第8話 ニケの勘違い
やってきた召使にお茶をもってくるように命じた。
やってきた召使はアヌビスの女。バステト族は赤いパンチパーマであったが、アヌビスは青髪。そしてやっぱり頭の2倍は膨れ上がったパンチパーマ。
仲の悪い部族同士の割には、美女の基準が同じである。呼ばれた侍女はケントを見て一瞬だけ死んだ目をした。
きっと心の中で(なんだ、このブサイクな客人は?)とでも思っているのであろう。しかし、そんな視線にはケントは慣れている。
それよりも族長の心境の変化にケントは状況を整理している。
(なるほど……この族長は変化を望んでいる。俺が来ることを歓迎とまではいかないが、プラスにしたいという思いはあったと言うこと。となると、あの反対の旗は……)
恐らく、漁業組合の連中の仕業であろう。彼らからすれば、新しい領主に利権を奪われるかもしれないからだ。
(そうなると敵対するのは漁業組合の連中のみ。うまくやればこの族長とは協調関係を築ける。そうなれば……)
ケントの頭の中は次のミッションに切り替わる。押し付けられたバステト族の変な婚約者をこの族長に押し付けるのだ。
くいくいとケントのジェストコートの裾を引っ張る奴がいる。無論、後ろで控えている吉音だ。今まで黙ってケントとタロの話を聞いていたのだ。
「主様、うまくきっかけをつかんだズラ。次はニケ様のことをどう持ち出すかズラ」
「ああ、分かっている。奴もニケに声をかけたのだ。その気はあるはず。ここでバステト族とアヌビス族の融和とか何とか言って奴に押し付ける」
ケントはそう小声で話す。ただ、吉音の表情は懐疑的だ。そもそも、ニケの一方的な好意だけだし、それも港町での一件でのひとめぼれなのだ。
タロが覚えている保証はない。そうなるとニケの想いは届かない。
やがてお茶が運ばれてきた。同時にアヌビス族の女もたくさん入ってきた。どの侍女も若いが、容姿はバステト族と大差ない。猫耳が犬耳になっただけ。美人の基準もバステト族と同じ。体は太目でぽっちゃりタイプ。違うのは頭の爆発赤毛パーマが青髪に変わっただけ。
(まるで青鬼と赤鬼じゃないか!)
ケントは心の中で叫ぶ。同じ美的感覚ならば、アヌビス族もバステト族も仲良くなれるのではと思ってしまう。それにしても……。
(顔はともかく、頭だけ見たら虎の毛皮パンツと鉄棒を持たせたい気分だ)
もちろん、アヌビス族の中にもケント好みの女もいる。すらっとしたスレンダーで胸はある。いわゆるモデル体型だ。髪もパンチパーマではなく、ストレートヘア。たぶん、そういうのは不美人と言われるのであろう。世界は広い。
「はい、王子殿下」
バインボンと言いたくなる豊満なボディのアヌビス族の女がケントにお茶を差し出した。アヌビス族もダイナマイトボディが美人の条件だ。そしてこのアヌビス女は特にナイスバディだ。
(つまり太めだ)
年の頃は30代前半くらい。族長のタロと同じ年格好である。
タロはお茶の入った器を上げて口を付ける。そして自慢げにその女を紹介する。本当に自慢げだ。
「妻のハナです」
「ハナです」
そうタロはケントに紹介する。どうやら、族長の女房らしい。
「妻ね……」
そうつぶいやいたケントだったが、ものすごく重要なことを忘れていた。
「え、えええええええっ!」
思わず叫んでしまった。
だが、族長のタロは29歳と聞く。この歳で一族を率いる長が結婚してない理由がない。
ケントの驚きを好意的に受け取ったタロ。自分の女房の美しさにケントが驚いたと好意的に取ったようだ。
「妻との間には3人子どもがいまして。上から9歳の男の子、8歳の女の子、6歳の男の子ですよ。いやあ~こんなかわいい妻と子供に囲まれて幸せですよ」
先ほどのぶっきらぼうな口調が親しい感じに変わっている。お茶を飲んで急に豹変した。確かにリラックス効果のあるお茶なのだろうが、お茶と言うより、愛する妻の姿に酔ったようだ。
そういう態度のタロにケントは好感をもった。少なくとも腹黒い人間ではなさそうだ。しかし、このことは由々しき問題だ。
ニケが恋焦がれた相手がとっくの昔に結婚していて、しかも子どもが3人。妻自慢をしてくる愛妻家なのである。
ニケが入る隙間はまったくない。これっぽっちもない。
「どうするズラ。主様の目論見は砕けたズラ。あの様子じゃ、側室を置く気もなさそうズラ」
ハナはケントにお茶を出すとタロの隣に座っている。その腰に手を回して、ちらちらと妻を見ているタロ。
結婚して10年以上経つのにこの男、妻にメロメロなようだ。これではとてもニケのことを話すことはできない。
(だが、この男……。カリフの町でニケを助けたついでに親しく声をかけたのだよな?)
いくら今の妻と出会う前とはいえ、一人の無垢な少女、いや変な鉄鎧女を恋に落とした罪はある。
「一つ聞くが……」
ケントは妻の前だがタロに確認することにした。妻の前の方なら真実が分かると思ったのだ。
「お前は子供の頃、首都クロービスの学校に通っていたか?」
「……王子も知っている通り、地方の豪族の子弟は貴族の子弟と共にそこで学ぶことになっている。俺も通っていた」
(よーし!)
ケントは心の中でガッツポーズをした。若干、年齢が合ってないような気もしたが続けて聞く。
「そして5年前にカリフの町で女の子に声をかけなかったか?」
「は?」
タロはきょとんとした。ケントが脈絡もなく変なことを聞いてきたのだ。しかも妻の前で取りようによっては誤解される。
現に後ろに控えていたハナの顔が強張った。これは話に流れによっては、修羅場になるが、ケントは突き進むことにした。
「白い馬に乗って女の子に絡む兵士たちから、助けたと聞いている」
ケントは具体的に聞いてみた。タロの奴、妻の前で知らないふりをする可能性があるから、ズバリ聞くことによって動揺を誘おうと思ったのだ。
だが、タロは何を言っているのだという感じで即座に答えた。
「誰かと勘違いしてないか。そもそも、族長の私がカリフなどいう遠くの町に行くことはない」
「はあ?」
今度はケントがきょとんとした。妻のハナも頷いているから、それは本当なおのだろう。
「そもそもアヌビスの傭兵は隊長でも徒歩だ。槍兵が馬には乗らないだろう」
そう言われればそうだ。アヌビスの傭兵は槍兵がほとんどだ。指揮官も徒歩である。それによく考えれば傭兵が白い馬に乗るはずがない。
白馬に乗る指揮官は身分が高いというのが普通だ。目立つ馬に乗るには、それなりの地位と身分がないといろいろと言われる。
以前、ニケの話を聞いたときに若干、違和感があったのはこのことであった。話の急展開でそこまで深く考えていなかった。
それにタロの年齢は29歳。ニケとは11歳も違う。幼年学校で出会ったということはありえない。以上から、タロがニケの思い人であると言う可能性は0となった。
(となると……ニケの奴……勘違いじゃないか!)
どうやら、ニケが想っていた相手はアヌビスの族長ではなかったようだ。これは宿舎に帰ってニケを問い詰めないといけない。




