第7話 アヌビスの長
「リーグラードのケント王子。この地へ何をしに来たのか?」
族長のタロはそうケントに実にぶっきらぼうに尋ねた。ここまでかなり雑に扱われていたから、ある程度は予想していたがこれは予想以上である。
「俺はこの地を治めることになった。つまり王だ。今日は我が領地を視察に来た。それを理解したのなら、これからは丁寧に扱うがいい」
ケントはそう言った。しかし、族長は鼻で笑う。
「王子、あんたがリーグラードを追放されたことは知っている」
「ほえ!?」
ケントは間抜けな声を出した。どうしてそのことをタロが知っているのか。
「ど、どうしてそんなことを言うのだ?」
「これだ」
タロは1枚の紙を突きつける。
そこには王国の分割とノースサンドリア地方の2州をケント王子が治めることが書いてある。
そしてそれにはリーグラード宰相のサインがある。リーグラード王家の紋章も描かれている公式文書だ。
「この文書と都からの情報を合わせると、あんたは追放されたのじゃないか?」
(ヤバい……。こいつ、頭がいい)
文書に書いてある状況から、少し頭を働かせばケントが追放された結論に至ることは難しいことではない。
ケントは焦ったが、顔を引き締めてここは乗りきろうと決めた。そうしないと、ここから生きて帰ることもできないかもしれない。
「追放だと……ふふふ。確かに現時点では悪の宰相にはめられたことは否定しない……しかし……」
「しかし?」
タロはケント王子の言葉を聞き入る。タロはケントのことを最初から胡散臭い奴だと思っていたが、急に自信をもった言い方に戸惑っているようである。
入り口で歓迎されていないことは承知で、ここまで単身で乗り込んで来たという点では、タロはケントのことを少しだけ買ってはいた。
「ここから俺は反撃する。この2州を豊かな土地にし、その力をもって再びリーグラードを統一するのだ」
「……」
タロは沈黙する。反応がないのでケントはさらに畳みかける。
「そうすればアヌビスの民もバステトの民も表舞台に立てる。統一したリーグラード王国の立役者として国政の中心になる。民も豊かな暮らしは保障される」
「……かなわぬ夢だ。王子は現実を見た方がいい」
タロはケントの威勢のよい話に乗ろうとはしない。タロはこのアヌビス族が住んでいる土地のことをよく知っている。
漁業が主な産業の寒村地帯だ。土地は塩害の影響で作物はあまり育たず、漁業も設備が貧弱で振るわない。明日の食料にも事欠く、貧しい土地なのだ。
「俺はちゃんと現実を見て可能性を話している……」
ケントはそう言ったが、実のところ強がりであることを自覚していた。ここへ来る途中、峠からアヌビス族の土地をつぶさに観察した。
遠浅の海岸が続く狭い土地。海底が浅いために船は小型にするしかなく、それがネックで魚を大量に取れない。浅い場所ではよい漁場がないのだ。沖に出るには大きな船が必要となる。
海岸沿いには無秩序に掘っ立て小屋が建てられ、貧しい人々がその日暮らしをしている。それが全ての海岸線で続く。生活排水が無秩序に垂れ流され、海がひどく汚れている。
場所によってはきれいな砂浜をプライベートビーチにして、観光業でも起こせる可能性もあるのに、住民の人口密度が高く、それもかなわない。
(狭い土地だけにここは計画的に開発しないとダメだ)
土地が利益を生み出すポテンシャルはかなりあるとケントは考えていた。ここは海の恵みを100%生かせる町を作ることが、利益を生み出すために必須条件なのだ。
「町を作り直そう。ここは細々と漁業するだけでは未来はない」
「……王子、あんたは何も知らない。よそ者が勝手なことを言わない方がいい」
タロはそう言った。取り付く暇もない言い方だ。だが、わずかに反応が遅れたことでとケントの提案に少しだけ心が動かされたような感じを受けた。
「よそ者でもここを治める領主だ。ここを豊かな土地にするのが俺の役目だ」
ケントは食い下がる。わずかな可能性を信じてだ。そしてその熱意は伝わる。タロはため息を一つして、どうしてうまくいかないのか、説明をする。
「王子、ここの海岸線は昔から漁業組合の利権で抑えられている。海岸沿いの貧民は漁業組合の許可を得て漁をしているのだ」
タロはケントに分かるようにアヌビス族の深い闇を話し始めた。
漁業組合は世襲の団体で5人の評議員からなる。海岸沿いのあらゆる場所からの漁業権とすべての船の登録権をもっている。
自分で船を購入しても登録料を払わないと海に出すことができない。さらに船の所有税として得られた収入の20%を税として徴収される。
だから多くの漁民は組合から船を借りる。この借り賃も高い。
また、漁業で得られた収入の50%は漁業組合に払うのだ。船や網等の道具のレンタル料を合わせると実に1日で得た収入の70%を取られる。
このため、漁業でしか収入を得られないアヌビスの民は1日食べていくのが精いっぱいであった。
(なるほど……それで男たちが傭兵で出稼ぎをしないといけないわけだ)
貧しい土地に一部の人間の利権が複雑に絡み、誰も得しない仕組みになっているのだ。その5人の評議員もけっして裕福な暮らしをしているわけではない。
働かずに食っていけるものの、税として入ってくるものがわずかであるから、徴収する側ですら余裕がないのだ。
「お前はこの部族の族長だろう。そんな仕組みはやめてしまえばいい」
「そんな簡単ではない。もう百年以上続いているのだ。漁業組合が反対すれば、この土地は一気に干上がってしまう」
タロは族長だが代々の族長は内陸部出身者だ。海岸沿いの漁業権については不可侵というのが習いであった。
武力でこれを改めようとすれば、漁業組合側も傭兵を雇って対抗するだろう。そうすればアヌビス族が2つに分かれて血みどろの争いになる。
元々、貧しい土地である。そんなことになれば全員が飢え死にするだろう。だから、タロも現状維持策しか取れなかったのだ。
「なるほど。しかし、やれば豊かになるのにやらないのはバカがすることだ。ここは荒療治が必要ではないか?」
ケントは荒療治と言ったが、具体的な策は考えていない。強力な軍があれば武力で抑え込むという方法もあるが、残念ながらケントにはそんな武力はない。
バステト族の軍を借りてもアヌビス族との確執を拡大するだけだろう。つまり、武力で抑え込む選択はできない。
「王子は荒療治と言うが、その方法は?」
(やはりそう来たか……)
ケントは顔色を変えない。策はないがとりあえず、やれることはある。
「どうだろう。ここの領主としてこの俺が来たのだ。その漁業組合の評議員の連中に俺から話そう。奴らを説得すれば問題は解決だ」
「……」
タロは考えた。タロも頭の悪い族長ではない。子どもの頃にはリーグラードの首都の幼年学校に通い、その後、上級学校に留学していたこともあるのだ。経営学を学び、地方の蛮族の族長としては珍しくインテリ派であった。
先祖代々、アヌビス族の抱える根深い問題である。できれば、自分の代で風穴を開けて改革したいという思いがあった。
「……わかった。王子が来たことで何か変わるかもしれない」
あまり期待していない風だがタロはポンポンと手を叩いた。




