第12話 大地震
「だから言ったのだ。あの頭の固い組合長がいるうちは何も変わらない」
救い出したケントにそう族長のタロはそう言った。
こうなることを知っていたようだ。救出の兵士と共に駆け付けたのも漁民の反発を予想していてのことである。
「人間、長年に渡って支配されていると自分の頭で考えられなくなる。あの漁民たちはまさにそうだ。……奴隷の心を変えるのは難しいのだ」
タロはそう悲しそうに言った。アヌビスの民は貧しさに慣れてしまい、向上心に欠けていた。その点、山岳部のバステト族よりも深刻であった。何より、豊かになろうとしても、それを快く思わず足をひっぱる勢力が力をもっているのだ。
(これは根こそぎ変える何かがないと難しい)
ケントもどこから手をつけてよいか頭を悩ます。1つの方法として、権力をもつジロウタとゲンジの老害を取り除けば変わるかもしれない。
(刺客を雇って奴らを暗殺する……)
(いや、それは安易な考えだ。民を統率するのにそういう裏道はよくない)
昔のケントなら、暗殺を進めただろう。しかし、追放されて辛酸をなめて少しは人間の心の複雑さを知ったケントは考え直した。
悪いことはいずれ判明する。領主として公正に国を治めるためには、安易に暴力に走るべきではない。
「主様、この土地は無理ズラ。バステト族の支配地だけで暮らすズラ」
吉音も石を投げられてこの土地に対して、悪感情しかないようだ。大した税収期待できないのだから、吉音の言うように見捨てるのも政治判断である。
その時だ。地面から嫌な感覚が伝わった。ケントの背筋に冷たいものが走る。
(な、何かが起こる……)
転生前の日本で幾度となく経験した予感だ。そしてそれはとてつもなく大きなものだと告げていた。
ゆらり……ゆらり……。
やがて予想した通り、足元が気持ち悪いようなやわらかい感覚があった。
(な、地震!)
地面が揺れる。
地震はケントがこの世界に生まれてからあったためしがない。だから、この世界の住人たちは知らない。
「わっ!」
「ぎゃっ!」
すぐに激しい揺れが襲い掛かる。
ケントは地面にしゃがむ。吉音もそれを見て真似した。タロやアヌビスの兵士たちは立っていられない。地面に転がる。
「わあああっ~」
「きゃああああっ~」
あちらこちらで悲鳴が上がる。そしてバキバキ、ミシミシと建物が壊れる音。
揺れは20秒ほど続いた。長い長い20秒だ。
(これはやばい……震度7以上だぞ)
地震国日本で生活していた記憶があるケント。揺れの大きさでおおよその判断ができる。
脳裏にはコンビニの防犯カメラで棚の品物が飛び散り、散乱する大型地震の映像がある。
「主様、地面が揺れたズラ。恐ろしいズラ」
ケントの真似をして地面にしゃがんでいたおかげで転倒を免れた吉音が、まだ興奮が冷めやらない口調でケントに話しかけてきた。
激しい揺れで周辺の造りの粗末な家はみんな倒壊している。
幸い、粗末なだけに屋根も重くなく、住人たちが潰されることはなさそうだ。倒壊した家から傷ついてはいるものの、急ぎ、外へ脱出している住人が目に入る。
「神の怒りだ……」
「よそ者が来たせいだ……」
地面に転がった兵士がそんなことを言う。地震を知らないのならそういう超常現象や他人のせいにするのは世の常だ。
「違う。これは地震というものだ。自然災害と同じ」
「……大昔に同様に揺れたことがあると言い伝えはある。ケント王子の言っていることは本当だ」
タロもそういってケントを援護した。こういう時にパニックになり、デマに踊らされることが一番怖いことを知っているのだ。さすがは一族を率いる族長である。
「タロ、大昔に同様ことが起きたと言ったな」
ケントはそうタロに聞き返した。タロは頷く。タロのひい爺さんが子どもの頃の話だ。
「その時、住民はあそこへ逃げたと言っている。昔からの言い伝えなのだ」
そういってタロは小高い丘を指さした。岩が積まれて石壁になっているところが散見するが、残念ながら崩れたり、土に埋もれたりしている。
整備されていない昔の城跡みたいな状況だ。恐らく、100年以上前に起きた災害を教訓にして作ったものであろう。
今は言い伝えが廃れてしまい、石壁が崩れた廃墟のようになってしまっている。
(あそこじゃ無理だな……)
ケントは丘の高さを見てそう思った。これは山まで逃げて登るしかない。ちょうど、山にはケントが連れて来た兵と食料が留め置かれている。
「タロ、すぐに住民に山に登るように呼びかけろ。今すぐにだ。そうしないと間に合わない」
「どういうことだ?」
タロはそうケントに聞く。ケントの険しい表情にタロも真剣な顔をした。大変なことが起こるかもしれないと思い始めた。
「津波だ。しかも大型の津波。あと数分……いや、30分、1時間は猶予あるかもしれない。だが、必ず来る。津波に飲み込まれれば全員死ぬぞ」
「津波?」
「津波って何ズラ?」
タロも吉音も知らないようだ。
ケントは手短に説明する。そしてタロのヒイ爺さんが子供の頃に起きたことの再現だと言った。
「あの大きな地震の後だ。あの丘ではせいぜい海抜20mほど。津波は60mを越えるかもしれない」
「60mの波だと……大変だ」
タロはケントの言葉を信じる理由はない。しかし、先ほどの激しい揺れと町の地面がところどころ割れ、多くの家屋が倒壊したのを見れば次に何が起きてもおかしくはない。
それにタロは族長だ。一族の安全を守る義務がある。そして可愛い妻と子ども3人もだ。
「分かった、すぐに呼びかける」
「兵士を集めて呼びかけるのだ。そして大声で叫んで一緒に逃げる。そうしないと人は逃げない」
率先避難者という言葉がある。人間は災害が起きても楽観的観測で逃げることを怠る。
特に地震は揺れが収まってしまえば、それで終わりだと錯覚する。大丈夫だという根拠のない思いが避難を難しくする。
そんな時に逃げている人間を見ると逃げなくてはという心理に変わる。そうするために避難する人間は「逃げろ」と叫びながら逃げると効果的なのだ。
ケントは山に待機してある兵士たちを町に入れることもタロに承諾させた。兵士には町の人々の避難誘導を行わせる。
ほとんどの町の人々も大きな地面の揺れと家の倒壊。そしてそれによる火災でパニックになっていた。そこへ逃げろと叫ぶ兵士たち。それに従い、逃げる住民を見てみんな後について行く。
こういう時は説明や説得など時間の無駄。逃げることを優先にすることである。




