第二章 刻まれた呪縛 第9話
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その日の夜。
街外れにある古びた木造建築の二階建て。
『天城怪異相談所』は普段よりちょっとだけ賑やかになっていた。
「へえ、桜香ちゃんってお洒落さんなんだねー、ちょっと意外だなー」
「い、意外とは心外ね。でも、まあ、たしかにそう思われて当然か……だいたい、その服だって自分で選んだものじゃないから……」
二階。ミコトの自室にて。
着替えをはじめとする生活用品が詰め込まれたキャリーバッグを物色しているミコトと、自分の私物をまじまじと検閲されて少々気恥ずかしそうな桜香の姿がそこにあった。
例の『お願い』のことを知ったミコトが「なら今日はお泊りだね!」と言ったのをきっかけに、なんだかんだ本当に事務所に泊まることになったのだ。
もとより謹慎処分中の桜香は、花織の屋敷で偉大な祖父や父に囲まれるのも気まずかったし、丁度いい。
「なら誰に選んでもらったの? あ、もしかして、彼氏さんとか?」
「ふえっ!? な、ななな、なに言って……くぁ、彼氏なんて生まれてこのかた一度も出来たことないわよ!」
そう事実を告げてなんとも複雑な気分になる桜香だった。
「その服は私の同僚……ああ、夕方に会ったあんな陰湿野郎と違って、気さくで明るくて良い人なんだけど……まあ、ちょっと変わったヤツに選んでもらった。……うん、いやけっこう……かなりの変わり者なんだけど、たぶんセンスはあるみたい」
「お友達?」
「そうなる、のかな……一応、先輩だけど、近い距離間で接してくれるし、話もしやすいし」
「そっかあ。じゃあさ、今度そのお友達も誘って、アラタも一緒に、みんなで繁華街とか行かない? ううん、今度なんて言わずにもう明日! 桜香ちゃんがその服着て街を歩いてるとこ見てみたいし!」
「そんな、急に言われても……」
「だめ……?」
しゅん、と肩を落としながら、それでも諦めきれないという様子で、ミコトはうるうる瞳を滴らせながら上目遣いに桜香を見上げた。
まるで飼い主に見放された小動物のようで、それをどうして見捨てられようか。
「だめ、じゃないけど……私の友達は私と違って謹慎中じゃないし、呼んでも来てくれるとは保証できないけど……」
「うん、それはしょうがないよ! 桜香ちゃんのお友達にも会ってはみたいけど、わたしの一番の目的は桜香ちゃんの晴れやかな姿だから!」
だめじゃないとわかれば、途端にパッと笑顔になるミコトだった。
まったっく調子がいいことだ。きっとこういう女性のことを天然にして魔性の小悪魔と言うのだろうと桜香は肩を竦めながら、そんな純真無垢な少女の輝くような笑顔につられて自然と口許に微笑みを浮かべてしまう。
「じゃあ、明日に向けてお風呂入ろっか!」
「そうね。私は客人だし後でいいわ。ミコトが先に入っちゃいなさい」
「違う! 違う、違うよ! そうじゃない!」
「え? え……えっと、なに……?」
突然、前かがみに迫ってくるミコトに、思わず後退りする桜香。
ミコトは、果てしない戸惑いに見舞われた少女の腕をガシッと掴み取り、そのまま部屋を飛び出すのだった。
「一緒に入るの! せっかくの女の子同士なんだから、いろんな話したり洗いっこしたり、とにかくやれることやって楽しまなきゃ!」
「ち、ちょっと!? 一緒になんて恥ずかしいってばっ!」
とたとたと足音を響かせながら少女たちは浴室を目指して一階へと降りていく。
ハダカの付き合い。「やっぱり、大きい……」「腰回り細くていいなあ」なんて互いが互いの長所を羨む声がそこにはあった。