第17話 偽物と本物
私が睨みつけると、白々しく「なんの事でしょう?」なんて首を傾けてる。
「貴方、ハオランでしょう?他は騙せるかもしれないけど、私は騙されないわよ」
確信は無いが、直感がそうだと言ってる。直感は信じた方がいいって、おばあちゃんが言ってた。
私の自信に満ちた目を見て諦めたのか、ハッと笑う声がした。
「へぇ~?驚きやわ。僕の変装見破れんの?」
「まぁね」
傲慢に口角を吊り上げ言うハオランに向かって、嘲笑いながら言い返してやった。
「おかしいなぁ。ツェスカちゃんは、殿下のこと興味なさげやったやろ。何だかんだ言うて、ちゃんと観とんやねぇ?」
「気持ち悪い言い回ししないでよ。私が気付いたのは、貴方が発した言葉に違和感を感じたからってだけ。見た目だけじゃ判断出来なかったし」
そう。本当に小さな違和感。
リオネルは、私の前で自分の事を『ボク』とは言わない。
王太子としてじゃなく、リオネルとして扱って欲しいなんて言ってる癖に、自分が一線引いている事に気付いているんだろうか……
「バレてもうたなら丁度ええわ。僕らがええ仲ちゅーこと教えたろ?」
耳うちしながら腰を抱かれた。
中身は違えど、見た目がリオネルなら周りはリオネルだと認識する。
私とリオネルが親しい仲だって事を周りに示し、牽制するつもりなのだろう。
「さあ、参りましょうか?」
リオネルになりすまし店内へ続く扉を開けると、促されるまま店内へと入った。当然、店内は一瞬でざわめいた。興味と奇異の視線が突き刺さる。
私は新作のケーキさえ食べれればよかったのに、何故こんなに大事になってしまったのか……
席に着いても変わらず、居心地は最悪。でも、ケーキは絶品。
舌で味わい目で堪能したいのに、この場から逃げ出したいという気持ちからか、喉を通るのが早く、ケーキがみるみる減っていく。
(折角の新作ケーキが……)
泣きそうになりながらも、口に運ぶフォークは止まらない。
「美味しいですね」
目の前では、美味しいそうにケーキを頬張るリオネルの姿。
王太子がケーキを頬張るのはどうなの?と思っても、子供のような姿を見せられては、注意よりも先に笑みがこぼれてしまった。
***
ハオランが城に戻ったのは夕刻。小さな箱を携え、リオネルの執務室を訪れた。
「……僕の姿で何処へ?」
ハオランの姿を見て、開口一番にかけた言葉。
「くくくっ、気になる?」
「当たり前です。これ以上、良からぬ噂が立つの避けたいんです」
影として動く人間は、時に主である王太子に化ける事もある。それは承知しているので、咎めるつもりはないが、自分が何をしていたのかは知る権利はある。
「そない怖い顔せんとも、仕事やって。はい、土産」
書類の上に小さな箱が置かれた。それは、街で人気のカフェのもの。
「……貴方が?珍しいですね」
これまでハオランが土産だと持ち帰ってきたものといえば、大鹿の角や白熊の肝。怪魚の鱗や、訳の分からない岩などなど。
ケーキなんてまともなもの一つもない。
(カフェに行く為にわざわざ僕の姿を?)
それにしては、手の込んだ事を……
「ま、正確には、ツェスカちゃんからやね」
『ツェスカ』その名を聞いたリオネルは、勢いよく立ち上がりハオランの胸倉を掴んだ。
「僕の姿で彼女に何をした?」
押しこもったような低い声で詰め寄るが、ハオランは薄ら笑みを浮かべたまま微動だにしない。
「別に?普通に茶飲んだだけや」
互いに目を逸らさず睨み合う。しばしの沈黙。
「……まずは、姿を変えてください。話はそれからです」
自分の顔と話をするなんて、鏡を見ながら独り言を呟いているようで気が滅入る。
胸倉を掴んでいた手を離すと、ハオランは「はいはい」と気怠そうにパチンッと指を鳴らした。
目を離したのは瞬き一つの間だけ。その1秒にも満たないその一瞬で、ハオランの変装は解かれた。
今、目の前にいるのは、闇に溶け込むような漆黒な髪に切れ長の目。全身黒づくめの特徴的な装いのハオランだ。
「久しぶりにその姿を見た気がしますね」
「ここんとこずっと化けとったからなぁ。裸晒しとるよーで小っ恥ずかしいわぁ」
話をすり替えようとしているのか、軽口をたたいてくる。残念だが、僕には通用しない。
ハオランのペースに飲まれないよう、黙ったままジッとその姿を映していた。
「分かった分かった。僕の負け」
思いの外、早く白旗が上がった。
ハオランは、ソファーに腰掛けると事の経緯を話し始めた。
「ツェスカちゃんが城を出てくんが見えたって。しゃあない思うて、後付いてたんよ」
行き着いた先はカフェで、着いた早々にトラブル。元婚約者の今カノが登場し、突っかかっているのが見えたもんだから、僕の姿で登場したと。
「ジェシとか言うあの娘、中々な性格しとるわ。あれ、貴族になっとったら手付けられんぞ?」
「なりませんし、させませんよ」
彼女の話は耳にしているが、ハオランが言うのなら相当なのだろう。
「ま、そこら辺は僕の管轄外やからご自由に。んで、その後は周りを固めた方がええ思うて、ツェスカちゃんとデェトしたってだけやね」
鼻につくような言葉で、畳み掛けてきた。
中身はハオランだが、それを知っている者はいない。当然、ツェスカは僕とデートしているように認識される。
それは喜ばしい事だが、当の本人が一度もデートした事ないのに、他の男に先を越されたというのがどうにも気に食わない。
「ふはっ、顔ヤバっ。僕、護衛やよ?」
例え護衛だろうと男に変わりない。
「余裕ない男はモテへんよ?」
「ツェスカさえいれば結構」
「こっわ。それ、ツェスカちゃんに言わん方がええよ?ドン引きされるわ」
言うもなにも、彼女は僕の本当の気持ちを知らない。言ったところで本気にはしてもらえないだろう。
「あぁ、そーや」
何か思いだように手を叩くと、ニヤニヤしながら僕の顔色を伺ってくる。
「……なんです?」
「あの子、僕の変装、秒で見破ってん」
「え?」
ハオランの変装は僕やテオドラでも気付かない時がある。それをツェスカが見破った?それも秒で?
「な?驚きやろ?僕の変装は完璧やった。せやのに、気付かれた。何故やと思う?」
「自分を過信して手を抜いたのでは?」
「ちゃいますぅ!変装は完璧でしたァ!」
焦らさずに素直に教えればいいものを……面倒な奴だと思いつつ「では何故?」と聞き返した。
「ツェスカちゃんは、僕の知らん殿下を知っとる。ちっこい違和感を感じたらしぃしな。僕の敗因は、あの子が無自覚にアンタを気にしとったちゅーことや」
ムカつく程のしたり顔で言われた。
姿を見破られて、苦し紛れの言い訳にも聞こえるが、もしも…もしも、その言葉が本当だったら……
「あ~あ、だらしのう顔しとって」
軽い微笑を見せるハオランの瞳には、赤く染まる顔を隠すように手で覆う、自分の顔が映っていた。




