第5話 アイリスホテル
「ケイト殿、今日はとっておきの店に案内しよう。実は俺が前に勤めていた老舗ホテルのディナーを予約したのだ」
「はあ……」
もういつの間にか夕方の5時になっている。バーモントの話を聞いているうちに2時間も経ってしまった。
肝心の白馬の王子様についてはまだ聞けずじまいである。話はカリフの兵士時代まで来たので、そろそろ5年前の話になりそうである。
バーモントは、わざわざ元自分が勤めていたホテルのレストランへ行くと言う。よく知っているだけに味は抜群なのであろう。
(仕方がない。もう少し付き合うか……)
ケイトはバーモントの誘いに乗ることにした。
バーモントは待機させてあった兵士に馬車を持って来るように告げた。
わざわざこの日のためにレンタルした高級な2人乗りの馬車である。
バーモントと隣り合わせのカップル仕様である。
この男、用意周到である。
ケイトが座るとぴったりと密着してバーモントは座って来る。
しかも厚かましくも膝に置いた手をそっと握って来る。
(おいおい、オヤジ、ぐいぐいき過ぎやろ!)
ケイトは慌てて手を退けて胸のところで組んだ。
残念そうな表情を浮かべるバーモント。油断するとこの男、とことん迫ってきやがる。
馬車はやがてバーモントが予約していたホテルに到着した。
ホテル『アイリス』。ケントも知っているカリフの老舗ホテルだ。
(おや、前来た時と雰囲気が随分と違うな……)
前来た時と言ってもケントが士官学校時代にカリフへ研修に来た時だ。今から4,5年前になる。
その時の印象は老舗ホテルらしく高級な落ち着いた雰囲気。利用するのも貴族や金持ち商人クラスであった。
それががらりと変わり、カリフに仕事に来た一般的な商人やカリフの支店に出張にきた風の人間がたむろしている。
いわゆる高級シティホテルではなく、ビジネスホテルクラスの雰囲気である。
「おかしいな……ここはこんな感じではなかったはずだが」
バーモントも首を傾げている。
彼が兵となりこの町を再び訪れたのは5年前なので、その時と違うのであろう。ケイトの記憶は正しかったようだ。
「まあ、ここはリッチが海辺で景色も良い。朝日が最高に美しいのだ」
そうバーモントは言った。ホテルのレストランは6階建ての最上階にあり、海の突きでた半島の上にある立地だ。
彼が言うように海から出る朝日はきれいに見えるだろう。
(朝日ね……)
予約してあった窓際の席に案内されたケイトは西の海に沈みかけている夕日を見る。
海にオレンジ色の光が反射し、そこに移動する船のシルエットが幻想的である。
思わず見てしまったが、その姿がうっとりするように見えたようで、バーモントがまたしても口説いてくる。
「ケイト殿、ここで朝のコーヒーを飲むと最高なんだよ」
「はあ……」
(おいおい、モーニングコーヒーを一緒に飲もうということかよ……お泊りのお誘いかよ!)
ケイトは言葉を濁す。そこに否定的な空気を感じたのか、バーモントは言葉を飲んだようだ。テーブルにさりげなく置いた部屋の鍵を右手で触っている。
(き、気まずい!)
これは抱かれてしまう流れだ。
「前菜でございます」
いいタイミングで給仕が料理を持ってきた。ケイトはこれに便乗する。
「わあ、きれいな前菜~」
正直、驚くほどの皿ではない。転生前のケントからすれば、地方の場末の洋食屋で出て来るサラダもどきの前菜だと思えるものだ。
バーモントはケイトのコメントに少しだけ顔をほころばせたが、どうやら彼もこの前菜には同じ感想を抱いたようだ。微妙な表情で料理を見る。
そこからスープに魚料理、肉料理と運ばれてきたが、どうにもコメントに困る平凡な料理であった。
「美味しかったです、バーモント様、ごちそうさまでした」
一応、そう礼を言ったがバーモントは首を傾げるばかりだ。
「どうなさったのですか?」
そうケイトは聞いてみた。正直、不味くはないが大して美味しくもない。平凡な料理。ビジネスホテルクラスのレストランなら、これくらいだろうというレベルである。
以前、知っていた老舗ホテルの料理らしくないとケイトも思ったが、今の客層からすれば値段もそこそこだと思われる。値段なりの料理である。
「ああ、ここはもっとお洒落で美味しかったはずだが……」
「こんなものではないのですか?」
そうケイトは言ったが確かに魚料理の魚は鮮度抜群というわけでもなく、肉も3等級レベルで肉質は固い。
何よりも料理が古臭い。それでも王都に住んでいた王子時代ならともかく、追放され未開地のバステト領で料理と呼べるか怪しいものを普段食べていたケイトには十分な御馳走ではある。
「う~む……」
まだ悩んでいるバーモントにケイトは考えられることを話した。
「ここは老舗の高級ホテルだったと聞いていますが、見たところ街中の商人や旅人が利用するビジネスホテルになったしまったようです。経営者が変わったのではないのですか?」
「経営者が変わった?」
バーモントはしばし沈黙してからレストランの支配人を呼んだ。呼ばれた支配人は軍服を着た男が呼んでいると聞いて少し不安そうにやって来た。
バーモントがこのホテルで働いていたのは13年前。支配人はバーモントの知らない人物だ。それにここまで知り合いの従業員も一人もいない。
バーモントがいた時代の従業員は一人も見かけなかった。
「このホテルを経営しているのは、ウブロ家で間違いがないか?」
そんな不安そうな老齢の支配人にバーモントは聞いた。
しかしレストランの支配人の返答は違っていた。
「このホテルはアーリントングループのホテルですよ。5年前に借金のためにウブロ家が手放したと聞いています」
「な、なんだって!?」
バーモントは驚いて思わず立ち上がった。支配人もそれに驚いて1歩思わず下がる。
「ウブロ家は詐欺のあったようなものですよ。ウブロ家のご令嬢レイラ様はパープルトン家のご子息と結婚したのですが、そのパープルトン家の財政が火の車。あっという間にホテルも一族の財産も失ったそうですよ」
支配人はそう話した。バーモントは方針状態で椅子に腰を落とした。その様子は尋常ではない。
「バーモント様は昔、ホテルでシェフをなさっていたそうですが、もしや、このホテルですか?」
そうケイトは聞いてみた。バーモントは視線を上げてケイトを見て、ゆっくりと頷いた。
「ああ……ここで働いていた。だから、このホテルの良さを知っているんだ。だが、お嬢様がまさかそんなことになっていたなんて……」
がっくりと肩を落としたバーモント。どうやら、このホテルをかつて経営していたウブロ家には並々ならぬ思い入れがあるようだ。
結果的にはこのことでバーモントとのデートは終了となった。
バーモントはケイトとお泊りをするつもりであったが、元働いていた職場の経営者が変わったことを知って気落ちしてしまったようだ。
ケイトとして逃れることができて楽であったが、バーモントの様子が気になった。
いや、それより肝心な白馬の王子様のことを聞き忘れてしまった。
次のデートの約束をしてはいるが、何だか気になる出来事であった。




