26.私は無実です
ぐちゃぐちゃになってしまった部屋を、唖然として見つめる。
騒ぎの最中は気付けなかったが、テーブルの上の食器は床に落ち、水差しの中身はぶちまけられ、倒れた椅子が濡れていて、かなりひどめの状況だ。この惨状をそのままにして片付けの手伝いもせず出て行くなんて、ディーンのやつ、鬼だ。悪魔だ。お前の血の色は何色だ。
雑巾とバケツ持ってこないとなーと頭では考えながら、私は両手のひらをセンさんに向けて手を挙げる。気分は神に懺悔するあわれな子羊である。
「ディーンについて、私は全くの潔癖です。無実です。あいつが勝手に現れてメシ強請られて食われて、なんか求婚されました」
「現れてから求婚されるまでの流れがよくわからないのですが……」
「いや! そこには深いわけが! そもそも最後の単語に深い関連性は!」
「……あなたも」
私がわたわたとどう説明していいか困っていると、センさんの気遣わしげな声がする。
私はその瞳の奥に、
「あなたも、“魔導書の闇”を見たのですね?」
彼の、強い恐怖を見た。
絶望を、諦観を、やりきれない義憤を見た。
……こくりと、頷く。
「……見ました。思わず、取り乱してしまった。恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはありません。誰しも、やはり心に闇を抱えているのですね……私が悪いのです。あなたが魔導書を読めない原因に、そちらの可能性を考えなかった」
あなたは、強いから。
そう言って、目を伏せるセンさん。
彼になんと声をかければいいか分からない。
私は、強くなんかない。私は自分の弱さに屈しない方法を知っていただけ。苦しみを愛と光に代えうる希望を持っていただけ。
だが、きっとそれを言ってもセンさんは納得しないだろう。私とセンさんでは育ってきた世界が違いすぎる。
「……つまりディーンハルトは、あなたが“魔導書の闇”に捕らわれそうになったのを、助けて、その礼に食事と婚礼を望んだということでしょうか?」
「いやいやいや!」
ほぼ合っているが、最後! 助けたお礼に婚礼ってそれどこの鶴の恩返しー!
*****
なんとかあらぬ誤解を払拭させ、部屋の片づけを終わらせたころには、夕暮れにさしかかっていた。
あ、やばい、食事の用意が出来ていない、どうしよう。
この世界ではレンジでチンのパウチカレーやお湯入れ3分インスタントラーメン、あなたの近くのコンビニごはんがあったが、ここにはそれらはない……その辺は不便だなぁと思う。いや、逆に日本が便利すぎなのかも?
仕方ないので、センさんが庭先の食べられる野草と陸貝の干し貝柱で簡単なスープを作ってくれた。私は野草をちぎってサラダにしたものにオリバ油と調味料でドレッシングをかけたもの、残っていたちょっとのソーセージを焼いたものをもうひとつのコンロで調理し、保存食用の堅いパンを添えて夕飯にする。
くっそぅ……これでも美味しいけど、本当はもっと美味しいものを食べれていたはずなのに……センさんのスープ全部飲み干しやがって……ディーン、次会ったら殴る。
「それで、結局その『ぐりもあのやみ』ってやつはなんなんですか?」
食事を終え、ごちそうさまをした私はセンさんに改めて尋ねる。
「うーんっと。そのグリモアの闇ってやつの対抗策が『心のなかにある希望』ってやつなら、グリモアの闇はさしずめ心のなかにある絶望かな? トラウマとか、心的外傷。幼少期に経験した嫌だったこととか、キズとか?」
「えっ、えっ! なんで、知って……! ツッコはもしかして心読みの魔法使いなんですか!?」
「あ、おおむねあたりですか。やったー」
その「心読みの魔力使い」がなにかは知らないが、ネーミングと今まで読んできた漫画やラノベやゲームの経験則である程度予測できるってもんだ。
センさんは観念したのか、ふぅと息を吐いて説明してくれる。
「その通り。魔導書の闇は心の絶望を顕在化させる。魔導書を使うには魔力と想像力が不可欠ですが、その想像力が使用者の心の奥深くを捕らえたとき、魔力が暴走し、自分の想像に食われることがある。これを我々は魔導書の闇と呼ぶのです」
「ちなみに、食われた人間はどうなるんですか?」
「……魔力暴走に耐えきれず、肉体が破裂し、最悪死に至ります」
こっわ! なにそれこっわ!
『なんやかんや爆発します』って、コントじゃあるまいし!
「ツッコ、明日は一緒に出掛けませんか……いえ、出かけてください」
センさんはそう言って、私の目を真っ直ぐに、真摯に見た。
「原初の洞窟に、行きましょう」




