第一話 オネエ転生
本名、大岡権三郎。源氏名をマリー。
享年32歳か。短い人生だった。
そう、経営するバーのカウンターにもたれ、刺された腹部を押さえながら考えた。
アタシはオネエだった。お世辞にも「綺麗だよ」とは言えない、筋骨隆々な体格のオネエ。
そんなアタシでも、店の常連の女の子たちは慕ってくれた。
アタシからしたら、女の子はみんな可愛らしい宝石。
男の愚痴や泣き言を聞いてあげて、慰めてあげていた。
まあ、だからこんなことになったんだけどね、と自分の正面に倒れて、頭から血を流している男を見やった。
タチの悪いストーカーにつきまとわれている子がいた。
その子の話を親身になって聞いてやり、帰り道を送ってやったりしていたら、そのストーカーはアタシを恋敵と認識したらしい。店に乗り込んできて刺された。
でも大丈夫よマキちゃん。憎いストーカーはアタシが一緒に連れていくから、もう怖いことないわ。
そう安堵の笑みを浮かべて、アタシは目を閉じた。
はずだったのに。
「ジゼル・レンブラント!
男爵令嬢レイチェルへの度重なる嫌がらせに次ぎ、今日のレイチェルへの加害、さすがに我慢ならん!
僕は今を以て、お前との婚約の破棄を宣言する!」
高らかに告げられる男の宣言。ざわざわと広がるどよめき。
アタシの正面に立つ、いかにも王子様と言った風貌の金髪碧眼の美青年と、その隣に並ぶ桃色の髪の少女。
いや待って? アタシ死んだはずよね?
そう思って周囲を見回す。沢山の野次馬がいるけれど、皆いかにも学生と言った外見で、同じ制服を身につけている。
ここは学校? じゃあアタシも学生ってこと?
そう考えて、視線を真横に向けて息を呑んだ。
廊下の窓硝子に映るアタシの姿。
小柄な体格の長い銀色の髪に白色の瞳の、白磁の肌の可憐な美少女。
え? 嘘? これがアタシ?
夢にまで見た美少女に、アタシなれたの!?
うわあ髪が艶々、お肌すべすべ。微笑んだら天女のよう。最高!
「ジゼル・レンブラント!?」
あ、しまった。話の途中だったんだわ。
ええと、今までの記憶を総合すると、アタシは死んで生まれ変わったってことかしら?
そして今し方前世の記憶が戻ったと。
にしても、婚約者に激詰めされている状況。ただ事じゃないわね。
そう考えていたら、この身体の記憶をたぐれることに気がついた。
なるほど。ここは王立貴族学校。アタシは公爵令嬢ジゼル・レンブラント。
目の前にいるのは婚約者の王太子ヴィンセント・ハーグリブス。
そしてその隣に並んでいるのが最近その王太子と急接近した男爵令嬢レイチェル、か。
この場に立たされているのは、レイチェルの服を切り裂き、頬をぶったという罪。
それ以外の罪もヴィンセントは羅列したけど、お粗末ね。
「聞いているのか!?」
「聞いていますとも。あまりにお粗末な冤罪で反応に困っていたところですわ」
「お粗末だと!?」
「ええ。レイチェルさんにお尋ねします。
わたくしに殴られたと証言しましたが、わたくしはどうやってあなたを殴ったのですか?」
復唱を要求したアタシに、レイチェルはやや戸惑いながら、
「えっと、手を振り上げて」
と答える。
「手を? どのくらい振り上げて殴ったのでしょう?」
「こう、大きく振り上げて殴ってきました」
そう、レイチェルは自身の腕を肩より高く振り上げて振ってみせる。
「わかりました。つまり、わたくしは肩より高く腕を振り上げて、あなたの顔を殴った。
それが真実なのですね?」
「はい。間違いありません」
謎の復唱に、ヴィンセントは怪訝な顔をしている。
まだ気づかないのかしら。お馬鹿さん。
「ヴィンセント殿下。覚えていらっしゃるでしょうか?
