第8話 幼馴染の本性
そして吉音の確信は現実のものになった。
ディップ侯爵家に向かったケントは、屋敷に通されて意気揚々とアイリーンに会った。
目の前には映えるグリーンのドレスに身を包んだ美しい姫。
「ああ、アイリーン。君はいつ見ても美しい、素敵だ。俺の恋人よ」
昨日まで濃厚接触していた間柄だ。ケントは大きく腕を広げて、親しみ感満載でアイリーンに近寄った。
「ふん……近寄るなゲス!」
近寄るケントに強烈な拒絶の言葉が放たれた。
「え?」
ケントは何を言われたのか理解できないが、アイリーンの黒いオーラに足が止まる。それでもめげずに続けた。
「アイリーン、大変なことが起きている。ケンジントン公爵の反乱だ。君の父上も加担している。君の父親を説得してくれ。そうすれば次の王は俺。王妃はアイリーン、君だよ」
ケントは上ずった早口でそう説得した。細かなことを話さなくても、ある程度のことはアイリーンも聞いているに違いないと思ったのだ。
アイリーンの表情は変わらない。今まで見たことがない冷たい目だ。
「すべてお父様から聞いているわ。あなたはへき地の2州の領主になるのですってね。ははは……ザマないわよね。それって追放じゃない!」
ケントは一瞬何が起こったのか分からず沈黙したが、慌てて言い返す。
「だから、その馬鹿げた裁定をひっくり返すのだよ」
「なに言っているのよ、このクズ男」
「は?」
ケントは今までに見たことのないアイリーンを見ている。
彼女とは10歳の時に会った。
それから8年。ずっと幼馴染で今は将来を約束する仲だったはずだ。
「2州5万石って、我がディップ家でさえ15万石の領地をもつのよ。王と言ったって、貧乏王じゃない。そんなところの王妃なんて願い下げだわ」
「だ、だから、それを覆そうと……」
もう何が何だか分からないケント。アイリーンが別人になったようにしか感じられない。
「無理ね。それに私は最初から会った時から、あなたのこと嫌いだったのよね。子供のくせにどこか大人びていて気持ち悪かったわ!」
「え……?」
アイリーンの衝撃的な告白である。ケントの全身が凍り付く。
「お父様に言われてずっと演技をしていたわ。よいのは顔だけ。あなたは自分勝手でうぬぼれ屋で女癖も悪い。しかも……あれも下手」
「あれ……も……って……」
ケントの顔が真っ赤になる。男として聞きたくない屈辱的な言葉だ。
「あなたの趣味のようだったから、ツンデレを演じていたけど、もうたくさんよ。私はあなたのことが大嫌いだったし、貧乏人の嫁になる気はないですから。まあ、イライジャも嫌いだけど、あの人はいいわ。病弱ですぐに死にそうだし、王妃になっても好き勝手させてくれそうだし。イケメンの恋人たちと人生エンジョイするわ」
「イケメンの恋人たちって……」
衝撃の言葉が続く。アイリーンはケントと付き合いつつ、他にも男たちと付き合っていたというのだ。
「あら、あなたにわたしを非難できるの? あのお姫様に女騎士に召使いに……節操ない王子様でしたわよね。このゲス王子が!」
「……」
言葉も出ないケント。(お前もゲスだ、尻軽女)と言い返したいのに言葉が出てこない。それを口にしたら本当に終わってしまうと思ったのだ。
どんな酷いことを言われても、アイリーンのことが諦めきれない。どうやらメロメロだったのはケントの方だったようだ。
だが、そんなケントの僅かな希望と自制心を打ち砕く決定的な言葉が心臓を容赦なくえぐる。
「はい、以上お終い。田舎で腐ってなさい。このカス、ボケ、ゲス。貧乏人は今後一切近寄らないで。貧乏臭がうつるわ!」
「あ……あ……アイ……」
ガクッとケントはうなだれた。もう立ち上がれないほどの精神ダメージだ。
8年も仲良くしていた彼女が、すべて演技で王妃の地位を手に入れたいだけだったとは。
そして自分に隠れて複数の男たちとよろしくやっていたとは。しかも「あれ」もへたっぴと罵倒された。
もう男として立ち直れない。
それにここまで言われても、まだアイリーンを諦められない自分がいる。ケントはアイリーンのことが本当に好きだったのだと気づかされた。
(アイリーン、アイリーン……嘘だろ、アイリーン……)
「予想どおりだったズラ」
死人のようにふらふらと馬車に戻ったケントはそう吉音に言われた。
吉音もアイリーンの豹変ぶりをケントの後ろで聞いていたはずだが、驚いた様子がない。
「吉音……お前、アイリーンの本性を知っていたのか?」
まだアイリーンへの思いを捨てきれないケントは、そう吉音に尋ねた。
「気づいてないのは主様だけズラ。あの女は主様のことなんか、ずっと見てなかったズラ」
吉音は当然のようにそう言った。
実はアイリーンがケント以外の男と付き合っていたということも知っていた。ケントも同じようなものだから、侍従としては問題にしていなかったが、アイリーンはケントなんか最初から見ていない。
彼女の目に映っていたのは、リーグラード王妃の椅子だけだ。
「これでディップ侯爵を説得する作戦は潰れたズラ」
そう吉音は本題に戻す。当初の目的はそうだったはずだ。
強かでゲスな王子が意外と幼馴染に惚れていたことは、吉音には意外だった。
ケントは吉音の言葉で少しだけ我に返った。そして思案を巡らす。
この状況を翻すさねば、自分は本当に終わりである。これまでの栄光も口説いた女たちもすべて失う。
「いや、次の手がある。マリアーノだ」
吉音の言葉に一時的な失恋の痛手を忘れ、どん底から復活する方向へ意識が向かった。
「マリアーノ……ズラ?」
「そうだ。マリアーノはロイスの王女だ。ロイスはこの王都から近い。彼女の力を借りてロイス王国に兵を出させる。1万も動員すれば、武力でケンジントン公を排除できる」
ケントは考えを巡らせる。ロイス王国は小国だが昔からの同盟国。そしてその国土はこの都からわずか1日の距離だ。
現在、都にいるリーグラードの兵力は1万人もいない。ケントが率いてきた軍は解散し、今は中核の5千人程度だろう。
あとは王宮を守備する近衛兵と衛兵隊。数にして2千もいない。ケントがロイス軍を動かすことができれば、形勢は逆転する。
「無理ズラ……あの王女も同じ穴のムジナズラ」
冷たく吉音は答えたが、思ってもみない答えであったことと、吉音の声が小さかったことからケントは聞き逃した。
吉音は心の中でこう呟いた。
(本当に主様は女を見る目がないズラ)
見る目がないということは、本日2度目の地獄を見ることにつながるはずだと吉音は思っていた。
第9話は明日の11時に公開します。




