お茶会
「ユーリア様は剣術科も受講していらっしゃるんですよね!」
「生徒会ではベルクハルト様だけでなくシリル様もいらっしゃるんでしょう!?」
「ルイス様と懇意になされているとか――」
台風の日に開ききった窓からなだれ込んでくる風のように際限ない好奇心の濁流を一身に受けながら、愛想笑いを作る口元にすっかり冷えた紅茶で満ちたカップを運ぶ。
帰りたいという気持ちをもう一度腹の底へ沈めていく。
復帰してから早くも5日が経過した。
シズの協力もあってヒロインの実家であるグラディウス男爵家の情報は集まったものの、闇を暴くほどには至っていない。分かっているのは、
実母であるオリアナ様は病で亡くなりその半年後にエリシュカ様と再婚したこと。
連れ子としてクリスティ嬢が妹として存在していること。
クリスティは13歳で血のつながりはないと言われているが、男爵様と同じ瞳の色をしていること。
けれど家族で行動するときにヒロインを秘匿することも、ヒロインだけがみすぼらしい格好をしていることも、存在しないように扱われていることもなかったと言われている。
侍女だけでなく、令嬢ならばとお茶会にも積極的に顔を出すようにしてみたものの聞こえてくる噂話には差異がほとんどない。
なんなら令嬢としての品位を保とうとオブラートに包むようなことをしない侍女の方が妬み嫉みで煮立った内容が聞こえてくるほどだ。
「フィッツバーン卿とは生徒会および剣術科でお世話になっておりますが、懇意と言うほどではないかと。あくまでも先輩と後輩という付き合いです。他の方々と変わりありません」
「ではシリル様はどうなのでしょう?」
どう。とは?
まさか婚約関係になるのではと思っているのではないかと吐き捨てないように笑みを浮かべて「あり得ません」と否定しておく。
シリルとは生徒会会計のシリル・ミリアルダ公爵子息で1年先輩の2年生で真っ赤な髪とは対照的に性格は冷ややかで淡々としていて声をかけても軽くあしらわれてしまうらしいけれど、そこがまたいいのだと令嬢達には大人気。
聞いた話によればゲームと同じく姉と妹が一人ずついて両親も健在で家族仲は良好だけれども、はつらつな姉と天真爛漫な妹とに挟まれた一人の男は女性が苦手になってしまったのだとか。
そうでなくてもロメリアにある数少ない公爵家の一つということもあって超絶美形一家なので、そこらの黄色い声の拡声器では全く持って琴線に触れることはなさそうだ。
ヒロインに対してだって容姿ではなく聖女としての在り方に好感を抱いていく人だったし。
「今はその……相手を探しているような余裕はなくて」
「そうですわよねぇ……ユーリア嬢はだいぶお休みになられていましたから。教育課程にかなりの遅れが出ているそうではありませんか」
疲れを隠しての愛想笑いを引っぺがそうとしているかのようにやや嘲笑気味に口を挟んできたのはフィリベール侯爵家の御息女であるオクタヴィア嬢。リブール商会という王国きっての商会を営んでいる家門であり、その資産は王族に次ぐほどだとか。
それゆえ社交界では常に流行の最先端を行く高嶺の花であり象徴とまで言われていて彼女が言えば社交界からの追放さえもまかり通ることもあるらしい。
ぶっちゃけて言うと……普通に性格が悪いし身分重視なので下位貴族に対する当たりは超強い。そして血生臭い辺境貴族は汚らわしいと不快感を隠そうともしない。もはや役ではなくただの悪女でしかないレベルで。
今だって「臭うから茶会に来るな勉強でもしてろ」と言いたいのだから本当に。
「ご心配ありがとうございますリベール侯爵令嬢。幸いにも第二王子殿下より生徒会役員補佐に拝命いただけましたので、先生方のご配慮で課題提出での補習免除して頂けましたので、問題ありません」
田舎貴族如きが殿下のお目にかかれて申し訳ありませんっと。
悔しそうな吐息がかすかに聞こえた気がしたけれど、目を向けたりはしないで紅茶を一口頂く。領地では傷つくことを恐れない騎士の一人として泥に塗れることもある娘ではあるが、私とて一応は貴族令嬢の肩書を持っている。