学園に入学時、王太子である殿下の婚約者であるわたくしを妬んだ上級生に突き飛ばされ、わたくしは階段を落下。
そのときの負傷で、右腕が肩より上に上がらなくなりました。
ご存じですわね?」
その言葉にやっと思い出したのか、ヴィンセントがハッとする。
そうそう、この世界は魔法の世界だから治癒魔法もあるけれど、応急手当などや、時間がある程度経ってしまった怪我については予後が悪くなってしまうことがある。
アタシの怪我は、その時隣国から仕掛けられていた戦争のせいで治癒魔法を使える魔術師が出払っていて治癒魔法をかけてもらうまでに時間がかかってしまったのよね。
「わたくしの右腕は肩より上には上がりません。
レイチェル様の殴られた頬は左頬。したがって、わたくしには不可能な犯罪です」
スカートの裾を摘まんで一礼してみせたアタシに、ヴィンセントたちが狼狽える。
「れ、レイチェル。嘘を吐いたのか!?」
「ち、違います! その、ジゼル様は左腕で…!」
「左腕でどうやって左頬を殴るのだ!」
「そ、その」
「その服を切り裂いたのもまさか、自分でやったのではあるまいな!?」
混乱しながらレイチェルを詰るヴィンセント。
そうよね。多分自分でやったのよね。
魔法で出来なくもないけど、魔法を使った傷なら痕跡が残る。
魔法を使った傷かどうか、調べればわかるのだから。
そしてレイチェルに風魔法の適性はない。つまり、自分で刃物で切り裂いたのだ。
「まさか今までの、ジゼルにやられたとする嫌がらせも自作自演か!?」
「え、えっと、違います! それは本当にジゼル様に…!」
「それは正式に調べればわかるだろう」
不意に朗々とした声が響いた。カツンカツンと靴音が響き、短い金髪の美丈夫が登場する。
「ヴァ、ヴァレンタイン兄上……!
なぜ学園に……!」
ヴィンセントが驚いて声をあげる。
その男性こそ、ヴィンセントの兄であり王室や貴族にまつわる法務を司る特務卿、ヴァレンタイン・ヴァンデッシュ。
ファミリーネームが違うこと、なぜ彼が王太子ではないのかの疑問については、彼は幼少期に病弱故にヴァンデッシュ公爵家に養子に出されたのだ。
大人にはなれないだろうという周囲の大人の声を余所に彼は年を重ねるごとに健康になり、そして特務卿の地位に就いた。
王室にまつわる法務を司る。つまり王太子の独断での婚約破棄も、彼の領分だ。
「ヴィンセント。お前は国王陛下とレンブラント公爵の名の下に交わされた婚姻を独断で破棄。その上無実のジゼル・レンブラント嬢に冤罪を着せた。
その罪、決して軽くはない。覚悟せよ」
「ひっ」
「男爵令嬢レイチェル。公爵令嬢に冤罪を着せ、王太子を籠絡しようとした罪は大罪である。即座に身柄を拘束。留置所に送れ」
「ひぃっ!」
ヴァンデッシュ卿の言葉に応え、その背後に控えていた兵士たちがヴィンセントとレイチェルの身柄を拘束する。
悲鳴を上げながら連れて行かれた二人を見送って、ヴァンデッシュ卿はアタシに向き直ると、
「身内が申し訳ないことをした。追って、二人の処罰をお伝えする。
今しばらくお待ちいただきたい」
「承知しました」
と一礼したのでアタシも一礼を返す。
うーん、でもちょっと惜しいなあ。と思ったり。
あのままでは授業にならないだろう、とヴァンデッシュ卿の判断でアタシはレンブラント公爵邸に帰って来ていた。
アタシは自室の鏡台の前に座って、まじまじと自分の顔を見つめる。
本当に見れば見るほど美少女だわ。こんな美少女になれるなら、輪廻転生も悪くないわね。
でもちょっと待って? 女の子になったってことは、とアタシは自分の下半身に視線を向ける。
やっぱり、ないわよね。伝家の宝刀。
アタシはオネエだったしゲイだった。つまり好みのイケメンを押し倒してにゃんにゃん鳴かせたい性癖だったのよ! これじゃ愛されるより愛したいが出来ない!
