第三十一話 南軍への奇襲
昨日は3話更新しています。
黄金のグリフォン号単艦で敵三万と戦えるのか?
答えはYESだ。
俺が魔法をぶっ放せばそれで終わり。
パルシア帝国軍には魔法使いがほとんどいないそうだし、飛行船もない、空を飛ぶドラゴンもワイバーンもいないので地上戦力を叩くだけだ。
今回は俺も覚悟を決めている。
容赦なくやるつもりだ。
早い食事を終えて明るいうちからベッドに潜り込み目をつぶる。
今は午後三時頃かな。
「アルト! 起きろ! アルト! そろそろだぞ!」
「うおっ! おお! サンディか!」
ウトウトとしているうちに眠ってしまったらしい。
サンディに起こされた。
船室の小さな丸い窓から外を見ると、もう真っ暗だった。
サンディがテキパキと身支度を手伝ってくれる。
「アルト……生きて帰って来いよ……」
いつになくサンディの口調は深刻だ。
俺が単独で攻撃するのが心配らしい。
「大丈夫だよ、サンディ。心配なのは、サンディが前に言っていた事だよ」
「俺が言った事?」
「次は迷うな」
ワイバーンデッキでサンディに、そう言われた。
次は迷うな。やらなきゃお前がやられる、と。
「ああ。本当に迷うなよ。皆殺しにするつもりで、魔法を放って来いよ」
「サンディも言う事が怖くなったね」
「アルトが死ぬより、敵が死んだ方がマシだよ。見ず知らずの敵よりも、友達の方が大切って事だよ」
「そうか……そうだな……じゃあ、行くよ!」
「おう! 風呂を沸かして待っているぜ!」
サンディとお互いの拳をぶつけて別れを済ます。
今夜の攻撃は成功すると思う。けれど、戦いに絶対はないのだ。
打ち合わせを終えて上部甲板から空に上がる。
美しい満天の星空と輝く月が見える。
異世界であっても夜空の美しさは変わらない。
黄金のグリフォン号の周りを一周して見送りに手を振る。
全員が見送りしてくれた。
甲板やデッキからみんなが手を振る姿を胸に刻み付ける。
アメリアお嬢様が上部甲板で心配そうな顔をしているのが見えた。
なんて顔をしているんだ。必ず帰って来るさ。
今夜は三日月。
多少月明かりがあるが、バッカニアドラゴンの低空高速飛行なら奇襲は可能だ。
弱い月明かりに照らされて、薄ぼんやりと山や森が見える。
「アオ! あの街道沿いを低空で進んで!」
「キュ!」
降下して街道沿いを高速で低空飛行する。
街道沿いに木々が生えているが、アオは時に翼を広げ、時に翼を折り畳み、右へ左へと体を傾けて木の枝をかわして進む。
アオの動きに合わせて俺も体を傾け、振り落とされないようにする。
ボルグさんとの訓練で、敵陣への低空高速侵入は散々やらされた。
ボルグさんに槍先で突かれないだけ、本番の方が気楽だな。
街道沿いで野営している商隊の横を通り過ぎる。
「な、なんだ!?」
「魔物か!?」
一瞬、商人らしき男の声が聞こえたが、聞こえたと思った時には商隊は遥か後ろだ。
恐らくあの商隊は、『何かがもの凄い速さで飛んでいった』としか、わからない。
アオはその位高速で飛行している。
アメリアお嬢様からの索敵情報では、この街道の先にパルシア帝国の南軍が野営をしているらしい。
距離的にはそろそろだろうか?
身体強化した目で薄暗い街道の先をジッと見つめる。
夜目はある程度効く。
いたっ!
見張りだ!
