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全てを話し終えた私は、あまり良い気分ではなかった。
「これが私の過去。だから、この世界で私が殺されるのは当然の罰なんだよ」
パールの返事はない。私もパールの顔を見る勇気はない。
当たり前だ。自分の感情を制御出来ずに人を殺したんだ。軽蔑されて当然だよ。
「……ごめん、幻滅したよね。パールが好いてくれた人間がこんなクズでごめん」
沈黙が耐えられなかった私は、絞り出すように言った。
「そんな事言わないでください」
パールは震えた声で応えた。
「確かにセレス様の行った事は正しいことではありません。ですが、そこまでなさった気持ちも分かります。私は、セレス様が思っていらっしゃるほど出来た人間ではありません。もし私が同様の立場で同様の場面に遭遇しましたら、同じ行動を取っていたかもしれません。そして、セレス様ほど強く生きられず、今も引きずり、自分を責め続け、立ち直れていないと思います。そんな私ですので、セレス様にかける言葉が見つからないのです。申し訳ありません」
そんな優しい言葉をかけられるとは思わなかった。遠回しでも責めた言葉を言われると覚悟していたのに。
パールの方を向くと、唇を噛み締め、我慢しているように見えた。それが私に対する怒りではない事はなんとなくだけど分かる。
「ありがとう、パール。分かってくれるだけでも嬉しいよ。でもね、一つだけ。私も強くない。今だって後悔してる。もっと早く会いに行っておけば、奏音の自殺を阻止できたのではないか。違和感を感じた時点でもっと強く話を聞き出しとけば、対処できたんじゃないかって。でもさ、それをずっと考えていてもどうしようもないんだよ。だから、この世界では同じ過ちを繰り返さないようにしてる。それでも、失敗して何度も繰り返しちゃうんだけど。たぶんね、スカーレットが亡くなると振り出しに戻っちゃうのって、その後悔が影響しているんじゃないかって思ってるんだ。もう大事な人を亡くすのは嫌だから」
「でしたら今回のループも、もしかしたら同じ理由かもしれませんね」
「同じ理由?」
「はい。セレス様は、スカーレット王女様を助けられない度に入学式前日に戻るとおっしゃっていましたよね」
「うん」
「ですが、セレス様が亡くなっても戻るのは一日だけですよね」
「そうだね」
「つまり、スカーレット様関連とは思えないのです。今回のものはもしかしたら、セレス様が一日戻る事により、スカーレット王女様以外で本来亡くなるはずの大事な人を助けられるということではないのでしょうか?」
うーん、いや、普通に私が死ぬとスカーレットが破滅する可能性がある。しかし私の死を防ぐ事で助けられる可能性がある。という単純な事な気がするけど。
「私がそう思いましたのは、セレス様の今までのお話と戻るのが一日という点です」
「いや、うーん」
「たしかにスカーレット王女様関連も考えられますが、セレス様のお話を聞く限り、いつの今日もスカーレット王女様とは普段通りに思えました。もしセレス様が亡くなる事でスカーレット王女様に害が及ぶのなら、丸一日ではなく、殺される少し前だと思うのです」
それはただ単に戻れる時間が決まってるとかじゃないのかな?
「セレス様は今までのループで、入学式前日から行動を起こしたのはたしか今回のみでしたよね?」
「うん、そうだよ」
「そして一番上手くいきそうなのも今回ですよね?」
「そうだけど」
やばい、パールの答えが見えてこない!
「つまり、ループは行動を始めなければならない時点に戻っているのではないでしょうか?」
たしかに。ぶっちゃけスカーレットの事はもう放っておいても大丈夫な気はしてる。けど、前まではそうではなかった。もうこの時点でスカーレットの破滅が見えていたから。だからなんとなく今も気をつけているけど、心の中ではもう大丈夫と結果が見えてる。筋は通っている気がする。
……え、ちょっと待って、パールの言っている通りだとしたら、男装ルートが正解だったってこと? いや、違うって思いたい。けど、思えない。なぜなら、今回と似たような行動を取っていた前回は友達ルートだったから。そして、失敗したから。
「……一理あるかも」
でもそうなると、スカーレット以外で私が助ける人って誰? パール? は、たぶん違う気がする。そもそもパールなら、戻る時点は放課後になるだろうから。じゃあ誰? もういないよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんに関しては正直私が助けられる側だし。
「うーん。ねえ、パールは誰だと思う? 私が助ける人」
「分かりません。これはあくまで憶測ですので、実はまったく関係ないという事も考えられます。ですが──」
「ですが?」
「セレス様を殺す犯人が分かれば、何か得られるのではないでしょうか?」
「たしかに。ありがとうパール。たぶん、これで最後にできる」
「……本当に、最後にしてください。もう、苦しんでほしくありません。次会う私は何も知りませんが、セレス様の為でしたらたとえ理由を聞かされなくとも力になります。ですので、頼ってください」
パールの目からは強い意志が感じられる。できれば頼らず解決するのが一番だけど、頼っていいのなら喜んで頼らせてもらう。
「分かった。その時はよろしくね、パール」
「はい」
話し合いも終わり、私達は部屋に戻る。
私は夜に備えて準備をし、時間が過ぎるのを待つ。
そして、ついにやってきた。
鍵がいじられている音がする。扉のすぐ横に移動し、犯人が入ってくるのを息を潜めて待ちかまえる。
扉はあまり待たずして開いた。犯人はゆっくりと、音を出さないようにベッドの方に近づいていく。
犯人が腕を振り上げた瞬間、部屋の電気をつける。
しかし、驚きもせずそのままベッドにナイフを突き立てた。まるで、操られているかのように。
事が済んだのか、こちらを振り向いた。
「なんで、あんたなの……」
犯人……いや、クズは私を見ると、ナイフを抜き、私に向けた。
「私、そんなにあんたに嫌われるような事した? たしかに指図したりとか、あんたに敬意示さずに接したりしたけど、それが、殺したいほど憎かったの?」
クズは何も言わずに私に向かって歩き、首を狙ってナイフを振る。そして私はそれを防ぐ。次にナイフを心臓部に突き立てる。けど、その刃は通らない。こんなこともあろうかと、金属製の防具を付けていたから。
「なんでもいいから言ってよ、アッシュ・グレイ! 私が嫌いなら、目障りなら言ってくれればよかったのに! 恨みつらみ全部、包み隠さず言えよ! 私を殺したいほど恨んでるなら、罪を被る覚悟をしてまで追い詰められていたなら、言ってよ。言ってくれれば私はあんたと関わらなかった。お願いだから、なんとか言ってよ」
私の声がまるで聞こえていないかのように、クズはまたナイフを突き刺した。今度は、防具のないところを。
「絶対、阻止する、から」
死ぬ前に見たクズの目はなんとも気味が悪かった。まるで瞳が充血したかのように真っ赤になっていたのだから。