皮肉の一つや二つ、言えないわけがないだろう。敵は作りたくないけれど、元から敵なら話は別だ。
あと実際、復帰初日を終えた後にヘックテート先生のやっぱり生物学初等を補習で行うなど無意味だ。という直談判――あの人はサボりたかっただけだろうけど――と、第二王子殿下による「補佐が疎かになるのは困る」という要請により、初等……それも始まったばかりのものであればと課題の提出程度で修了とさせてくれる運びとなったから嘘もついていない。
とはいえ第二王子殿下が「これで補習を言い訳にはできないな」と嬉しそうに言っていたことは秘密にしておこう。
「第二王子殿下といえば近年では干ばつに強い小麦の開発も目指しているとか。そのためにも様々な分野に目を向けて知見を広めようとしているようですわ」
「そうですの? お戯れがお好きな方だと言われておりましたのに」
ちらっと私を見るご令嬢もいれば、単純に頑張ろうとしているらしい第二王子殿下の噂に耳を疑う人もいるし、だから言ったでしょうと自慢げな令嬢もちらほらといる。
リベール侯爵令嬢曰く、お前は物珍しいから興味持たれているだけということか。
うん。間違ってはない。
「生徒会でも今までにない新しい催しをしてはどうかと色々計画されているので、とにかく発想力の秀でた立派な方ですよ。お戯れなどその見識の広さを妬んだ噂でしかないのでしょう」
「第二王子殿下と親しいのね。ユーリア嬢」
「サンビタリア公爵令嬢と共に、補佐として従事させて頂いておりますので」
別に親しいわけじゃない役員補佐だから。と、前面に出したうえで申し訳ないとは思いつつもプリムラ嬢の名前を盾に使わせて貰う。辺境伯が泥臭いとしても一緒に居る公爵令嬢の名前までそういった扱いには出来まい。
正直権力を笠に着ているようで好きじゃないけれど、こうでもしないと侯爵令嬢様は怯みもしない。
オクタヴィア嬢は生徒会に所属するとかかわりが深くなる令嬢だけど、婚約者でもないのに第二王子殿下とミリアルダ公爵子息とサルクル侯爵子息のルートでものすごく目障りな横槍を入れてくる悪役令嬢。なんでもヒロインの相手が自分より上でも、自分と同等でも絶対に許せないタイプだというのだから面倒だ。
ヒロインが平民ではなく男爵令嬢だから気にも留めていないようだけど、もしも平民だったら処刑されることを祝っていたに違いない。
そのヒロインの拘留ももうすでに1週間近く経とうとしている。
男爵家からは暗殺を目論んでいるという証拠も出なかっただろうになぜ今もなお拘束されているのかは第二王子殿下すら知らないらしい。
お父様は通常ならもう釈放されているはずだとも言っていたのに。
「ユーリア・ヒスペリム!」
考えに耽っていたせいか、唐突に入り込んできた怒号の様な男性の声に身体がびくりとして反応が遅れてしまう。
声の方を見てみれば王家直属の証である盾と剣そしてペガサスの紋章が刻まれた鎧に身を包んだ騎士風の集団がいて、その先頭に立ついかにもな髭の濃い傷持ちの男性騎士がもう一度声高に問う。
「ユーリア・ヒスペリム辺境伯令嬢はこちらにいるか! 」
令嬢達の目が全て私へと向けられ、彼らの視線までもが私に向く。
逃げるつもりはないから怒らないで欲しいとカップを置き、立ち上がって会釈してみる。
「ユーリア・ヒスペリムとは私の名です。騎士様。このような場に騎士の装いとは並外れた用件があるかと存じますが、何卒、ここが淑女の庭であることをご理解いただきたく思います」
面倒くさい噂になるしみんなが怯えるから静かにしろと暗に言ってみたけれど、彼はまったく気にも留めていない様子で私を睨むように見つめた。
私は犯罪者か何かか。
「我々にご同行願おう。これは王命である」
「……なるほど」
証拠は? と言う前に差し出された王家の紋章が入った書状を見て見ると、確かに召喚命令だった。
分隊規模の騎士もみな装いは間違いなく本物で、見る限り印章も本物で断ったり渋れば強制連行で投獄待ったなしというところだろう。
「承知いたしました。よろしくお願いいたします」




