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働かないエルフと封魔の森  作者: あずきまんま


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第07話|自分用の畑と過剰な勤労意欲

裏庭の勝手口に立ち尽くしたまま、莉奈は目の前の光景を見つめていた。


朝の冷たい空気の中、昨日まで草の残っていた空き地は、端から端まで黒土に変わっている。真っすぐな畝が何本も並び、水路から分かれた細い流れが、その合間を過不足なく潤していた。石ころ一つ残っておらず、土は指を差し込めば簡単に沈みそうなほど柔らかい。


昨日頼んだのは、家庭菜園を作る場所の確認だけだった。それをどう解釈すれば、ここまで立派な農地が完成するのだろう。


「プクーッ!」


「リナ様、おはようございます! 朝の整地作業、完璧に完了いたしました!」


もっちゃんは泥だらけの尻尾を高く掲げ、ネローは空中で恭しく一礼した。二人とも、褒められると信じて疑っていない様子である。


莉奈は部屋着のまま畝の端まで歩き、両腕を広げて作業範囲を示した。


「……あのね。私が欲しかったのは、自分が食べる分だけの葉物野菜を二、三株育てられる、畳一枚分くらいの家庭菜園なの。昨日、空き地の端を見るだけ、勝手に広げないって言ったわよね?」


ネローは首を傾げた。


「はい。ですから、もっちゃん殿と場所を確認し、水の流れを調べ、土の硬さを確かめるために試し掘りをいたしました」


「家の裏いっぱいに並んでいるこれは、試し掘りとは言いません」


「水路の勾配から逆算しますと、この幅が最も効率よく――」


「効率から逆算して、勝手に事業規模を拡大するな! 誰が収穫して、毎日面倒を見ると思ってるのよ!」


莉奈が畝を指すと、もっちゃんは自信満々に自分の胸を叩いた。ネローもすぐに右手を挙げる。


「私どもにお任せください!」


「そこなのよ。頼んでいない仕事まで抱えるなって、昨日も言ったでしょう」


二人はそろって黙り込んだ。叱られた理由は分からなくても、期待した反応と違ったことだけは理解したらしい。


前世にも似たようなことがあった。「将来の拡張に備えました」と仕様外の機能を追加され、確認項目と運用工数だけが膨らんだ案件である。作った本人は善意なので、止める側ばかりが悪者になるところまで同じだった。


莉奈は畝の間へしゃがみ、土を一握り取った。土はよくほぐされ、水も溜まりすぎていない。仕事そのものは丁寧で、全部を埋め戻させるのも無駄に思える。


「……耕してしまったところは、いったんこのままにします。ただし、今日は一部しか使わない。これ以上は掘らない。もっちゃんも重い作業を始める前に相談する。ネローも疲れたら休む。分かった?」


「承知いたしました」


「プクッ」


返事をしたもっちゃんは、今にもまた畝へ飛び出しそうに尻尾を揺らしている。莉奈は先回りして、今日は勝手に土を叩かせないと決め、もっちゃんを勝手口の脇へ座らせた。


種や苗を用意する必要はない。【豊穣の手】なら、欲しい作物をそのまま生み出して育てられる。だからこそ、莉奈が必要としているのは広い畑ではなく、自分が食べる分を育てる小さな区画だけだった。


莉奈は最も短い畝の前へ移動した。ネローには細い水を頼み、土の表面が軽く湿ったところで止めてもらう。


「この一角だけ使うわ。葉物と、トマトとキュウリ、それから玉ねぎ、じゃがいも、にんじんを少しずつ。あとは料理に使えるハーブも少し。食べきれない量はいらないからね」


念を押してから、莉奈は【豊穣の手】を使った。


淡い黄緑色の光が広がる。何もなかった畝から小さな芽がいくつも現れ、見る間に葉を増やしていった。葉物は幾重にも葉を重ね、隣ではトマトの茎が伸びて赤い実をつける。その横ではキュウリのつるが広がり、濃い緑色の実が育っていった。さらに土の中では玉ねぎやじゃがいも、にんじんが食べ頃まで育ち、畝の端には香りのいいハーブが小さく茂っている。


莉奈は慌てて力を止めた。どれもすぐに食べられそうな大きさまで育っている。


「……加減しないと、こっちが畑を広げる原因になりそうね」


能力があれば、種も苗も必要ない。欲しい時に必要な分だけ生み出せるのなら、なおさら大量に作って管理する理由はなかった。


「うわぁ……! 素晴らしいです、リナ様! これほど短い時間で、立派な作物が育つとは!」


「プクプクッ!」


ネローが畝の上を飛び回り、もっちゃんは前足を打ち合わせた。莉奈も葉物の外側を一枚めくり、虫食いも変色もないことを確かめる。


「よし。これなら当面の食料には困らないわね。必要な時だけ育てて、食べる分だけ収穫する。残りの畝は増やさない。つまり、毎日ソファーでゴロゴロできる」


言い聞かせるように念を押した時、低い唸り声が木立から届いた。


もっちゃんがすぐに立ち上がり、尻尾を構える。莉奈は飛び出そうとするもっちゃんより先に、その前へ出た。家を囲む結界の外側で枝が揺れ、犬ほどの大きさの魔獣が一匹、茂みから姿を現す。丸い鼻先に小さな耳、ずんぐりした体には茶褐色の毛が密に生え、後ろには幅広く平たい尻尾が伸びている。ビーバーに似た獣だった。


