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手紙


遅ればせながら、ロメリア学園には学生達が住まう学生寮が存在している。

あくまでも学園内の公共施設のため外観は集合住宅の様な角ばった造りで貴族らしさに欠けているが、

内観はシャンデリアがぶら下がっていたり、外国で織られている質のいいカーペットが敷かれていたりとか、使用人用の部屋が用意されていたりとかそこそこ頑張ってくれている。

とはいえ利用は強制ではないらしく、王都に屋敷を構えることもできない低位貴族のための寄宿舎などと言われているとかなんとか。

それもあって大抵の貴族はみんな王都の屋敷に帰宅しているけれど、辺境が主な居住区であり王都の屋敷など廃墟になり得る辺境伯家の私は低位貴族の仲間に入れさせて貰っている。

そのおかげか、寮住まいであっても低位貴族だという後ろ指をさされることも、後ろめたさを感じることも、羞恥心も感じないと感謝されたこともあったり。

そんな寮の中で割り当てられた部屋で、ベッドへと倒れ伏す。


遅れを取り戻すための補習が2時間、生徒会役員としての業務補佐が午前と午後で合わせて1時間

今日はあくまでも初日だからと簡単に説明を貰っただけだから、生徒会役員補佐の業務はこれから余計に時間が増えていく。

その分、成績や生活態度に加点されるというか大目に見て貰えるというか色々と特典はあるらしいけど……正直だるい。と、鬱屈した気持ちで枕を抱きしめる。

貴族らしく侍女が世話を焼いてくれていることもあって、制服から着替えられているのは不幸中の幸いと言わざるを得ない。


「ユーリア様、お疲れのところ申し訳ございません」


うだうだとする私を諫めるように声をかけてきたのは私の専属侍女であるシズ。

ヒスペリム辺境伯領に住む平民の子だけど私の親友であり侍女であり護衛でもあるかなり有能なパートナーだ。向こうでは一緒に狩りをすることだってあるくらいの。

専属侍女ということもあり身なりは整っていて、男爵家の生まれだと言っても騙せそうなくらいに顔が良い。

私が丹精込めて育てた栗色の長い髪はお気に入りの一つ。

領地に家族がいるから置いてきたけれど、爆発事故のせいでお母様が一緒に居て!と連れてきてしまったのだ。


「今は二人きりだから普段通りで良いのに……監視でもされてるの?」

「形式上必要なことですので」


すんっとした態度で答えると、丁寧にトレイへと乗せたうえで一通の便箋を差し出してきた。


「カルミア様からお手紙をお預かりしています。お戻りになられましたら至急目を通すようにと」

「それを早く言ってよっ」


飛び起きながら便箋を掴み、ペーパーカッターで勢い任せに封を切って手紙を開く。

お母様は損害賠償を求めるという体でヒロインの実家であるグラディウス男爵家に探りを入れてくれていて、その結果だった。


『とても綺麗なローズガーデンだったわ。庭師が丹精込めて手入れしてくれているみたい。日陰で涼みながらお茶を頂けたら凄く気持ちがよさそうだけど……少し、花の香りが強いから貴女は苦手かしら。またいつか小さなお茶会をしたいわ。女3人でゆっくりと。2人きりは花が咲かなさそうだもの。匂いに敏感な娘の為の造花には気を使わないといけないわ。 追伸:アルくんには内緒でね』


