対話
行き止まりの空間に満ちていた光は、ゆっくりと安定していった。
壁に浮かんでいた刻印は再配置を終え、規則的な配列へと変わっている。
先ほどまでの曖昧な光ではなく、明確な意図を持った表示だった。
セリアは手を離さないまま、目の前の変化を見つめている。
触れている感触は石のままだが、その内側で別の層が動いていることが分かる。
自分の反応が引き金になったという確信があった。
「……ラドネス」
小さく繰り返す。名乗られたその言葉が、都市の名前であると同時に、いま応答している存在そのものを指していると理解する。
「あなたが、この都市の中枢なの?」
問いかける声は落ち着いていた。恐怖はあるが、それよりも状況を把握したい気持ちが強い。
少しの間を置いて、返答が届く。
『はい。現在の応答主体は、ラドネス都市管理中枢に該当します』
機械的ではあるが、単なる音声ではない。
状況に応じて言葉を選んでいることが感じ取れる応答だった。
セリアは視線を横に向ける。
ハディは一歩後ろで、浮かぶ刻印を観察している。
干渉の様子を見ているようで、会話にはまだ入らない。
セリアは再び前を向いた。
「どうして、応答したの。今まで動いていなかったはず」
『外部接続および内部認証の同時成立を確認したため、待機状態から部分的に復帰しました』
言葉の意味を頭の中で整理する。自分とハディの組み合わせが条件になっていたと、はっきり示された。
「……待機」
小さく息を吐く。予想していた構造が裏付けられたことで、思考が一段進む。
「じゃあ、この都市はずっと待っていたの? 誰かが来るのを」
『正確には、更新命令および環境変化への対応指示を待機していました』
セリアは少し考え、言い換える。
「命令が来ないから、そのまま止まっていた」
『大部分の機能は維持されていますが、外部環境との同期が長期間行われていません』
完全に停止していたわけではないが、更新されないまま取り残されていた状態だと理解できた。
セリアはゆっくりと周囲を見回す。この空間自体が、本来は人が立ち入る場所ではなかったはずだという感覚が強くなる。
「ここは、本来どういう場所なの」
『当該区画は中継および認証処理層に該当します。通常の居住者の立ち入りは想定されていません』
想定されていない場所に、自分たちは立っている。
それでも拒絶されていないのは、条件を満たしているからだ。
セリアは次の問いを選ぶ前に、一度だけハディを見る。
「……あなた、聞きたいことある?」
静かに促す。
ハディは視線を刻印から外し、前に出る。表情は変わらないが、わずかに興味が深くなっているのが分かる。
「更新は可能か?」
短く、核心だけを問う。
セリアは一瞬だけその言葉の意味を追う。彼の目的に近い問いだと直感する。
応答はすぐに返ってきた。
『条件付きで可能です』
空間の光がわずかに強まる。新たな刻印の層が展開され、先ほどよりも複雑な構造が浮かび上がる。
『ただし、現行状態では安全制限が適用されています』
セリアの表情がわずかに引き締まる。
「安全制限……それって、外せるの?」
『正規権限および追加認証が必要です』
言葉の重さを感じる。簡単に進める段階ではない。
セリアはゆっくりと息を整えた。
ここから先は、興味だけで触れていいものではない。




