第18話 ケントフラれる
「すまぬ、ケイト殿。俺と別れてくれ!」
久しぶりにケントはケイトになって待ち合わせの噴水前にいる。
既に待っていたバーモントはケイトの前に土下座している。
理由は分かる。
ケイトはケントだ。
昨日までアイリスホテルの再建で一緒に仕事をしてきた。
バーモントは昔、身分違いを理由に諦めたウブロ家のレイラを助け、いい関係になっている。バーモントは43歳。レイラは36歳だ。
ウブロ家も落ちぶれて家柄をどうこういうこともないし、現在の家長であるレイラの思いで決まるのだ。
バーモントがレイラに思いを寄せ、ケイトと別れると言い出すのは分かっていた。
(分かっていたが……)
あまりのも理不尽である。そもそもケントがケイトになって近づいたのは、白馬の王子様のことを聞くため。ただそれだけだ。
それなのに勝手に勘違いしたバーモントが嫁になってくれとしつこく口説いてきたのだ。
もちろん、承諾はしていない。当たり前だ。ケイトはケントが女装した架空キャラなのだ。
それなのに勝手に振られてしまった。
なんだか腑に落ちない。
噴水のある公園にはたくさんの人がいる。
この光景を面白い見世物だと思っているようで、みんな土下座するバーモントを見ている。
「それで……バーモント准尉は隊長をやめて、アイリスホテルのシェフになると……」
「そうだ、すまぬ!」
「そのレイラさんと言う方とご結婚なさるということで?」
「す、すまぬ、ケイト殿!」
「はあ~……」
バーモントがその昔、レイラに淡い思いを抱いていたことは知っている。レイラも状況を考えるとどうやらこの武骨な髭おっさんが好きらしい。
レイラの家が没落したことで、2人の結婚を阻む者はいない。それにレイラはアイリスホテルの共同経営者としてがんばってもらわねばならない。その成功にもバーモントは欠かせない。
「レイラさんという女性の方がいらっしゃるのに、わたしに声をかけたと?」
「す、すまぬ、ケイト殿!」
ケイトは意地悪な気持ちがわいてきた。
少しお灸を据えてやらないと、なんだか気が済まない。
「そのレイラさんと言う方にお会いしたいですわ。バーモント准尉がわたしとどういうデートしたかお話します」
「そ、それだけは、勘弁を~」
デートと言ってもバラの花束を大量に持参した最初の1回きりだ。しかし、思い起こせば、バーモントには黒歴史である。
「まあ、いいですわ。そのレイラさんという方と末永く暮らしてください」
「は、はい」
バーモントは笑顔で顔を上げた。
どうやら許してくれそうなので安心したらしい。
「バーモント隊長にお聞きします。昔、白馬に乗っていた少年士官をこのカリフの町で見たとおっしゃっていましたね」
「ああ、その少年の白馬がかっこよくて俺も買ったのだ」
「その時の様子を教えてくれませんか。そしてその少年が誰なのか知っていたら教えて欲しいのです」
ケイトはそうズバリと聞いた。思えば、これだけ聞ければ今のような女装姿になる必要はなかったのだ。実に遠回りをしたものだ。
「実は最近、リーグラードのケント王子にお会いしたのだ。それで確信できた。あの少年は間違いなく『ケント王子』だった。やあ、あの時もかっこよかったが大人になられた今もかっこいい」
「え、ええええええええっ~!」
バーモントの答えに思わずケイトはのけぞった。
頭の中に「嘘だろ!」という文字が無数に湧いて出る。
「ケント王子は幼年学校の生徒で、このカリフに実地訓練のために来ていたのだ。それで酔っぱらった兵士どもが頭から布を被った異民族の女の子にちょっかいをかけていたのだ。それをケント王子が助けたのだ」
「う、うそ~っ」
思わず地声が出てしまった。バーモントがそれで気付いた。
「そういえば、ケイト殿はどことなくケント王子と似ている。もしや……」
「もしや……」
(やばい、やばい)
ケントの心のの中で早鐘が鳴る。ここで女装していたことがばれたら、一生の恥である。