「……ねぇ、シズ。これ本当にお母様が至急って言っていたの?」

「そう言い渡されましたけど、特に急ぎではなさそうですね」


お母様からの手紙をシズにも見せて見たものの、私と答えは変わらないようだった。

普通に読めば友達と庭園にでも行って、身内だけ……お母様と私達姉妹だけの秘密のお茶会でも開きたくなったという程度にしか見えない。

けれどきっと、言葉通りの意味ではないはず。


「恐らく、リアとカルミア様が知ろうとしたことは隠蔽済みだったのでは? それもきれいさっぱり」

「んー……他には?」

「自分でも考えてくださ……ゃっ」


ほぼ丸投げした私を呆れたように一瞥しながらベッドへと腰かけたシズの腰をぐっと掴んでベッドに引き倒す。

侍女が主人の寝具に座るなんて処罰されてもおかしくない不敬だというのに、この侍女は。


「解読しませんよ?」

「このままでもできるでしょ。続けて」


ため息が聞こえたけれど、シズは大人しくお母様の手紙を繰り返し読んで考え込んでくれている。

正直私はこの手の暗号的な文章には明るくないけれど、シズはそこそこ好んでいるというか……使っている。しかもお母様への密告用に。


「何もこんな面倒なことしなくても良いと思わない? 普通に分かりやすく書いてくれれば解読なんて」

「庭師がいるからですよ」


庭師? と聞くと「庭師は使用人ですから」と彼女は続けて。


「カルミア様はリアの暗殺はともかく、男爵の闇を隠そうとしている人達がいる可能性を考えていて探っていることを知られないようにしたかったのかと。男爵単独ではなく、より大規模の企みであれば辺境伯家といえど無事では済みませんから」

「……嫌な話だわ。私が知りたかったのはアリア嬢が酷い目に遭っていないかどうかだったのに」

「それについてですけど、アリア様はどうやら実母がいないみたいですね。死別か離婚かは分かりませんが、代わりの母親が宛がわれているとか。再婚されたようです」


……実母がいない?


さらっと流れて行った最初の言葉を慌てて手繰り寄せて手紙を持つシズの体を余計に強く抱いて深呼吸する。やめてくださいと拒絶された気はしたけれど、落ち着くための呼吸を繰り返して背中に頭を押し付けた。


「アリア嬢の母親がいないはずないわ。あり得ない」

「ですから、恐らく再婚を――」

「そうじゃないのっ!」


そうじゃない。それはあり得ない。

ゲームだとヒロインは父を失ったことで実母であるアリスと共に平民として生活を行っていたというエピソードがあった。

その母も早くに病で失いはしたものの、それは治療を受けられない平民ゆえの問題であり、貴族の一員であれば問題なく完治しているはずだったというのも明かされている。

なのに実母がいないというのはどういうことか。


「リア?」

「最悪だわ……最悪よ。私、何も分かってなかったっ」


ヒロインとその母親は貴族でありながら貴族としての扱いを受けられなかった。

だから母親はゲーム通りに病死し、ヒロインを虐げるような母親が義母として男爵夫人の座に就いた。

だからヒロインは希望も何もない死人の様な目をして人形のように意思を持たなくなった。

死んでしまえれば母親に会えるとでも思っているかのように死さえも受け入れようとする。

その可能性だって十分あり得るし、そういう流れのお話は数多く存在していた。

つまり、ヒロインの幸せの始まりは男爵の死だったのだ。私達の不幸が両親の死によって始まるように。

まるで正反対だ。


「リア。何があったのか知らないけど私を絞め殺したくないならとりあえず落ち着いて」

「……ごめん」

「必要なら私が情報を集めておきますよ。侍女の口には新聞よりも(ゴシップ)が詰まっていますから」


お願い。と短く答えてため息をつく。

力を緩めたのにも関わらずシズが大人しく私に抱かれたままでいてくれているのは、落ち着かせようとしてくれているからだろう。お母様とのやり取りもそうだし、シズを連れてきてくれたお母様には感謝しかない。

もうゲームだなんて思わないと思っていたけれど、現実という自覚が全く足りていなかったのだと痛感させられる。

だって、聞いていれば分かるはずの男爵の婚姻歴でさえ知らないくらいだったのだから。


「ありがとうシズ。貴女をたくさん頼るかもしれないけど許してね」


もしかしたらこれからのイベントだってすべてが大きく変化しているかもしれない。

何も知らないという前提でちゃんと調べよう。ヒロインの周囲も、自分の周囲も、それ以外も。

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