第四十七話 ポアソン王子の勧誘
――夜になった。
謁見の間から別棟に場所を移して戦勝パーティーが始まった。
立食形式のパーティーで会場には豪勢な料理が運び込まれて、楽隊が音楽を奏でている。
男性も女性も華やかな衣装だ。
学生の俺やサンディは、貴族学園の制服で参加だ。
他にも貴族学園の制服で参加している者が大勢いる。
俺は学生で良かったよ。
貴族コスプレみたいな服を着ないで済んだ。
パーティーが始まるとあちこちで楽しそうに話が始まったが、ここでもルールがある。
『話しかけるのは上位の人間から』
つまり上級貴族から中級・下級貴族に話しかけるのは良いが、中級・下級貴族から上級貴族に話しかけるのはバッドマナーだ。
騎士爵子息の俺とサンディは、しばらく他の人に話しかける事が出来ない。
上級貴族が会場を一回りして、一通り話しかけ終わるのを待たなければならないのだ。
それまではお声掛を待っていないと無礼にあたる。
まあ、クラスでイモメイジとか呼ばれていた俺だ。
特に話したい相手はいないけどね。
会場の隅っこに移動してサンディと一緒に豪華な料理をつまむ。
さすが宮廷料理! 美味しい!
これは鴨肉かな……。
「フン! 主役がこんな所で何をやっておるのだ!」
夢中で食べていると背後から声が掛かった。
誰だろう?
振り向くとポアソン王子が取り巻きを連れて仁王立ちしていた。
「ゲッ! ポアソン王子!」
「ゲッ! ではなかろう! ゲッ! では!」
ポアソン王子は、俺のボスであるパウル王子の政敵だ。
オマケに粗暴な人で、自分の配下を鞭打ったりする。
正直、あまり話したくはないが、王子だから俺よりも遥かに立場が上の人間になる。
ポアソン王子から声が掛かった以上、断れない。
俺は料理がのった皿をテーブルに置いて、姿勢を正し軽く頭を下げる。
「おい! 貴様は随分活躍したではないか、皆殺しのアルトよ」
「えっ!? 皆殺しのアルトですか?」
「そうだ。オマエの新しいあだ名らしいぞ。他にも串刺しアルトとか結構な悪評が流布されておるぞ。フフフ……」
いや、何が楽しいのですかね。
イモメイジを卒業できたのは嬉しいけれど、代わりについたあだ名が皆殺しと串刺しかよ。
救国の英雄とか、伝説の魔法使いとか、もっと女の子にモテそうなあだ名にして欲しかったな。
そんな事を考えながらも、俺は返事をする。
「パウル王子のご指導よろしきを得まして、今回の戦果でございます」
事前にサンディに考えて貰っておいた返事で、何と返して良いかわからない時は、とりあえずこう言っとけ、だそうだ。
政敵パウル王子の名前を聞いて、ポアソン王子の表情がやや厳しくなった。
そしてダメ出しが始まった。
「フン! パウルはダメだな! さっきの論功行賞。あれがイカン!」
「あの……ダメでしたか?」
「ああ、ダメだ。貴様はなぜ爵位を望まなかったのだ?」
「爵位ですか?」
ポアソン王子の意外な言葉に興味を覚えた。
論功行賞の場で俺は国王陛下に『セーバー騎士爵領に道路を通してくれ』とお願いした。
国王陛下が俺の希望を通してくれて、『セーバー騎士爵領に道路普請を行う』が俺の褒美となったのだ。
それがダメで、爵位を貰った方が良かった?
なぜ?
ポアソン王子は右手で生ハムをつまみ口に放り込んだ。
お行儀が悪い。
「良いか? 貴様には兄がいるであろう? セーバー騎士爵家は兄が継ぐのだろう? そしたら貴様は無爵位で平民落ちだぞ!」
「ああ、まあ、確かにそうです」
「今回の貴様の戦功は飛びぬけている。一人でパルシア帝国軍を全滅させたのだからな。ならば爵位を望めば、男爵は固いところであったぞ」
男爵か……。
そう言われてみれば爵位をお願いしても良かったな。
ただ、あの時は国王陛下の前で緊張していたし、そんな事は思いつかなかった。
「ま、まあ、そう言う見方もあるかもしれません」
「おっ? 動揺したな? それに王国としてもだ。金のかかる道路普請よりも、金のかからない爵位の方がありがたかったのだ。今回の戦争は防衛戦でうま味がないからな」
「うま味ですか?」
「そうだ。これが侵略戦争なら、新しい領土を得られ、新しい領土から税収が見込める」
「つまり、今回は赤字の戦争だから、金のかからない爵位を望んだ方が良かったと?」
「そうだ。パウルはそう言う指導を貴様にしなかっただろう? だから貴様はあんなに慌てていたのだろ?」
「はあ、まあ……」
戦争が黒字か赤字かなんて、そこまで考えていなかった。
そしてポアソン王子は得意げに話し出した。
「まあ、俺ならばだ! 国の予算を見て、良いタイミングで貴様の希望を通す事は出来たのだぞ! そうすれば貴様は『爵位』と『実家への義理』、その両方を得られたのだ」
うーん。
そう言う考え方もあるのか……。
まさにコネの有効活用……。
「いや、その……、また戦争で活躍して次は爵位を貰うようにしますよ」
「まあ、確かに戦争は良くあるがな。貴様の出番が必ず回って来るとは限らんし、必ず戦功をあげられるとは限らんぞ。魔法使いなら戦闘支援や城の防御に回される事もあろう? 今回のように派手に活躍して戦功をあげたなら、俺の言うようにすべきだったのだ」
確かにこう言う方面では、ポアソン王子は凄いな。
利益誘導型のベテラン政治家みたいだ。
「どうだ? わかっただろう? パウルより俺に付いた方が、うま味があるぞ。俺の陣営に来い!」
結局それか!
ええと困ったな……。
何て言って断ろう……。
「パウル王子のご指導よろしきを得まして、今回の戦果でございます……」
「ふん! 断るか! まあ、良い。俺は貴様をいつでも歓迎するからな。優秀な魔法使いは欲しい。気が向いたらいつでも来い!」
そう言い残して、ポアソン王子は俺から離れて行った。
「アルト。コーヒー」
「ありがとう。サンディ」
サンディがコーヒーを淹れてくれた。
マグカップを受け取り、コーヒーをすする。
ホッとするな。
「サンディ。あのさ。ポアソン王子は……」
「うん?」
「何か老獪な政治家みたいな事を言うよね」
「ああ、側室の子供だからな。母親の立場で言うとパウル王子の方が王位継承に有利だ」
「だから、どうしても、ああ言う風に利益供与で人の気を引こうと?」
「それがあの人の戦い方なんだろう」
王族は王族で大変だな。
俺はパウル王子に世話になっているから、鞍替えするつもりはないけれど。
「アルト・セーバー君かね?」
お声が掛かった!
俺の横に白髪ダンディな、いかにもジェントルな男性が立っていた。
一目見てわかる上級貴族のオーラを感じる。
俺は姿勢を正しジェントルに向き合う。
「はい。初めまして! セーバー騎士爵家のアルト・セーバーです!」
「ラファイエット=レビル家当主のジルベール・ラファイエット=レビル侯爵だ」
「はははあ! 侯爵閣下様!」
「アメリアの父と言った方が、わかりやすいかな?」
えっ!?
アメリアのお父さん!?
 