後ろから四匹が続いた。どの個体も泥にまみれ、肋骨が分かるほど痩せている。威嚇する牙よりも、育ったばかりの葉物を追う視線のほうが切実だった。


先頭の魔獣が柵の下へ爪をかける。結界に触れた途端、薄い光が弾け、魔獣は驚いて後ろへ転がった。


「リナ様、作物を狙っています。追い払いますか?」


ネローが水を集め始めるのを、莉奈は手で制した。


「待って。攻撃する前に、何を求めているのか確かめます」


莉奈は結界の内側からしゃがみ、【使役の眼】へ意識を向けた。命令を押しつけず、相手が何を望んでいるのかだけを尋ねる。


最初に伝わってきたのは、空腹だった。続いて、暗い巣穴から追い立てられ、何日も食べ物を探して歩いた記憶が断片的に流れ込む。森の奥にいた何者かの姿までは分からない。食べ物を求めてさまよううちにこの場所へたどり着き、目の前の作物を見つけたことと、争うより食べたいという意思は明確だった。


「住処を追われて、食べる物もないのね」


莉奈が確認すると、先頭の魔獣は唸るのをやめた。仲間を振り返ってから、ゆっくり頭を下げる。


莉奈は畝から葉物を何枚か摘み、トマトとキュウリも収穫して、結界の外へ置く。


「まず、これを食べなさい。話は食べてからでいいわ」


莉奈が下がると、先頭の魔獣はしばらくトマトを嗅いでいた。やがて一口かじり、夢中で食べ始める。莉奈は葉物やキュウリも追加で収穫し、五匹へ分けて渡した。もっちゃんはまだ警戒していたが、莉奈の横で大人しく見守った。


空腹が少し落ち着くと、魔獣たちは柵の前へ並んだ。莉奈は【使役の眼】を通じて、改めて意思を確かめる。


「しばらくここで休みたいなら、いてもいいわ。食べ物は必要な分だけ出せるしね」


魔獣たちは耳を立てた。先頭の一匹から、ここにいても追い払われないのかと戸惑うような意思が届く。


「ただし、勝手に作物を取らないこと。それから、食べる分くらいは畑を手伝ってもらうわ。土を掘ったり、収穫したものを運んだり、そのくらいでいいから」


先頭の魔獣は仲間と鼻先を寄せ合った。短い鳴き声が交わされる。【使役の眼】を通じて伝わってきたのは、食べ物をもらえるなら喜んで手伝う、という強い意思だった。


「無理する必要はないからね。必要なことだけ、私が頼んだ時に手伝って。それが条件」


一匹ずつ莉奈へ向き直り、五匹とも両前足をそろえて頭を下げた。


「よし。じゃあ今日は、食べてゆっくり休みなさい。手伝ってもらうのは明日からでいいわ」


「リナ様、私の初日も同じご指示でしたね」


「そうね。ネローもちゃんと休んでよ」


ネローは神妙に頷いた。もっちゃんも莉奈の隣で座り込み、魔獣たちが食べ終えるのを見守っている。


「もっちゃんも今日はもう休むのよ」


「プクッ」



五匹は結界の外で食べ終えると、近くの木の根元に寄り添って横になった。結界の内側へ招くかどうかは、もっちゃんやネローとも相談してから決めるつもりだった。


家へ戻った莉奈は、育った葉物とトマト、キュウリを台所へ運んだ。ネローが水洗いだけ手伝い、莉奈が小さく切って鍋へ入れる。調味料は塩と乾燥ハーブしかないが、野菜から甘い香りが出て、温かいスープとして十分な味になった。


窓辺の器でネローにも休憩を取らせ、もっちゃんには果実と少量の葉物を与える。自分もテーブルでスープを飲みながら、今日の出来事を紙の端へ書き留めた。


畑は今ある範囲より広げない。勝手に作物を取らない。作物は必要な分だけ育てる。


「ここまで書けば、さすがに誤解しようがないでしょう」


ネローは紙を覗き込み、感心したように頷いた。


「明朝、皆様へ読み上げます」


「日の出より後でお願いします。今日はもう働かない。私もお風呂に入って寝ます」


莉奈は使った食器を片づけ、浴室で土を洗い落とした。寝室へ入る前に勝手口から外を確認すると、五匹はまだ木の根元で丸くなっている。もっちゃんも居間の寝床へ入り、ネローは水の器で光を弱めていた。


ようやく静かになった家で、莉奈はベッドへ潜り込む。明日の朝、五匹の様子をもう一度確認しよう。そう考えて目を閉じると、疲れもあってすぐに眠りへ落ちた。


翌朝、莉奈はいつもより少し早く目を覚ました。


窓の外は薄明るい。カーテンを開くと、庭の何か所にも松明が残り、白い煙を上げていた。


「……え?」


莉奈は部屋着のまま廊下を走り、勝手口を開けた。


裏庭には、昨日の五匹だけでなく、二十匹を超える魔獣が集まっていた。新しく来た魔獣たちは結界の外に固まり、痩せた体を寄せ合っている。もっちゃんとネローも、その様子を困ったように見守っていた。


昨日は家の裏で止まっていた畝が、木立の間へ何本も伸びている。切り倒された大木こそないものの、低木は根を傷つけないよう脇へ移され、空いた場所には新しい区画を示す杭が並んでいた。さらに、水路からは新しい細い流れまで引かれている。ビーバーに似た魔獣たちは、平たい尻尾で水際の土を固めたり、枝を運んで水路の縁を補強したりと、頼んでもいない土木工事に夢中だった。


先頭の魔獣が莉奈に気づき、誇らしげに前足を掲げる。ここなら食べ物があり、追い払われずに休めると、散り散りになった仲間へ知らせたらしい。


莉奈は、昨夜書いた規則の紙を握りしめた。


「……ちょっと待ちなさい。なんで一晩でこんなに増えてるのよぉぉぉっ!?」


莉奈の絶叫に、二十匹を超える魔獣たちが一斉に振り返った。

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