第三十六話 火炎攻撃の正体
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――翌日昼。
俺は船室のベッドの上で目が覚めた。
無事である事、生きている事に心底ホッとした。
船医の説明によると、アオが俺を飛行船『黄金のグリフォン号』まで運んで来てくれたそうだ。
ただし、黄金のグリフォン号にたどり着いた時、俺の息は止まっていたらしい。
「あと少し遅かったら危なかったね」
と、船医は笑顔で話した。
危なかったねって……いや、既に危なかったのだけど……。
なんでも大量のポーションと従軍神官のハイヒール連発で俺は助かったそうだ。
しばらくすると報せを受けたサンディが着替えを持って来てくれた。
「アルト! 良かった!」
「サンディ。心配かけてごめんよ。着替えを手伝ってくれるかな?」
「ああ」
俺は何一つ身に着けていなかった。
サンディに手伝って貰いながら身支度をする。
同時に体に異常が無いかチェックしてみる。
腕、動く。
指、大丈夫。
足、問題なし。
突っ張った感じとかもない。
完璧に直してくれたようだ。
俺が腕を曲げたり、伸ばしたりしているとサンディが沈んだ声で謝って来た。
「アルト……。ごめんな……」
「サンディ……何謝ってんだよ……」
「俺が覚悟を決めろとか……皆殺しにして来いとか……言ったから……無理して突っ込んで……」
「そうじゃない、そうじゃないよ!」
「いや! 最初、アルトは魔法使いになるのを迷っていたのに、俺がけしかけた! 俺……火傷でボロボロになったお前を見て……悪くて……怖くて……」
「違うよ、サンディのせいじゃないよ。それに俺は戻って来たし、生きているじゃないか! 大丈夫! 大丈夫だよ!」
サンディは珍しく取り乱していた。
俺の怪我はそんなに深刻だったのか……。
俺自身は火傷をして苦しかったのを覚えているけれど、鏡を見ていないからどの程度の火傷だったのかわからない。
俺が火傷したのは、俺の判断ミスだ。
あの時……見張りを倒せず、自分が見つかったと分かった時に一度離脱すれば良かったのだ。
サンディに気に病んで欲しくない。
「サンディ。今回は俺の判断ミスだし、パルシア帝国軍は新しい魔道具を使った」
「新しい魔道具?」
「ああ、そうだよ。その新しい魔道具にやられたんだ。だから、サンディのせいじゃないよ」
「そ……、そうか……」
サンディが落ち着いたところで、俺たちはブリッジへ上がった。
パウル王子とマックスウェル先輩が俺を待っていた。
俺はパウル王子に詫びた。
「無事に回復しました。ご心配をおかけして申し訳ありません。それから……奇襲は失敗です」
「アルトよ。頭を上げよ。詫びねばならぬのは、余の方だ!」
パウル王子は、眉根を寄せて拳を握っている。
今まで見た事のない表情……顔に痛恨とかいてある。
「余は愚かだった! 戦闘を安直に考え、その方を一人で行かせてしまった。せめてマックスウェルに支援させるべきであった。すまぬ!」
パウル王子は俺に頭を下げた。
いやいやいやいや!
王族に頭を下げさせたら不味いでしょう!
「頭をお上げください! パウル王子! 一人で行くと言い出したのは、僕です。それに、奇襲が失敗した時点で引き返すべきでした。安易に突っ込んで、敵の新しい魔道具にやられたのです」
「むっ! 新しい魔道具?」
「はい」
正直、俺が大怪我した事よりも、敵の新しい魔道具の方が重要案件だと思う。
ジッと黙って聞いていたマックスウェル先輩がパウル王子に俺の報告を聞くように促した。
「王子。アルト・セーバーの報告を聞きましょう。何が起こったのか把握すべきです」
「うむ。そうであるな。アルトよ。一体何が起こったのだ?」
「順番にお話ししますと――」
俺は西軍への奇襲で何が起こったのかを、ざっと話した。
街道に見張りが四人いた事。
大楯に隠れられて、見張りを仕留めそこなった事。
野営地に飛び込んだら、強烈な炎が浴びせられた事。
その炎は魔法障壁で防げなかった事。
二度目の火炎攻撃も魔法障壁で防げなかった事。
大きな四角い魔道具が見えた事。
「――とこのような事がありました」
「むう……」
「んん……」
パウル王子もマックスウェル先輩も腕を組み、深刻に受け止めていた。
先にマックスウェル先輩が話し出した。
「その炎を吐き出す魔道具は深刻ですね……。特に魔法障壁で防げないと言うのが……」
「ええ。魔法使い殺しですよ。あれは。特に初見では、どうにも出来ません」
「初見殺しと言うヤツですか……」
「実際、僕は死にかけましたし」
軽い冗談のつもりでサラっと言ってみたが、逆に場が重くなってしまった。
失敗、失敗。
大火傷した人間が言ったら、シャレにならないよね。
マックスウェル先輩が額に指をあてて考えながら確認して来た。
