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朝舞探偵事務所~妖魔のおもてなし~  作者: 空と青とリボン
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松川さんという人

太郎が太郎(犬)探しに出掛けたのを見届けて所長はため息をつく。

「淳君、太郎を甘やかしては駄目だぞ。さっき太郎に太郎の居場所を教えていただろう。それではいつになってもペット探しの技術が上がらんではないか。」

「今回は久々に教えただけでいつも甘やかしているわけではありませんよ。それに太郎君も頑張っているし仕事もどんどんこなしています。今回は太郎君の太郎探しがあるにも関わらず鏡の方に付き合わせてしまったから余計に探し出すのに手間どっている。だからせめてもの罪滅ぼしです。」

「そういうことなら私のセスナ機代金にも罪滅ぼしをして欲しいもんだが。」

「それなら僕の給料から天引きすると所長は言っていたじゃないですか。まだ足りませんか。」

淳はやれやれと言わんばかりに答えたが所長は意外なことを言った。

「今回のセスナ機の代金は私が持つ。淳君たちの給料から天引きなんてしないから安心しろ。」

「え?」

淳も茜も驚いて所長の顔をまじまじと見つめた。

「太郎を助け出す為に使ったお金だと思えば安いもんだ。それに太郎が頑張っていることは私も認めているぞ。」

普段なら絶対聞け無さそうな所長の言葉を聞いた淳と茜はますます目を見開く。

「なんだ?私の顔に何かついているか?」

「いいえ、ただ太郎君も所長のその言葉を聞いたらきっと喜ぶだろうなと思いまして。」

「口が裂けても太郎の前では言わん。」

所長は照れたのか新聞で自分の顔を隠した。それを見て茜と淳がくすっと笑う。

「まったく所長も素直じゃないんだから。」

トントン。ドアを叩く音がした。

「来たわ。」

茜が呟き、ドアを開けた。

そこに立っていたのは初老の男性だった。夜鶫の鏡を依頼してきた松川良平だ。松川は酷く痩せていて青白い顔をしている。杖をつきながらやっと立っている様子だった。茜は慌てて椅子に座るように促す。茜と淳は病人をここまで歩かせてしまったことを反省した。

「すみません、こんな所までご足労をかけてしまって。やはり私たちが病院へ出向くべきでした。」

すると松川は微笑んだ。

「いいえ、待ち合わせの場所をここにして欲しいと頼んだのはこちらですからお気になさらずに。それにこう見えても今日は朝から体調が良い方でして、外出したかったので丁度良かったです。」

それを聞いて茜と淳はひとまず安心した。二人は会釈をし、ソファーに座った。松川と向き合う。

「ここにはお車でいらしたんですか。」

「はい、息子の運転で。息子は車に待たせています。久しぶりに外出出来たので気分転換になりました。ずっと病室の中にいると気がめいるので。」

そう言ってほほ笑む松川の元に襟元を正した所長が歩み寄った。

「とはいえどうか無理をなさらないでください。ご連絡をいただければこちらから出向きますので。」

「ありがとうございます。このたびはご面倒をおかけして申し訳ありません。」

松川は夜鶫の鏡がここにないことを知らない。所長はさすがに気まずくなったのか沈黙してしまった。茜と淳も戸惑う。しかしこのまま説明をしないわけにはいかない。淳は話すことを決意した。

「松川さん、実はですね・・・。」

淳が切り出した時だ。

「そのことなんですが。」

松川が淳の言葉を遮った。そして

「鏡の依頼はなかったことにしていただきたくて今日ここに伺いました。」

「えっ?」

予想外のことに茜たちは驚いた。

「依頼しておいて勝手なことを言ってすみません。でもあの後、妻と息子に相談しまして。実は妻と息子には内緒でこちらに依頼したんですよ。でもこのまま黙っていていいものかと悩みまして結局話しました。そうしたら妻と息子に酷く怒られましたよ。医者に余命一年と言われたとしても、もしかしてそれ以上生きる可能性だってあるのに自らの命を捨てるのかとね。例え鏡の力で成功に導いてもそれはあなたの実力ではないとまで言われました。」

「・・・。」

「それに自分の命を犠牲にしようとするなんてと泣かれました。『俺は父さんのこれまでの経験値に掛ける。鏡に頼らないで自分たちが進むべき道は自分たちで決めよう』と息子に言われた時は目が覚めましたよ。そして私は決意しました。家族や従業員、そして何より自分を信じてみようと。だから今回の件はなかったことにしていただきたいのです。」

松川は憑き物が落ちたような実に清々しい表情をしている。同時に茜たちの心も晴れていく。

「そうですか・・・。素晴らしいご家族をお持ちなんですね。」

茜は心の底から尊敬の念を抱いた。

「私にはもったいないくらいです。」

そう言って松川は照れくさそうに笑った。

「あ、もちろん報酬とキャンセル料はお支払致しますので。」

いきなり松川から申し出てこられて正直茜と淳は狼狽した。元々こちらから断るつもりでいたのにキャンセル料をいただくなんて松川に申し訳ない気がしたからだ。

淳はさすがにこれは頂けないと思い、事情を話そうとした時だ。

「報酬もキャンセル料も頂きません。今回は無料ということで。」

所長だった。茜と淳は一瞬自分の耳を疑った。所長がキャンセル料も頂きませんという言葉を口にするなんて驚きだ。

「え・・・でも。」

松川はさすがに困惑している。所長は尚も続けた。

「いいんですよ。妖怪や幽霊という目に見えない存在を相手にしていると依頼人からキャンセルされることも珍しくありません。ちなみにその方たちからもキャンセル料は頂いていないのでお気になさらずに。」

「だがそれでは申し訳ないです。」

しきりに恐縮する松川に所長は駄目押しの一言。

「本当にお気になさらないで下さい。厭らしい話ですが、我々は十分に儲かっているのでこれくらいなんていうことないんですよ。」

それを聞いて松川はぷっと吹き出した。

「これはこれは。かえって失礼しました。」

「いいえ。」

所長は余裕たっぷりだ。本当はキャンセル料までもらわないということはほとんどないのだが松川に気を遣わせないように嘘を言ったのだ。

松川の顔から申し訳なさが消えさっぱりとした表情になった。

「ではお言葉に甘えさせて頂いて。いろいろお世話になりました。」

松川は深々とお辞儀をして立ち上がる。

「いいえこちらこそ。お体ご自愛ください。」

茜が手を添え、松川の歩みを支えようとするが松川はここに来た時よりしっかりとした足取りだ。きっと肩の荷が下りたのであろう。

淳は慌てて松川の元に歩み寄って

「車までお送りしますよ。」と申し出るが松川は柔らかな笑みで断った。

「いいえ、お気になさらずに。息子を待たせてあるので大丈夫です。」

「そうですか。では足元お気をつけて。」

「はい。それでは失礼します。」

松川は静かに、しかし確かな歩みで去って行った。


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