「ケイト殿はケント王子の妹君ですか?」
バーモントはそう言ってかしこまった。よくよく見ればケント王子と似ている。王子には妹がいたからそうなのではと思ったようだ。
「そ、そんなわけがないでしょう。王子の妹君な王女様。子爵夫人の侍女なんてしているわけがありません。他人の空似です」
慌ててケイトはそう否定した。バーモントはそれで納得したようだ。
「それではこれでお別れです。ケイト殿、俺よりもよい男を見つけてくれ。あなたなら絶対見つかるはずだ。それではさようなら」
バーモントは振り返らずに去った。
明日からアイリスホテルの厨房で獅子奮迅の働きをするだろう。
風がケイトの髪を揺らした。
「主様、ぼーっとしてどうしたズラ」
後ろから吉音が出てきた。そしてニケとオトワも。
バーモントから白馬の王子様のことを聞けるはずなので待っていたようだ。
「予想していたが振られた」
「それはおめでとうズラ」
「なんだか釈然としない」
「ゲゲ……まさか、主様、男なのに男が好きに、しかも中年の髭おっさんに……ズラ?」
ケイトは振り返って吉音に抗議する。
「んなわけねえだろう!」
別に性別に関係はない。同性同士の恋愛も自由だと思う。
しかし、吉音が言うような感情ではない。
何もしていないのに勝手に言い寄られ、勝手に振られる。
完全に振り回されたことに腹が立つのだ。
「それでバーモント様から白馬の王子様ことを聞けたのですか?」
ニケはそうケイトに聞いてきた。
ケイトことケントは思い出した。振られたことよりも衝撃的なことを。
(白馬の王子様は俺だって!?)
(知らねえよ、そんな記憶はねえよ!)
しかし、ケントは13歳の時に転生前の記憶が蘇り、それまでの記憶はかなりの部分が塗り替えられてしまった。
ニケを助けた記憶がなくしていても不思議ではない。
(マジかよ、白馬の王子は俺かよ。そして幼年学校の王子様も……俺かも?)
これはまずい。これを話したらニケはどうするだろう。
二人は婚約中だ。
ニケがオッケーしたら結婚まで秒読み態勢だ。
(それだけは……)
ケントは鬼のようなデザインの鎧を着たニケを見た。
(こいつが嫁?)
(こんなヘンテコな女が?)
(……でも、本当に愛する男ができたら鎧は脱げるらしい。中身はそれほどでもないかもしれない……いやいや)
ケントは頭に浮かんだおそろしい感情を振り払うように激しく振った。
「どうしたのですか、ケント様」
ニケがのぞく。無機質なフルフェイスの兜だ。
「うあああ~、俺はなんと恐ろしいことを!」
ケントは一瞬だが、もう嫁はこの鉄鎧女でいいと思ってしまった。
「あはは……ふふふ……」
手を取り合ってお花畑をスキップする恐ろしい姿を想像してしまった。
「それはない、それはない……」
独り言でそう否定するケント。
「主様は何を先ほどから一人芝居をしているズラ?」
「あ、ああ……。実はバーモントは白馬の少年のことはよく知らなかったそうだ」
ケントはそう嘘を言った。落胆するニケ。
吉音も振り出しに戻ったことにため息をついた。
「心配するな。まだ手掛かりはある」
ケントはそう自分に言い聞かせた。
(そうだ、まだ幼年学校の少年が俺だと確定したわけではない。それを調べれば別人ということもある)
そうは思ったがその線はかなり薄い。
なぜなら、ニケはこう言っていた。
「助けてくれた男の子はどこのクラスにも属していないようだった」
そんなことができるのは王子だけだ。王子は幼年学校には通わない。なぜなら、カリキュラムが違うのだ。必要な授業だけを受けに学校へは行くがそれは一部だけだ。
(たぶん、俺だ。俺の可能性大。このことはしばらく黙っているしかない)
ケントはそう思った。20歳までに結論は出すとニケと話し合っている。それまでまだ1年と少しあるのだ。
ここで鉄鎧の女を嫁にすることを決定したくはない。