布を頭に巻いたパルシア軍兵士を一人見つけた。
街道沿いの木に寄りかかり、うつらうつら居眠りをしている。
「ロール!」
「キュ!」
アオは俺の命令を受けて、翼を折り畳み飛行しながらきりもみ回転を行う。
俺は落とされないように、両膝に力を入れる。
体が逆さになった。
すれ違いざま見張りの兵士に向けて、土魔法を放つ。
「ストーンショット!」
「グッ……」
初級土魔法ストーンショットは、石礫を打ち出す魔法だが、俺はアレンジをして、散弾の要領で多数の石を打ちだす。
アオのスピードで飛行していると前方の敵発見と通過がほぼ同時だ。
前方に魔法攻撃している暇はない。
そこでアオをロールさせながら、すれ違いざまに敵を倒す。
ボルグさんとの訓練が早速役に立った。
人を一人殺した訳だが、そんな事を感じる間もなく、殺しの罪悪感をおいてけぼりにしてアオは飛び続ける。
前方に篝火が見える!
敵の野営地だ!
「上昇! ループ!」
「キュ!」
アオが低空から一気に上昇に転じる。
敵パルシア帝国軍の上空で大きく宙返りを行った。
宙がえりの間、俺は逆さまになりながら、視線を四方に飛ばして情報を集める。
どうやらまったく気が付かれていない。
奇襲は成功だ!
「アオ! もうちょい左へ! 高度をもう少し上!」
「キュ!」
さらに上空へ舞い上がり、敵の野営地が一望できるポジションを取る。
パルシア帝国軍の南軍三万人が、眼下にテントを張って眠っている。
三日月の心許ない月明かりが、かすかに地上を照らしている。
「さすがに三万は多いな……」
野球場一つでは収まり切れない。
眼下の草原に無数のテントが広がっているのは圧巻だ。
街一つ分の広さはあるだろう。
「フー」
息を吐きだす。
この三万の敵をカルソンヌ城へ行かせてはならない。
行けば味方が多数死ぬ。
人死を嫌がる気持ちを、理屈で抑えつける。
「さっさと片付けよう……」
右手を前に突き出し、魔力を収束させ、圧縮する。
体から魔力が流れるように抜けて行く快感と共に、右手の掌が光り出した。
高密度の魔力の塊が作られている証拠だ。
魔力の塊がはじけ飛ばないように圧縮しながら、次々と魔力を注ぎ込んで行く。
魔力に周囲のエレメントが反応して光を発し出した。
気にせず魔力を込め、火のエレメントに語りかける。
「火のエレメントよ。アルト・セーバーが命じる。我の魔力を糧とし、我が敵を燃やし尽くせ! 炸裂せよ! フレイム・エクスプロージョン!」
同時に魔力の塊を敵野営地の中心に向かって撃ちだす。
「アオ! 離脱だ!」
「キュ!」
アオと俺の周囲に魔力障壁を巡らす。
アオは全力飛行で野営地上空から離脱した。
カッ……ゴオーーー!
凄まじい爆発音が背後で聞こえた。
振り返ると巨大な火柱が立ち上り内部で爆発が起こっていた。
アオは必死に爆発の余波から逃げている。
魔力障壁を後方に分厚く張り爆発の余波から身を守る。
フレイム・エクスプロージョン。
中級火魔法のフレイムとエクスプロージョンの合わせ技だ。
攻撃エリアを限定し、魔力を糧として高熱の火柱を発生させるフレイム。
魔力と火のエレメントを反応させ爆発を起こすエクスプロージョン。
この二つの魔法を同時に発動させると術者が指定した一定の地域内で高温燃焼と爆発が同時に発生する。
指定範囲内で生き残る術はない。
野営地を殲滅するのに適した魔法だが、当然、範囲が広くなれば広くなるだけ魔力の消費量が増える。
俺はあの広い野営地を焼き尽くすだけの莫大な魔力量を注ぎ込んだ。
恐らくパルシア帝国の南軍三万人は全滅だろう。
断末魔も悲鳴も上げる事無く、死を意識する事すら無く、彼らは何も知らず生きながら荼毘に付された。
しばらくすると巨大な火柱が消え、辺りに静寂と暗闇が戻った。
パルシア帝国の南軍三万人が地上から消滅した瞬間だった。




