第13話 かかあ天下はどこも同じ
テオドラと共に、父が謁見している広間へとやって来た。
隣国の遣いが来ている事もあり、国の重鎮達が揃っており、重々しい雰囲気が漂っている。
そんな場所にいる僕は完全に異物。
周りの目は厳しく、問答無用で全身を突き刺してくる。それは、父も同じ。
「何用だ?」
威圧感のある冷たい声。父はいつも、威圧的態度で相手を萎縮させ、自分の強さをアピールする。
それは自分の息子だろうと例外ではない。
もはや、僕の眼すら見ようとしない。僕を見ると、昔の自分の姿と重なるのだろう。愚かで無知だった自分と……
こうして威張って見せる姿も、本当は弱い自分の姿を知られるのを恐れているように見える。威厳を保っていないと不安で仕方ないのだろう。
……我が親ながら情けない。
「父上。宣戦布告に参りました」
「なに?」
膝を折ることもせず、堂々とした態度で言った。
周りの者らは、いつもとは様子の違う僕に気付き、ざわつき始めている。
「私は、隣国へは参りません」
その言葉に、隣国の遣いの者らが狼狽え始める。
「愛する者の為。ひいては己の為に私は、この国の王となります」
自信ありげに言い切るリオネルの後ろでは、テオドラが見守るように微笑んでいる。
周りの者らは、驚きのあまり開いた口が塞がらないようだった。急に静まり返り、異様な空気が漂う。
──そんな中、豪快な笑い声が響いた。
「あははははは!」
それは、父だった。
「何を言い出すかと思えば、とんだ戯言だな」
「……」
「愛する者の為に王になるだと?勝手も大概にしろ。今回の婚姻は国同士で決まった事。お前に決定権はない。これ以上私を失望させるな」
ようやく目が合ったかと思えば、非難する言葉と見下しながら冷たい眼光を向けてくる。
父からの評価なんて元々ないようなものなので、失望されようが関係ない。むしろそれでいいと思ってる。
「ふふっ」
「何がおかしい」
「いえ、決定権はないのは承知してますよ。ただ、抵抗しないとは言っていないでしょう?」
「……」
父の顔付が変った。
「例え、この国が戦火に燃えようと、私の気持ちは変わりませんよ」
そう宣言した後「もっとも、そんなこと私がさせませんけどね」と呟いたが、周りで気づいた者はいなかった。
「殿下!それは国を捨てるという事か!」
戦を示唆する発言に、周りからも野次が飛んでくる。ここぞとばかりに非難する者も多いが、どいつもこいつも一人では何も出来ないくせに……
「嫌ですね。私が王になると言っているじゃないですか。私の話、よく聞いてます?」
丁寧な口調に込められた圧を感じ取り、周りは一瞬で口ごもった。
その瞬間、バンッ!と大きな音が響く。
「お前は、何故──!」
怒りが頂点に達した父が青筋を立て、怒鳴りつけようとしてくるが「お待ちなさい」と穏やかな声が、父を制止するように言葉を遮った。
「母上…」
それは、王妃である僕の母だった。
「何故止める」
父が母を睨みつけるが、母は呆れたように小さく息を吐いた。
「頭ごなしに怒鳴っても仕方ないでしょう?あの子の話を聞いてからでも遅くありません」
宥めるような言葉をかけられ、父は不服そうにしながらも母に従う姿を見せた。
父を黙らせた母は、ゆっくりと僕に向き合った。
「リオネル。貴方は、愛する者の為と口にしてますが、相手の娘が王妃になる事を望んでいるのですか?」
「……いいえ。彼女は身分や肩書きに興味がありません。むしろ、そんな堅苦しいものは要らないと言われてしまうでしょう」
「ならば何故、王を望むのです?貴方も興味がなかったのでしょう?それを今更と言うのは、随分都合が良すぎませんか?」
母の鋭い目が光る。
「この場で廃嫡とし、自由を手に入れた方が貴方にも、その彼女にも適しているのでは?」
『廃嫡』その言葉が出た瞬間、周りが騒がしくなった。父も驚きを隠せていない。
周りの眼を気にする父とは対照的に、母は理論よりも実際的な結果を重視する人だ。例え、リスクを負うことになっても……
「そうですね……正直、私は王子という肩書は窮屈で退屈でした。何処へ行っても『王太子』として見られ、期待と成果を求められる日々。この責をずっと負っていくのかと思うと息苦して侘しくて…次第に、大きく広がった虚無を埋める為に街へと足を運んでいた」
ぽつりぽつり話す僕の言葉に、その場は静まり返り全員が黙って耳を傾けている。
「隣国への婚姻が決まり、捨てられた悲しみよりも『王太子』というしがらみから逃れられるという安堵の方が勝りました。それが例え、どんな相手であろうと……」
この婚姻を取り決めた大臣に目を向けると、肩を震わせ目を逸らされた。
「しかし、彼女……ツェスカと出会い、私の気持ちに変化が生まれた。彼女は私を人にしてくれた。私に心を持たせてくれた。そんな彼女に『男気を見せろ』と言われたら見せない訳にはいきません」
ツェスカの顔を思い浮かべるだけで、こうも強くなれる。
「彼女が安心して住める国に……そして、彼女を独りにさせない為。私は抗い続けます」
決意を表明するように言い切った。
父は呆れるように頭を抱えて項垂れているが、母はしっかり僕の目を見ていてくれる。
「……貴方の気持ちは分かりました。素敵な女性に出会ったのですね……」
柔らかくて温かな笑顔……それは幼い頃、僕が辛いときや悲しい時に見せてくれていた笑顔と同じ。
「そう言う事なら仕方ありませんね」
「!!」
「お、おい!」
母の言葉に父が慌てて声を上げる。
「なんです?」
「何ですじゃない!国同士で決まったことだと言っただろ!?今更覆すつもりか!?」
「ええ」
「な!!」
当然のように答える母に、父は目を見開いて唖然としている。
「お前は国を潰す気か!?」
「あら、貴方の治める国はこの程度で潰れる国ですか?大したことありませんのね」
……母はおっとりした見た目に反し、微笑みながら相手のメンタルを確実に粉砕してくるのだ。父もこの母には敵わず、母が口を挟んだ時点で決定権は母に移っている。
「私は最初から反対していたでしょう?自分の子を犠牲にするような真似は承諾できないと……そもそも、貴方の息子ですよ?ご自分の過去をお忘れですか?そこまで耄碌していないでしょう?お忘れでしたら、ここで一からお話してもよろしいですよ?」
一息で捲し立てるように言いきった。
「貴方は国王である前に、一人の父でもあるんです。子の成長を喜ばない親などおりません」
「……」
都合が悪くなると目を逸らし黙る父に、威厳なんてものは感じられない。
「この子はもう大丈夫ですよ。そんなの、同じ境遇だった貴方が一番よく分かっていることでしょう?」
「う、うむ……」
歯切れの悪い返事を返しはているが、額にはしっかり汗が浮かんでいる。
「リオネル。これからは自分の気持ちに正直に生きなさい」
「ッ!!では……!」
「ええ、隣国との話は白紙にさせます。安心して口説いて来なさい」
母に背中を押され、テオドラもホッとした表情を見せていた。




