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第2話 レイチェル3等書記官

「レイチェルさん、この案件だけど財政法の第32条適用外ってどういうことでしょうか?」


 東リーグラード王国の財務省の役所の一室。

 若手の役人が同僚の女性に助言を求めていた。

 レイチェルと呼ばれた女性は20代後半。

 肩に着く程度に切りそろえられた髪は躍動的で快活な印象を与えている。


 地味な黒系のスーツスタイルは女性官僚の無難な服装ではあるが、それをきっちり着こなしているように見えるのは、彼女が仕事に対して並々なら意欲がにじみ出ているからだ。

 実際、レイチェルは王立クロービス大学を女性ながら主席で卒業。官僚のエリートが集まるこの財務省に入省した才女だった。


(ふう……)


 レイチェルは書類をもってきた若手の官僚に聞こえないよう心の中でため息をついた。

 この若手は入省3年。今は主任である。

 レイチェルは入省して7年にもなるが、未だに平官僚であった。


 エリート官僚は3年もすれば主任。5年で係長。8年ならば課長になっているのが普通であった。

 レイチェルはその路線にまったく乗れず、昇進はいつも見送られている。仕事ができないわけではない。

 むしろ、財務省では一番できるといってよい。それなのに後から入ってきた後輩に次々と抜かれていた。


「これは3年前に大法院で出された判例があるわ。その判例を元に政令が出されている。それを確認してから指示書を作成しなさい」


 レイチェルは的確にそう指示した。若手官僚は感動して頭を下げる。主任が部下にする態度ではないが、課長すらレイチェルに意見を求めてくることもある。


 実際の課長はレイチェルだと若手官僚たちは噂していた。入省してくると先輩から後輩へ、決済する前にレイチェルさんに見てもらえば完璧だと教えられるのだ。


(むなしい……)


 レイチェルは今の立場に不満を抱いていた。

 当然だ。自分で言うのもなんだが、自分より劣る人間が次々と出世していき、自分は相変わらず平官僚のまま。地位も3等書記官のままだ。


 明らかに不当人事である。リーグラード王国は女性にも道を開いている革新的なところがあったが、実際には優秀な女性は虐げられていた。


 しかもレイチェルは平民出身であった。貴族出身で実家の後ろ盾があるのならともかく、平民の出でさらに女性ではハンデがありすぎた。


 それでも飛び抜けた能力のあるレイチェルなら、そのハンデを軽く超えられるのではと周りも思っていたが、王国の古い体質はそれを許さなかった。

 さらにレイチェルにとって屈辱的で思い出したくもないことが影響していた。


「おう、レイチェル。相変わらず、この部署で下積みしているようだな」


 部屋に入ってきたのは地味な官僚服ではなく、金銀の糸がちりばめられたジェストコートを着た男。年齢はレイチェルと同じくらいだ。くすんだ金髪が良く映えるイケメンな青年だ。但し、目はどことなく意地悪な感じだ。


「リヒャルト……」


 一目見て嫌そうな顔をしたレイチェル。もっとも見たくない男の顔だ。

 リヒャルト・ワーグナーはレイチェルと大学が同じで同期。レイチェルは主席卒業だが、このリヒャルトは次席卒業であった。


 家は伯爵家。現在の宰相であるケンジントン公の親戚筋にあたる名門の出であった。

 現在は外務省でアルトリア方面課長の地位にあった。卒業してレイチェルと共に財務省に入ったが1年で主任。すぐに外務省へ転出とエリート街道を驀進していた。


 外務省の一等副参事で重要地域担当の課長職にありながら、暇があるとこうやって別棟にある財務省のレイチェルのところへやって来る。

 嫌そうな顔で無視をして書類に目を通しているレイチェルの黒髪を指で撫でる。そして肩に手を置く。

 ほぼセクハラであるが、レイチェルは耐える。


「お前も僕の申し出を断るから、こういうことになるのだ。最初に申し出を受けていれば、今頃は財務省の課長だったのに残念なことだ」


 とんでもないことを口にした。レイチェルは唇をキュッと噛んだ。悔しさで胸が焼かれる。


 以前からリヒャルトはレイチェルに『後ろ盾になってやるから、俺の女になれ』と言い寄られてきたのだ。

 リヒャルトには親同士で決められた婚約者がおり、平民のレイチェルと結婚なんてありえないのであるから、その言葉はイコール愛人になれということである。


 当然ながらレイチェルは断った。伯爵家の口利きは出世には役立つだろうが、所詮は仕事ができるかどうか。きっと自分を正しく評価してくれる人はいると信じていた。


 だが、結果は現状が物語っている。7年経っても新人と同じ3等書記官。誰が見ても能力のない後輩がレイチェルを飛び越していく。


 男ばかりではない。貴族出身の令嬢が入ってきたことがあるが、全く仕事ができないお嬢様。

レイチェルに仕事を押し付け、自分は仕事後のパーティ遊び三昧の生活をしていたが、1年で2等書記官。

 3年で1等書記官になり、大臣付きの侍従官になって結婚して辞めたこともあった。

 

 女性と言うハンデに加えて、平民という身分。そして可愛げのない態度が災いとなっているのだろう。

 中にはレイチェルの実力を認め、推挙してくれる上司もいたが、そういう上司はすぐに異動させられてしまう。そのうち、誰もがレイチェルと関わることを避けるようになっていた。


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