「アルト・セーバー。魔法障壁は間違いなく張っていたのですか?」
「はい。二回とも魔法障壁を張っていました。特に二回目は魔力をケチらずに、かなりぶ厚く魔法障壁を張りました。けれど炎はまったく防げませんでした」
「アルト・セーバーが魔力をケチらずに張った魔法障壁で防げないとは……」
「マックスウェル先輩。そう言う魔法とか魔道具に心当たりは?」
「無いですね……」
マックスウェル先輩でも知らないのか……。
ジャバ先生がいれば、知っていたかもしれないな。
けれどもジャバ先生は、ここにはいない。
カルソンヌ城で魔法防御の指揮をとっているのだ。
考え込んでいたマックスウェル先輩は顔を上げて、一つ息を吐きだしてから話を変えた。
「ふう。答えが出ない事を考えていても仕方がありません。他に気になる事があるので、確認させて下さい」
「そうですね。何か考えるにも情報が足りないですよね」
「見張りが四人いて、野営地に飛び込んだらすぐに攻撃されたと言いましたね?」
「はい」
「待ち伏せされていた……つまり罠だった可能性は?」
「えっ!?」
どうだろう?
罠?
そう言われればそんな気もするけれど……。
どうかな……。
「どう……ですかね……違う気がします……」
「その理由は?」
マックスウェル先輩の顔がおっかないけれど、別にこれは威圧している訳じゃない。
人と議論したりして集中しだすとこの顔になるのだ。
気にしたら負け。
顔面圧力に屈したら負けだ。
「もし、これが罠だったら、僕は生きて帰れなかったと思います」
「ほう……」
「一回目の火炎攻撃は、野営地の手前で食らいました。二回目は……、はっきりとはわからないですが……、たぶん野営地の中だと思います。二回目の攻撃の前後に間があった感じがします」
「間ですか?」
「ええ。もしあれが罠なら、もっと間を置かずに僕に止めを刺しに来たと思います。兵士たちがパルシア語で何か言い合っているのが聞こえました。その間があったから、脱出出来たと思います」
「なるほど……罠ではないと……」
あまり思い出したくはないけれど、二回目の火炎攻撃を受けた後は特に間が空いていたと思う。
俺を生け捕りにしようと思ったのか、それとも何か他の理由があったのかはわからない。
話をジッと聞いていたパウル王子が発言した。
「マックスウェルよ。時間から考えても罠の可能性は低いのではないか? アルトが最初にパルシア帝国南軍を全滅させたのは、十一日前であった。もし、生き残った兵がいたとしても、西軍に伝えるのは無理があろう。五日前に倒した南西軍なら尚更無理である」
うん、確かに。
俺たちは飛行船『黄金のグリフォン号』で移動しているから南軍、南西軍、西軍と高速移動して戦えている。
飛行船やドラゴン、ワイバーンのいないパルシア帝国軍では、俺たちのような移動は無理だ。
「なるほど……では、精鋭部隊かもしれません」
「精鋭部隊?」
「ええ。パルシア帝国西軍は、しっかり見張りを四人立てて、アルト・セーバーの奇襲に対して、きちんと対応をしています」
「そうですね。パルシア帝国領内の野営なのに、油断していない感じはしました」
「恐らくパルシア帝国の精鋭部隊イェニチェリでしょう」
「イェニチェリ……」
マックスウェル先輩の予想は、納得出来る。
精鋭部隊だから新装備――あの炎を吐く魔道具を配備されていたのかもしれない。
「イェニチェリは歩兵で構成された部隊です。パルシア帝国全土から優秀な子供を集めて英才教育を施すのです」
パルシア帝国には、そんな育成システムがあるのか……。
あれ? と言う事は?
「パルシア帝国全土と言う事は、パルシア人以外もイェニチェリに入れるのですか?」
「そうです。占領国の子供でも優秀ならイェニチェリに入れます。ただし、パルシア教に改宗する事が条件になるそうです」
民族が違っても良いが、異教徒はダメって事か。
パルシア帝国は国が大きいだけあって、人材育成システムもきちんとしている訳だ。
そうでなければ広い国土を統治できない。
俺はため息交じりにつぶやく。
「精鋭歩兵部隊イェニチェリに、新型魔道具となると厄介ですね……」
結局、最初の話題に話は戻る。
あの炎を吐き出す四角い大きな魔道具だ。
パルシア帝国は魔法後進国で魔法使いが少ない。
魔道具についても、後進国と思われていた。
それが、あんな強力な火炎魔法を放つ魔道具を開発するとは……。
今、思い出してもゾッとする。
魔法障壁を張ったのに、それを突破……と言うよりは素通りして、体の周りに張った物理障壁を……。
「物理障壁を……あれ?」
思わず言葉が外に漏れた。
マックスウェル先輩が俺の言葉を拾う。
「アルト・セーバー、物理障壁がどうしました?」
「いや……その……マックスウェル先輩……ちょっと待ってください……」
何か引っかかる……。
何かがおかしい! おかしかった!
