第12話『聖女と魔女の戦い』
「ペチュ、頑張って!」
「う、うん……! 頑張るよ頑張るよ、フローちゃん……」
転入2日目、中止となっていたペチュの転入テストが行われることになった。
私はすでに普通科へ進むことが決まっているが、ペチュの応援がしたくてトレーニング室に入れてもらったのだ。
試験官は変わらずビリーマン教授である。今日も真っ赤な髪をトサカのように逆立てている。
「では、準備はいいな!? 転入テスト開始だ!」
その合図とともに、ペチュに対峙するホログラムの魔物が動き出す。
魔物は、花の精のような姿をしている。
大きな花弁の中心には人の顔のようなものがあり、太く力強い茎がそれを支えていた。
さらにその茎からは手足のように唸る無数の触手が伸びている。絡まれれば身動きが取れなくなってしまうだろう。
「火よ起これ。そして燃え盛れ。灼熱の炎となりて、敵を焼き尽くせ。
それはまるで水晶のように丸く小さく。されども、赤き揺らめきを纏いて。
地獄の業火でなくてもいい! ただ狙いたがわずに飛ぶ火球であるならば!
いざ放たれよ、ファイア――」
「……………………!!」
「ペチュ、危ない!」
ペチュの魔法の詠唱が終わるかどうかというところで、魔物の触手がペチュの眼前に迫る。
「……っ!!」
1本目は間一髪のところで身体を逸らし、かわすことができた。
だが、体勢を崩したことで、詠唱は無効化されてしまった。
しかも、すぐに2本目、3本目と無数の触手が迫る。不安定な体勢ではそれを避ける術などなかった。
触手に弾き飛ばされたペチュは結界に叩きつけられ、地に伏すことになってしまった。
そして、そこでビリーマン教授はストップをかけた。
「そこまで! ペチュニアくん、怪我はないか!?」
その声と同時にホログラムの魔物と結界は消え失せた。テストの結果は言うまでもないだろう。
彼女はうつ伏せの状態からなんとか立ち上がろうとする。
「いたた――、あれ? 痛くない……?」
「昨日も言ったが、結界内での衝撃は和らげられる。
少し当たりどころが悪いようには見えたが、問題はないようだな」
ビリーマン教授は舞台に駆け上って、ペチュの身体を手で引っ張り起こした。
「すみませんすみません……」
「うむ……、それではテストの結果だが――」
そこで私は割って入った。
「あの、ビリーマン教授! テストをもう一度やり直すことはできませんか!?
ペチュは今、火炎魔法を発動させようとしていました。
植物の魔物相手なら、それは十分に有効打になっていたでしょう。
つまりそれは、あとほんの2、3秒あれば、ペチュは魔物を倒せていただろうということで――」
「残念だが、テストは大きなトラブルがない限り、一度きりと決まっている。
それに魔法は発動しなければ意味がない。
仮に発動していたとしても敵に命中していたかは分からない。
結果を曲げる理由は何もない。ペチュニアくん、君は普通科に進みたまえ」
「はい、分かりました分かりました……」
ペチュは落ち込む表情を見せていたが、その結果には納得しているようだった。
……でも、私はペチュが魔法を発動させようとする直前、魔力の高まりを確かに感じた。
ペチュの潜在能力はひょっとしたら私以上なんじゃ……?
それからさらに3日後、私たちは最初の講義を受けることとなった。
その科目は『魔導歴史学』。その名の通り魔導に関わる歴史を学ぶ講義らしい。
そして私とペチュが教室に入り席に座ると、不意に声をかけられた。
「やあ、おはよう、ハニーたち。
目覚めはいいほうのようだね!」
「あら、おはよう。ジャンもこの講義を受けるの?」
「おはようおはよう……!