いや、諦めるのはまだ早いアタシ。世の中便利な玩具があるはず。
それを使ってにゃんにゃんすることは可能なはずよぉぉぉ~!
よし、当面はそれを目的に生きよう。せっかく待望の美少女に転生したのだから、ってストップ。ちょっと待とう。
ジゼル・レンブラント。どこかで聞いた名前ね。
ハッ、そうだ。バーに出入りしていた女の子が話していた流行のソシャゲの登場人物。
主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢だわ!
主人公はデフォルトネームがレイチェルだから、間違いないわね。
あの男爵令嬢が本来の主人公、と。
でも、実際に嫌がらせはやっていないんだから仕方ないじゃない。
この身体の記憶をたぐっても、やった記憶はない。
悪役令嬢だけど、この子は清く正しく生きてきたってことよね。
なら問題なし。このまま清らかな人生を謳歌しますわよ!
そう誓ったところで、部屋の扉がノックされた。
「はい?」
アタシが返事をすると、扉が開いてフードを目深に被った青年が姿を見せた。
フードから覗いた顔がまた美しいこと。
銀色の髪に碧い瞳の、影のある美青年。
彼は確か、ジゼルの義理の弟であるアッシェンだ。
跡を継がせるため、分家から養子にもらった子である。
彼は健気にアタシを慕ってくれるが、なぜか最近姉と呼んでくれない。
反抗期かしらね。
「なあに? アッシェン」
「……あんたが、婚約破棄されたと聞いて」
「ああ、大したことじゃないわ。ちゃんとやり返したし」
「……だが、辛かっただろう」
絞り出すように言ったアッシェンに、もしかして心配してくれてる?とアタシは喜んでしまう。
不謹慎かもしれないけど、こんな美しい美青年に心配されたら、アタシの心の伝家の宝刀が反応してしまうわ!
「心配しないで。優しい子ね。アッシェン」
アタシはそんな胸中を押し隠して、完璧な美少女スマイルで彼の手を握る。
まあ、手の大きさがこんなに違う! 前世のアタシの手なら確実にアタシのほうが大きいのに、今世ではアタシの手が小さすぎてアッシェンとの手の差が凄いわ。
「ち、違う。俺は、その、」
アッシェンは頬をかすかに赤らめ、恥ずかしそうにしながらもごもごとなにか言う。
声が小さくてよく聞こえない。なにか言いたいことがあるのだろうか?
「あんたは……、これからどうするんだ?」
「これからって、どういうこと?」
「その、婚約者、だ。王太子との婚約は破棄になったのだろう?」
「……ああ、そうね」
そういえばそうだ。この世界は貴族が存在する近世ヨーロッパ風の世界。
アタシはまだ十代だが、婚約者がいないとおかしい年頃だ。
婚約者かあ。出来ればアタシ好みの美青年がいいのよね。
アタシが掘って楽しめるような可愛い顔立ちの、そう、あのヴィンセントのような。
思えばヴィンセントの見た目は完璧だったわ。
泣きそうに歪んだ顔と言ったら、哀願した顔そのものの愛らしい表情。
体格もそこそこ鍛えた程度のちょうど良い肉付き。
あまり筋肉質でもよくないのよね。マッチョすぎても好みじゃないわ。
その点、ヴィンセントの容姿は完璧。
あら、もしかして、これってチャンスじゃない?
ヴィンセントは独断での婚約破棄をした罪で投獄されたと聞いた。
王太子ではなくなるとも聞いたし、このまま放っておいたら廃嫡の上地方に流刑と言ったところ。
なら、アタシの我が儘もある程度通せるんじゃないかしら?
