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【全年齢版】ルシアナのマイペースな結婚生活  作者: ゆき真白
第二部 - 第三章

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初めての誕生日(一)

「それでは行ってまいります」

「ええ。楽しんで来て」


 見送ってくれる義両親と使用人たちに手を振り、ルシアナはレオンハルトと共に別荘へと続く地下道へと降りた。

 地下道は石造りになっており、二人両手を広げて歩いても十分な広さがある。空気が澱んでいるようなこともなく、窓がないことを除けば、普通の通路のようだった。

 壁に等間隔で並んでいる照明が、辺りを明るく照らしているのもそう思う理由かもしれない。


(こういうところも魔法石を使用した照明なのね。蝋燭ではないからとても明るいわ。それに暖かい)


 ここにも保温魔法がかかっているのだろうか、と地下道を見回していると、隣からくすりという笑い声が聞こえた。


「あ……申し訳ございません、落ち着きがなくて……」


 羞恥から淡く頬を染めながら隣を窺えば、レオンハルトは「いいや」と優しげに目尻を下げた。


「気になるのなら自由に見ていい。とは言っても、別荘までは一本道で、特に装飾品も飾ってないから見るところもないと思うが」

「まあ、そのようなこと。地下道など初めて通ったので、とても新鮮ですわ」

「そうなのか? 王族なら……いや、そうか……隠し通路や地下道を見て回るようなこと、“塔”にいる間はできないか」


 何やら一人で納得したらしいレオンハルトに、ルシアナは小首を傾げる。


「レオンハルト様は隠し通路や地下道などをよく見て回ったのですか?」


 ルシアナの問いに、レオンハルトは小さく頷く。


「テオバルドの遊び相手としてよくこの城に来ていたし、生家にもあったからな。冒険と称してあちこち歩き回るテオバルドについて回っていた」

「まあ……! ふふ、以前、雪山を冒険するお話は伺いましたが、隠し通路や地下道も冒険してらしたのですね」

「そうして言葉にされるとずいぶん子どもっぽいことをしていたものだ」


 どこか呆れたような笑みを漏らすレオンハルトに、ルシアナは「まあ!」と声を上げた。


「当時は子どもだったのですから当然ですわ。それに、そうした遊びをされていたところを想像するととても可愛らしくて……温かな気持ちになります」

「……そうか。こんな話で喜んでくれるならいくらでもしよう」


 その言葉通り、レオンハルトは別荘へと向かう間、この城で過ごした幼少期の思い出をいろいろと語ってくれた。大きな行事や印象深い出来事に関わることだけでなく、とても小さな思い出まで。


「この地下道も以前通ったことがあるが、昔は今より暗くてな。壁の上のほうは影が落ちて、それが何に見えるかテオをよく話し合っていた」

「影が何に見えるか、ですか?」


(影は影ではないのかしら?)


 今は微塵も暗さを感じられない壁の上部や天井を見上げれば、レオンハルトは、ふ、と口元を緩める。


「魔物や動物、虫など……まぁ、子どものころはだいたい魔物だな。そこにはいるはずのないものを連想して想像を膨らませるんだ。それが子どもには楽しい遊びだったような気がする。貴女はしなかったか? そういう遊び」

「遊び……」


(した……かしら? 塔にいる間も自由時間はあったけれど……)


 姉たちに誘われて本を読んだり、ヴァイオリンを弾いたり、刺繍をしたりなどはしていた。しかし、そのときは目の前のことに夢中だったため、想像を膨らませるようなことはなかった。


(そもそも昔はほとんどがベッドの上だったから……あっ!)


「落ち葉を見て何の形に見えるか、という話をしたことがあります。これは同じ遊びですよね?」


 当時は特に遊びという感覚はなく、姉たちは何故そんなことを聞くのだろう、と思ったが、今思えばあれは遊びの一種だったのだろう。今も昔も姉たちには気を遣わせてばかりだな、と自嘲に似た気持ちが湧いてきたものの、すぐにそれを払いのけ、レオンハルトを見上げる。

 これから過ごすのは、レオンハルトとの楽しい時間だ。自己反省や自己嫌悪はあとでいくらでもすればいい。

 今はとにかくこの楽しい雰囲気を壊したくなくて、キラキラとした眼差しをレオンハルトに向ける。正解だと言ってほしい、と視線で訴えれば、レオンハルトは足を止め、ルシアナの手を引いた。


「? レオンハルト様?」


 どうしたのだろう、と手を引かれるままレオンハルトに近付けば、彼は軽く唇に吸い付いてから、ルシアナを抱き上げた。


「ああ。それも同じ遊びだ。落ち葉を一生懸命に眺める貴女は、とても愛らしかっただろうな」


(落ち葉を眺めるわたくし……? ぼうっとしている幼児では……?)


 特に愛らしい部分などないのではないだろうか、と思ったが、もし幼少期のレオンハルトが同じことをしていれば同じように愛らしいと思ったはずなので、特に否定はしなかった。


(それにしても……)


「このまま行かれるのですか?」

「どうせなら二人で歩いて行こうと思ったが、我慢できなかった」


 悪いな、という言葉とともに、頬に軽やかな口付けが贈られる。


「謝られる必要はまったくありませんが……」


 レオンハルトの誕生日祝いのために別荘に行くというのに、そのレオンハルトに世話になるというのはいかがなものだろう。そう思うものの、彼がこうして自分を抱き上げることを好んでいることも知っているので、それ以上は何も言わない。

 それに、心なしか一緒に歩いていたときより歩く速度が上がっているような気がする。

 いや、きっと気のせいではないのだろう。

 この国に初めて来たとき、颯爽と歩く彼についていくために大股で一生懸命ついていっていたことを思い出す。


(とても懐かしいわ。あのころはまだお互いのことを何も知らなくて、親しくもなくて……レオンハルト様は今も昔もとても優しいけれど、あのころは少し距離があって、他人行儀だったわ。以前も思ったことだけれど、あの日々はとても貴重な時間だったわね)


 以前の関係と今の関係だったら、当然ながら今の関係のほうがいい。レオンハルトを愛し、レオンハルトに愛される幸福を知ってしまったら、もう過去に戻ることはできない。

 けれど、もう手に入らないからこそ、あのつかず離れずな距離感がとても貴重なように思えた。


(本当に懐かしい……まだもう少し先だけれど、そろそろ一年経つのね)


 こうして思い出せることが増えていくたび、彼と多くの時間を過ごしたのだと、その積み重ねを実感する。

 彼と出会ってからまだ一年も経っていないというのに、もっと長い時間一緒にいるような気持ちになる。それだけ、彼と過ごした時間が自分にとって濃密なものだったという証拠だろう。


(……レオンハルト様も同じように感じてくださっていたら嬉しいわ)


 そう感じてもらえるよう、できる努力は何でもしたい。

 目下の目標は、レオンハルトが十分に満足する誕生日を過ごすことだ。


(正直……塔以外で誰かの誕生日を祝うのはこれが初めてだから、とても不安だけれど……とにかく頑張るしかないわ。誕生日の過ごし方についていろいろな人に話を聞いたし、きっと大丈夫)


 気合いを入れるように深く息を吸い込んだところで、地下道の先が徐々に明るくなっていっていることに気が付いた。


(ついに着いたのね)


 真っ白な光が差す道の先を見つめながら、ルシアナは密かにこぶしを握り締めた。

ブックマーク・リアクション・評価ありがとうございます!

次回更新は、ムーンライト版更新後となりますので、未定とさせていただきます。

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