黙って考え込む俺に、サンディがコーヒーを淹れてくれた。
大きめの白いマグカップを受け取り、コーヒーをすする。
あの時の火炎攻撃を、細部までよく思い出す。
そうだ……一回目の火炎攻撃だ……。
とっさに魔法障壁を張った。
炎は魔法障壁を素通りした。
そして俺の体の周りに張っていた物理障壁に炎がぶつかった……。
そうだ……炎は物理障壁にぶつかった……。
俺は思い浮かんだ結論を口に出した。
「物理障壁だ……。あの炎は物理障壁に干渉されていた……。物理的な炎だ……」
「アルト・セーバー、なんですって?」
マックスウェル先輩が混乱した顔で聞き返すのも無理はない。
だが、たぶん俺の推測は間違っていないと思う。
「俺が食らった火炎攻撃は魔法攻撃じゃありません。あの四角い魔道具だと思った物は、火炎放射器ですよ!」
「火炎……放射器……ですか?」
「ええ! ええ! きっとそうです! 火炎放射器です! それなら全ての説明がつく!」
そうだ!
何で今まで気が付かなかったんだ!
「アルト・セーバー、落ち着きなさい。火炎放射器とは何か、そこから説明しなさい」
「ええ! 火炎放射器は、その名の通り火炎を放射する武器です」
「……ですから、火魔法の魔道具ですよね?」
「いいえ。魔道具ではなく、単なる道具です。サンディ! 水を一杯ちょうだい!」
俺はサンディから水の入ったコップを受け取り、水を口に含んだ。
そして、霧状に口から吹き出す。
「プー!」
「アルト・セーバー! 何をしているのです!?」
「こうやって石油……えーと、燃える水を霧状に吹き出して、そこに火をつけるのです。これが火炎放射器の原理です」
「燃える水……油のような物ですか?」
「ええ、そうです!」
この異世界に石油があるかどうかわからない。
けれど、飛行船を浮かせる為に使うガス『古代竜のおなら』はヘリウムガスに似ている。
なら、石油に似た物も存在していそうだ。
「なるほど……その火炎放射器の原理はわかりました。なぜ、魔法ではなく火炎放射器だと思うのです?」
「まず僕の張った魔法障壁は、火炎攻撃をまったく防げませんでした。炎の勢いを弱める事すら出来ていませんでした。と言う事は、あの火炎は魔法の炎ではないと言う事です」
「確かにそう言えます」
火魔法で発生させる炎は、魔力と火のエレメントを反応させる物だ。
魔力が介在しているので、魔法障壁で防ぐことが出来る。
しかし、火炎放射器の炎は石油を燃やした炎だ。
魔力が介在していないから、魔法障壁では防げない。
「それで一回目の火炎攻撃を受けた時は、体の周りに物理障壁を張っていました。ドラゴンに乗る時は、物理障壁を張っていますから。その物理障壁に炎がぶつかって、物理障壁が割れる音がしたのです」
「ほお……それは興味深い……確かにそれが事実なら、魔法による火炎攻撃ではなく、普通の炎による火炎攻撃ですね」
物理障壁は弓矢や剣の攻撃を防ぐ魔法だ。
込めた魔力を上回る力で攻撃されると物理障壁は破壊される。
あの時の火炎攻撃は強烈だったから、強い火炎の為に物理障壁が破壊されたのだろう。
「それにパルシア帝国は魔法後進国ですよね? 急に魔道具が開発されたと考えるより――」
「通常の兵器が開発されたと考える方が自然ですね。アルト・セーバーの推測は可能性が高そうですね」
俺は確信を持っている。
火炎放射器の原理自体は、それほど複雑じゃない。
前方に燃料を霧状に吹き出しつつ、そこに着火するだけだ。
火炎放射器に適した燃料があれば、この異世界の技術レベルでも開発は可能だろう。
あの四角い箱が大きかったのも燃料を甕か何かに入れていたと考えれば納得出来る。
そうとわかれば……。
「間違いないと思います。今夜、再度出撃します!」
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