第三十五話 アルトの帰還
今話は視点を第三者視点で書いています。
本日2話目です。
黄金のグリフォン号の上部甲板では、一等兵のモテーンとデルが見張りをしていた。
夜間の見張りは辛い。
眠気との戦いである。
モテーンとデルは、お喋りをする事で眠気と戦っていた。
「そうか、デルの所は二人目だよな」
「ああ、この前は女だったから、次は男が良いな。モテーンの所は何人だっけ?」
「俺の所は、三人。全員男だ」
「そいつは羨ましいな」
「何が羨ましいもんか! すぐケンカするし、食事中は戦争みたいだぞ!」
「そりゃ、かみさんが大変だな……。オイ! あれ! ドラゴンじゃねえか?」
「あ! そうだな! アルト様のドラゴンだろ」
お喋りをしながらも二人はあちこちに視線を飛ばして、ちゃんと見張りを行っていた。
新月で月明かりのない暗い夜だが、夜目が効く二人は接近するドラゴンのシルエットをその目に捉えていた。
デルが異変に気が付く。
「なあ……モテーン……。あのドラゴン……人が乗ってない……無人じゃないか?」
「えっ!?」
モテーンは目を細めてドラゴンのシルエットを凝視した。
確かにドラゴンの背中に人の姿は見えない。
その代わりにドラゴンの後ろ脚が、何かをつかんでいる。
モテーンは隣のデルを揺すりドラゴンを指さす。
「オイ! ドラゴンの後ろ脚を見ろ! あれ人間じゃないか?」
「後ろ脚……ホントだ! じゃあ、あれがアルト様か!? 一体何が……」
「わからん……とにかくブリッジへ連絡だ!」
モテーンは大慌てで伝声管を両手でつかみ、緊急事態を知らせる。
「至急! 至急! こちら上部甲板! ドラゴンが戻ってきたが、魔法使いが乗ってない! 後ろ脚につかまれている模様!」
伝声管から声が返って来たが、随分とノンビリした声だった。
『何!? それは間違いないのか!? 寝ぼけて見間違えたんじゃないのか? えー、モテーン』
黄金のグリフォン号は戦闘待機状態だった。
夜間ではあるが全員が起きていて、いつ戦闘になっても対応出来る態勢をとっていた。
しかし、これまで二連勝。
クルーの間には、『今日もまたアルト様が敵を叩いて来る』と言う意識があった。
その意識はクルーから戦いの緊張感を奪い去っていた。
その間にもドラゴンは近づいて来て、後ろ脚でぐったりと意識を失っているアルトを見張りのモテーンとデルは目視した。
アルトに怪我がある事も目視で確認をした。
モテーンは大声で伝声管に怒鳴り返す。
「バカ野郎! アルト様が意識を失っているぞ! それに負傷だ! 至急医者をよこせ! 早く!」
『了解した!』
伝声管から緊迫した声が聞こえて来た。
『緊急事態! アルト様が負傷の模様! 医療班は上部甲板に向かえ! 医務室は受け入れ準備を! ワイバーンは周辺警戒を行え!』
黄金のグリフォン号艦内は、一気に騒がしくなった。
ブリッジから上部甲板へ、パウル王子とマックスウェルが一気に駆け上がった。
鉄製の階段を駆け上がりながら、パウル王子が先行するマックスウェルに問いかける。
「アルトが負傷だと!? そんな事があり得るのか!?」
「わかりません……」
「また、魔力の暴走であろうか?」
「……いえ。それはないかと」
「何故だ?」
「魔力の暴走でしたら、敵陣に大きな魔法の発動があるはずです。我々はブリッジから敵陣の方角を見ていましたが、大きな魔法は確認しませんでした。アルトは魔法攻撃をしていません」
「むっ! 確かに! では、敵にやられたと言うか!?」
「恐らくは……」
二人が上部甲板へ登ると、船医も別の階段から登って来た。
バッカニアドラゴンのアオが、片脚にアルトをつかんだまま着艦しようとしていた。
甲板作業員が手信号でアオを誘導している。
強い風にあおられながら、アオは何とか片脚で上部甲板に着艦した。
そっと後ろ脚でつかんだアルトを甲板に降ろし、悲しげ気に一声鳴いた。
「キュウ……」
船医を先頭に医療班がアルトに駆け寄る。
パウル王子、マックスウェルも続く。
「これは!」
「ひどい!」
アルトを見て、みな声を失った。
全身に酷い火傷を負い、左目は潰れ、髪の毛は焼け落ち、既に顔は原型をとどめていない。
服もほとんど焼けてしまい、水ぶくれと赤黒い焼けただれが全身をおおっている。
所々深く肉が焼けてしまい、骨が露出しているありさまだ。
さらに背中には矢が三本刺さっている。
横から覗き見た甲板員たちが、顔を引きつらせ、嘔吐する者が出る始末だった。
パウル王子も、マックスウェルも嘔吐しそうになったが、王族、貴族としての矜持が何とか堪えさせた。
「アルトは! どうしたの!」
遅れてアメリアが奥の階段から上部甲板に駆け上がって来た。
アメリアの後にお世話係のマリエラとアルトのお世話係のサンディが続く。
「き、来てはならん! 見てはならん! 止めよ!」
パウル王子がアメリアを止めるように命令を出したが遅かった。
アルトの側まで来たアメリアは、一目アルトを見て気を失った。
崩れ落ちるアメリアをマックスウェルが支える。
お世話係のマリエラは顔面蒼白で、アルトを凝視している。
「見てはいけません! さあ、マリエラは、アメリアを自室へ連れて行って下さい!」
マックスウェルは必死に声を絞り出す。
いつになく冷静なマックスウェルもこの時ばかりは、激しく動揺していた。
サンディはアルトを見ると腰を抜かしてへたり込んだ。
「ウソだろう……」
それっきりサンディは動かなくなった。
混乱する上部甲板。
船医と医療班は、アルトへの治療を開始した。
「まずは火傷からだ! これじゃあ、脈もとれない……。ありったけのポーションをかけろ!」
医療カバンからポーションが次々に取り出され、アルトの体にかけられていく。
ポーションがかけられた部位の皮膚が再生し、逆再生ビデオのようにアルトの体が修復されて行く。
「鼻、喉にも流し込め! クソッ! 息が無い! 蘇生薬を!」
船医はアルトが息をしていない事に気が付いた。
気道の火傷をポーションで癒し、まず呼吸路を確保する。
そして、真っ赤なドロリとした液体状の蘇生薬をアルトの口に含ませた。
しばらくしてアルトは蘇生薬を吐き出した。
「ブハッ!」
「よしっ! 効いた! 呼吸が戻った! 医務室に運ぶぞ! タンカを!」
こうしてアルトは医務室へ運ばれて行った。
勝ち戦に沸いていた黄金のグリフォン号は、一転して暗い雰囲気に覆われた。