あれ、でもジャンくんは特進科に進んだはずじゃ……」
「普通科と特進科で分かれているのは、主に実習の講義さ。
こういう座学では魔導の力量はほとんど関係ないからね。
入り混じって講義を受けることになるのさ」
なるほど、だから転入テストも戦闘スキルを見るものだったのね。
でも、魔導の学校で実習って一体何をやるのかしら。
新しい魔法を覚えたり特訓したり……?
同じ魔導使いでも、それぞれ得意分野は違うと思うけれど……。
私がそんなことを考えていると、チャイムが鳴ると同時に教室の扉が開いた。
そして入ってきたのは、転入テストの試験官でもあったビリーマン教授だ。
あの人の担当科目、『魔導歴史学』だったのね。
「おはよう、諸君。早速だが、本日からここで講義を受ける転入生が3名いるようだ。
そこで今日はまず、『聖女と魔女の戦い』について、復習もかねて話すとしよう」
3名の転入生徒とは、私とペチュ、ジャンのことだ。
ジャンは私たちよりも早く寮に入ってはいたが、やはり彼も講義を受けるのは初めてのようだ。
ビリーマン教授は教壇のうしろの黒板にチョークで文字を書き始めた。
「まず最初に人類は長きにわたり、魔物と呼ばれる生物と戦い続けていた。
そして――」
やがて人類は疲弊し、魔物が支配する世界を受け入れようかという寸前まで追い詰められたらしい。
だが、人類が諦めかけたとき、ひとりの女性が天から舞い降りたのだという。
その女性はまず初めに、人類に魔導の力を授けた。
そして、それは人類が魔物に対抗できる唯一の力となった。
人類はその女性の指揮の下で魔物と戦い、形勢を逆転させていった。
いつしかその女性は、『聖女様』と呼ばれ人々から慕われるようになっていた。
その正体は、神だとか天使だとか言われているけれど、はっきりとは分かっていないらしい。
聖女様は、魔物がどこに巣を構えているのかまで見抜いていた。
故に人類は一匹残らず魔物を発見し、そして駆逐することができたのだ。
そのとき、聖女様の側近として活躍した12人の人類は、『竜の十二騎士』と呼ばれ称えられた。
こうして魔物は絶滅し、世界に平穏が持たされた――。
人類がそう思ったのは、ほんのひと時のことだった。
次に天から舞い降りたのは『魔女』だった。
魔女はなんと自らの魔導の力で、魔物たちを復活させていったのだ。
しかも、その魔物たちは倒しても倒しても、魔女によって復活させられてしまうのだ。
やがてその魔物たちは、『魔導生物』と呼ばれるようになる。
聖女様もこれには困り果てたが、やがて意を決して人類に宣言した。
「聞きなさい、人の子らよ。
私はこれより、自らの命と引き換えに、すべての魔導生物を消滅させます。
魔女は生き残りますが、彼女もしばらくは動揺し動けなくなるはずです。
竜の十二騎士たちよ、あなた方は私が魔導生物を消滅させたら、すぐに魔女を打ち倒しなさい。
あなた方ならば、それができます。そうすれば、この世界には真の平和が訪れるのです」
人類は聖女様の命が失われてしまうことに嘆き悲しみ、それを引き止めようとしたが、彼女の決心は固いようだった。
やがて彼女の身体は人類の前で光り輝き、――そして消滅した。
同時に聖女様の言う通り、この世界から魔導生物は消滅していた。
そして、すぐに竜の十二騎士たちは聖女様の指示通り、魔女を打ち倒したらしい。
そのとき、ふと頭の中に声が響いてきたのだという。
「よくやりましたね、皆様。
私はこの世界から消え去りますが、この世界に"因子"を残していきます。
これでもし、"魔女"が復活するようなことがあっても、"聖女の因子"を受け継ぐ者がその野望を阻止するでしょう。
これで本当に世界には永遠の平和が訪れたのです……」
人類の多くはその言葉を、竜の十二騎士たちから伝え聞くと、涙したという。




