服”の第一歩だ」


 薄曇りの空の下。

 一人の魔王と、一人の悪魔が立ち上がる。


 この世界を嫌った者たちによる、世界征服劇が始まった。



読んで頂きありがとうございます。

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