取材Ⅳ
「……というのが事の顛末です。それから先は知っての通り、俺たちは捕まって保護観察になり今に至るという訳です」
天塚晴はそう言って話を終えた。俺が抱いた最初の感想は、思っていたよりも近衛八重はやばいということだ。俺は結果を知っていて話を聞いていたからというのはあるのだろうが、近衛八重が完璧に天塚晴をコントロールしていたように感じられた。天塚晴もある程度それに気づきつつ、抗えない魅力に絡めとられていった節はあった。
とはいえ、話を聞き終えて俺は改めて一つのことを疑問に思った。途中でも思ったが、この話が事実だったとして一体なぜ彼はそれを俺に話したのか。特に話したからといって彼が同情をかうとか、評判がましになる要素はない。それとも彼はこんな分かりづらい話で世間の同情がかえると思ったのだろうか?
近衛八重が俺に何も語らなかった通り、彼も俺に何かを語る必要はない。謝礼もここのコーヒー代しか出していないのだから。
「一体君はなぜこの話を俺にしてくれたんだ?」
彼はコップに残ったコーヒーを飲み干す。もっとも、すでに中身はほぼ溶けた氷だけになっていたが。
「この話を記事で広めて欲しいんです。もちろん個人が特定できないようにはして欲しいですが」
「なぜだ?」
予想外の言葉に俺は少し驚く。てっきり俺は、彼はこの事実を二人だけの思い出のような形にしたがるのかと思っていた。
「八重は特別な人だとは思うんですが、それでもあの何でも出来る能力を除いて、気持ちだけなら似たような思いの人はどこかにいるはずなんです。彼女は知り合いには相談出来ないと言っていました。でも、この記事が広まれば同じ思いの人が見つかるかもしれない、と思ったんです」
「なるほど」
確かに天塚晴の言うことはその通りだった。彼の話によれば、近衛八重は生まれてこの方ずっと孤独を感じていたと言っていた。そしてたまたま行きがかり上話すことになってしまった天塚晴に特別な気持ちを抱いてしまった、と。
この話が知れ渡り、もし「私も同じ気持ちです」と言うような人がネットなどで名乗り出れば確かに近衛八重の特別性は下がるだろう。心を通い合わせられる相手が生まれるかもしれない。全く同じでなくとも、共感してくれる人はいるかもしれない。
身近な人に話せないというならネット越しの相手と繋がって解決するというのは現代的な解決法である。近衛八重を救おうと思えば一番現実的な方法かもしれなかった。
しかしそれは同時に天塚晴だけが近衛八重の感情を理解しているという特別性をも剥奪することになる。
「でもいいのか? そしたら近衛八重は君だけのものではなくなってしまうかもしれない」
「最初はそれでもいいから八重のためにって思いました。でも先ほどあなたに言われて気づいたんです。結局俺は普通の存在だから、八重にも同じ土俵まで降りてきてもらいたいって」
「……」
俺はそれを聞いて呆然とした。近衛八重は特殊な自分の気持ちを味わわせるために天塚晴を引きずり上げ、それが幻想だと分かった天塚晴は今度は近衛八重を引きずり降ろそうとしている。しかもそれが俺の言葉によるものだとは。
「結局俺は八重と同じところまでは登れなかった。一瞬登ることが出来ても、それはその場の勢いだけでずっとあのまま居続けることは不可能だ。だから八重に降りてきてもらうしかないって」
そこまで言うなら世話はないと思った。しかしこの話はただの痴情のもつれなどではなく、少し脚色すれば歪んだ愛に狂った高校生の事件として多少は面白く出来るかもしれない。そのことに俺は多少は満足した。
「それで、君はこれからどうするつもりなんだ? 保護観察が終わったらまた近衛八重と一緒になるのか?」
「それはもちろんですが、何か創作をしようと思います。小説か、映画か、漫画か、まだ媒体は決めてないですが。八重には秘密で、です。そして八重の人となりを世間に広めようと思います」
天塚晴の目は真剣だった。彼は自分の話の中で、何にも夢中になれないと言っていたが、近衛八重に嵌まったことをきっかけにそれ以外に熱中先を見つけるというのは皮肉な話だった。
そして近衛八重からしてみれば、ようやく自分と同じところに来てくれたと思った相手がまた違うところに行ってしまったのだからショックを受けるのではないか。もっとも、俺に近衛八重の心中が分かる自信があるかと問われると難しいが。
「いいのか? 多分近衛八重はそれを望んでいないんじゃないか? 彼女は今他人を拒絶している。まだ君と二人きりの世界に入りたいんじゃないか?」
が、俺の指摘にも彼は考えを変えることはなかった。
「確かに二人きりであるのは嬉しいですが、あの関係がいつまでも続くとは思えません。遠からず同じように破滅を迎えるでしょう。それなら俺は本当の意味で八重と同じになりたい」
「そうか、それならせいぜい頑張ってくれ」
俺が天塚晴を普通だと言ったからそれで流れが変わり、彼が近衛八重を普通にする方向で動くように変わろうと思ったのは皮肉な話である。彼らの更生は俺には何の興味もないが、一役買ってしまったのかもしれない。近衛八重の話ではないが、無関係な他人にしか出来ない役割というのもある。
「ま、大ヒット作品が出来たら俺に最初に独占生取材させてくれよ?」
「別に大ヒットさせたい訳ではないんですけどね。分かる人にだけ分かってもらえれば」
そう言って天塚晴は苦笑した。
しかしそう言う彼の意識は近衛八重との二人きりの世界からはすでに脱している。そう考えると、結局のところ近衛八重はまた孤独に戻った訳で、それは多少可哀想でもあった。
天塚晴が創作をして近衛八重を普通にするのか、それとも彼がしたように次は別の誰かが近衛八重と同じところまで歩いていくのか、それともどちらもうまくいかず、これまでの人生のように近衛八重は心を閉ざして生きていくのか。どの結末が最善なのかは俺にもよく分からなかった。
何にせよ、結局天塚晴を救えるのは天塚晴本人だけだし、近衛八重を救えるのも近衛八重本人だけだ。その方法が社会的にいいものであっても、悪いものであっても。だから俺はせいぜい自分の評判が良くなる記事を書くだけである。