「いいえ、婚約破棄にわたくしは納得していませんわ」
そう、気づけば口にしていた。
アッシェンが息を呑む。
「な、なぜ、あんたに着せられた冤罪を信じて、あんたを追放しようとしたような男を、まさかまだ好きだと言うのか?」
「そうね。そうかもしれないわ」
「なぜだ! そんな男に尽くしたとして、あんたは幸せにはなれない!」
異を唱えるアッシェンに、アタシは椅子から立ち上がってにこりと微笑んだ。
「一つ、間違っているわ。アッシェン」
そう、人差し指を立てて桜色の唇に当てて囁く。
「人に幸せにしてもらうんじゃない。自分で幸せになるのよ」
その言葉にアッシェンが息を呑む。
「じゃあわたくしは行ってくるわね」
「ど、どこに」
「もちろん、王宮の地下牢にいるヴィンセント殿下の元に!」
アタシはそう言って、長い銀色の髪を靡かせた。
王宮の地下牢。その一つの中で、ヴィンセントは膝を抱えていた。
どうしてこうなったのか。いや、自分がレイチェルの嘘に騙されたからだ。
兄も父も母も、そんな自分を見限っただろう。
そんな自分に、もう手を差し伸べる人なんて、
不意にコツコツと靴音が聞こえてきた。
誰だ。自分に面会したがる人間なんているわけない、と思ったヴィンセントは目の前に姿を見せた令嬢を見て呼吸を止めた。
「……ジゼル?」
なんと、相手は自分が裏切ったあの元婚約者だった。
いや、最後に裏切った相手への嫌味を言いに来たのかもしれない。
期待などしてはいけない。自分はそれだけのことをしたのだから。
「ヴィンセント様。一つ、お願いに参りました」
鈴の鳴るような声が響く。どんな願いだ。良い願いではあるまいと身を硬くした自分に、彼女はこう告げたのだ。
「わたくしと、再度婚約していただけませんか?」
その言葉に心臓すら止まった気がした。耳を疑った。
信じられない心地で、女神のように美しい彼女の顔を見上げた。
「……聞き間違いか? 俺と、婚約したいと聞こえた」
「いいえ、聞き間違いではございません」
「君は馬鹿か? 君に冤罪を着せた、君を裏切った男になにを」
「なにを仰います。お互いまだ十代、間違いの一つや二つ、起こしましょう。
わたくしはそれでも、殿下と共にありたいのです」
惨めな自分を嘲笑っているのかもと思ったが、自分を見つめる彼女のまなざしは慈愛に満ちていて、その表情は神々しい微笑。
この天使に、悪意を見出すほうが愚かなのだと痛感したばかりではないか。
「……ほ、本当にいいのか?
俺はもう王太子ではない。いや、王子ですらなくなるかもしれない。
そんな男で君は良いと?」
「はい」
輝くような笑顔で、彼女は頷く。彼女の長い銀色の髪が、地獄に垂らされた救済の糸のようだ。
「なぜ」
「人が人を、恋しがるのに理由が必要でしょうか?
わたくしは、あなたを愛したいのです」
慈しみに満ちた声で告げられた瞬間、俺は涙を流していた。
まるで心が浄化されるようだ。過ちも罪も全てを許すこの美しい心を前に、逆らえる者などいるものか。
「……俺を、夫にしてくれ。
君を心から愛する。俺の全ては君のものだと誓う。
愛している、ジゼル・レンブラント……!」
「ならば、わたくしの手を取ってください」
格子の隙間から差し出された白い手に、俺は縋るように手を差し出した。
握った手は、永遠の愛の証。
今度こそ、俺は彼女に永遠の愛を誓おう。
そんなヴィンセントは知らない。
(絶望の底にいるヴィンセントに手を差し伸べれば、ヴィンセントもアタシに感謝してアタシがなにをしても許してくれるでしょう。
さあ、アタシの愛玩人形の完成よ!)
そんなジゼルの本心を。




