疑い
王家直轄の一個分隊に半ば連行されるかのような形で登城させられた私は着の身着のまま謁見の間へと引っ張り出されることになった。
普通であれば陛下の前で無礼だと身なりを整えさせられるものだけど、それすらないのはそれだけ急ぎの案件だからに違いない。
謁見の間には国王陛下、王妃陛下、第一・第二・第三王子殿下と一人を除いて王家そろい踏みのうえ、宰相閣下にお父様とお母様まで揃っている。
本来であればいるはずの兵士の姿はまったくなく、なぜかフィッツバーン卿だけが帯剣を許されたうえで私の傍に立ってくれている……いや、この場合は立たされているんだと思う。
ものすごく嫌な予感しかしない。
「ユーリア・ヒスペリム。招集に応じ参りました。このような装いでの拝謁、何卒お許しいただきたく思います」
スカートの裾を抓みながら片足を斜め後ろへと下げて、ゆっくりとひざを折るカーテシーと呼ばれる正式なお辞儀をしつつ謝罪を口にする。準備する時間なんて一切貰えなかったのだからこれで怒られたらそれはそれでアレだけれど。
「よい。面をあげよヒスペリム辺境伯令嬢。火急の用件があるゆえ手間は省きたい」
国王陛下は玉座に腰を下ろしたまま私をじっと見つめる。
三人の王子と一人の王女がいて、一番上が20歳にも関わらず王様は御年40という若さではあるものの、その瞳は鋭く私を見定めていて並の令嬢なら息が詰まりそうなほど雰囲気が怖い。
王妃陛下は雰囲気こそ柔らかく見えるけれど、メリハリのある優しいだけの人ではないと聞き及んでいるから注意はしておかないといけない。
「嘘偽りなく答えよ。そうと判断された場合には厳刑に処されると心せよ」
「はい、陛下」
処罰の有無に関わらず、この場で嘘をつくことができるほどの胆力なんて私には無いし不安そうなお父様とお母様の寿命をこれ以上縮めたりしたくないし、そもそも私には隠すようなことなんて……ない、とは言い切れないけれどほとんどないと思ってる。
だから聞かれたことには率直に即答すればいい。
1つ、学園以前に魔術の使用歴はあるか。
2つ、アリア・グラディウス男爵令嬢とは王立学園が初対面か。
3つ、男爵令嬢を実技の相方に選んだのはなぜか。
4つ、魔術に用いた陣は正式に配布されたものだったか。
5つ、男爵令嬢が魔力を込める際に合わせて魔力を込めたか。
6つ――
「拘留中の男爵令嬢と接触を図ったのは事実か」
「事実です。陛下」
原則禁止されている為、認めれば処罰の対象になることではあるけれど嘘をつくわけにはいかないと真実を述べたうえで、せめてもの謝意を示そうと軽い会釈をする。
誰一人として驚く素振りを見せはしなかったけれど、私の両親は覚悟を決めて行く末を見守るように私に視線を送り、陛下や第一王子殿下は厳粛な場でなければ頭を抱えていたのではないかと思うような雰囲気で、重苦しいため息を零した。
「ヒスペリム辺境伯令嬢、君は魔女か?」
「へっ……」
余りにも素っ頓狂な声が漏れてしまって慌てて咳払いして謝罪する。
魔女はこの世界には存在していない……正しく言えば、私の知っているゲーム設定において魔女なんて言う単語は一切登場してこないはずなのに。
「魔女……とはいかようなものなのでしょうか。申し訳ありません陛下。浅学の私に何卒ご教授賜りたく」
「ふむ……ヴィクトールよ。許可する」
「畏まりました。陛下」
ヴィクトール……ヴィクトール・フォン・ロメリア第一王子殿下あるいは王太子殿下。すでに学園を卒業済の20歳で公務の多くに深く携わっている次期国王。ヒロインが聖女として公務に励むようになると攻略可能になる一人で品行方正で非常に誠実、けれど恋愛に全く興味がなく――というのは今はどうでもいい話だ。その彼が私の方へと向き直って口を開く。
「我々のように魔術を用いるのではなく自然的なものではなく超常的な奇跡の力である魔法を行使する伝承上の存在のことを魔女と呼称している。彼らが用いるものは祈りや呪いとも」
つまり聖女に類する奇跡の力だ。魔術では成し遂げられない傷を癒し病を治し、死者を蘇らせるような類の……けれどそれと私に何の関係があるのだろう? ましてやヒロインとの接触でそうだと判断したのはどうして……とまで考えてからはっとして「何かあったのですか」と第一王子を見る。
彼は姿勢を正したまま落ち着いた様子で答えてくれた。
「グラディウス男爵令嬢は現在魔力欠乏症により昏睡状態に陥っている」
「そっ……んなはずはっ!」
ヒロインは魔力量がトップクラスに高く回復も早いという特性があったはず。ゲームでの話だから現実世界にまで適用されているとは思っていないけれど、それを差し引いたって魔力欠乏症に陥るはずがなかった。
魔力がある分だけどんどん抜け落ちていき、強い倦怠感と虚脱感に苛まれ酷い場合は死亡し、軽くても1日のほとんど眠っていることになるその症状は本来であれば先天性の病気であり、後天的に発症することはあり得ないからだ。
少なくともゲームでの設定ではそうだし、現実世界でも魔術理論において魔力不足の類似例として習う基本中の基本の一つだったはずなのに。
「問題はその魔力を奪っているのが辺境伯令嬢……君の残存魔力であることだ」
「わ、私はそんなことしていません!」
「だが事実、検証官が男爵令嬢から君の魔力を確認している。これは紛れもない事実だヒスペリム辺境伯令嬢」
検証官の言葉は覆せない。それも、魔力という精霊契約と家門の紐づきによって99%個人特定が可能な代物であればなおのこと。私のことを嵌めようと国家レベルで動いていない限りは。
話は終えたとばかりに第一王子殿下が一礼すると、もう一度国王陛下が口を開いた。
「お主が仮に我が王国民の命を脅かすような魔女であるならば、相応の対処をせねばならない。分かるかね」
「はい……陛下」
ゲームに魔女なんて存在はこれっぽっちも出てくることはなかったけれど、そういう悪役になる存在は基本的には勇者に殺されるし、処刑されるし、討伐の対象になるものだと相場が決まっている。
お人よしの勇者様が「きっと改心できる!」などと甘えたことを抜かしてくれればその後庇って死ぬとかするくらいで。
「しかしもう一つ、令嬢には疑いがかかっているのでな。確認のために今一度検証官と共に男爵令嬢に接触して貰わねばならない。その判断を持って裁定を下そう」
そうして、陛下は続けて余計に衝撃的な一言を言い放った。
「魔女だけではなく、聖女である可能性もあるのだ」




