第7話 ニケの事情1
「へ!?」
もう間抜けな声しか出ない。
ニケはニケで勇気を振り絞った一言でそのまま下を向いて何も話さない。
素顔は見えないが、もし美少女だったら顔を真っ赤にしてもじもじしているに違いない。それはそれで萌えるが、目に映るのは不気味な鉄鎧娘である。
萌えどころではない。不気味である。
「私が答えましょう」
後ろにいた侍女が答える。この侍女は赤い髪が爆発した髪形ではない。
肩までのストレートショートボブ。そして貧乳貧尻。
典型的バステト族の美人侍女とは正反対の女だ。年齢は20代前半。ケントが見れば、これなら口説けるレベル、十分に美人だ。しかも猫耳。顔も毛深くなく、人間に近い。
但しこれだと、バステト族では美人ではないとなるのであろう。
(これで美人じゃないとかありえねえ。非常に残念だ)
「ニケ様には思う殿方がおります。よって、ブサイクな異民族の王子とは結婚したくないのです」
侍女は冷たくそう補足した。まるで機械がものを言っているような抑揚のない声だ。しかも内容はかなり無礼だ。
(おいおい、メイドの分際で俺をブサイクと言っちゃったよ。本来なら不敬罪で処罰だぜ!)
ケントは不愉快だったが、変に気を遣ってくれないだけ状況がよく分かった。
「誰だ、その好きな人って?」
一応、聞いてみた。どうでもいいけど聞いてみた。ある意味、この展開は完全に積んでいた状況を変えるかもしれない。
「……い、いえません」
そうニケが答える。何度も言おう。これも顔を真っ赤にした美少女だったら絵になるが、赤いどころかシルバー色の無機質な鎧姿だ。
「アヌビス族のタロ様です」
姫の恥じらいを台無しにする侍女の言葉。
「な、な、な、なんで話しちゃうのよ、オトワ」
ニケは後ろにいる侍女のオトワに抗議する。
オトワと呼ばれた侍女は主人の抗議を気にかけていない。
「ニケ様。はっきり言わないとこのブサイク王子は納得しません」
「おい、もうブサイク言うな。お互い様だろが」
一応、ケントもそう抗議する。オトワという名前の侍女は正直、ケントの守備範囲に入る美女である。
猫耳美女だ。
しかし、この美的感覚が大きく異なるバステト族では美人にはならない。
「分かりました。確かに私も美人ではありません。よく知っております。それではケント王子。私からニケ様の代わりにはっきり申し上げます。ニケ様には好いている男性がいます。アヌビス族の族長、タロ様です。ですから、姫は王子との結婚を断りたいのです」
(おおおおおおおおおっ~!)
ケントはこの展開に心が躍った。思わず心の中でガッツポーズを取る。
別に結婚相手に好きな人がいても何も問題ない。
この結婚自体、ケントはしたくないのだ。
ニケが拒否して結婚がなくなれば、ケントとしてはラッキーである。
(こんな鉄鎧の頭の変な女は絶対嫌だ。それにバステト族の女は好みじゃない)
ケントが見れば美人だと思われる後ろの猫耳侍女が嫁ならまだアリだが、バステト族の美女と呼ばれる女は絶対に無理だ。
ましてやバステト族始まって以来のブス娘で鉄の鎧で姿も見せない頭のおかしな女は無理だ。
「それはよかった。俺もこの結婚は承服できない。互いが嫌ならこの結婚はなしということで……」
この展開は願ってもないとケントは喜んだ。結婚相手の娘が反対するなら、いくら族長の父親でも無理強いはしないだろう。
それにそのアヌビス族のタロとはいう男の方が、ブサイクと陰口を叩かれる自分より婿にふさわしいはずだ。
「主様、そう言うわけにはいかないズラ」
話を聞いていた吉音が口をはさんだ。吉音の言葉にニケの侍女も頷く。そんな簡単な話なら、わざわざニケが父親の目を盗んでケントに会いに来るはずがない。
「どういうことだ、吉音」
ケントはよく分からないのでそう吉音に聞いた。
「主様はこの地方の領地を治めるのに知らないとは馬鹿ズラ」
「ば、馬鹿とはなんだ」
「バカです」
「バカだと思います」
オトワと言う名前の侍女とニケもそう答える。先ほどから恥ずかしがって、若干コミュ障気味だったニケに冷静に言われると、なんだか落ち込む。
「主様、アヌビス族はバステト族と反目しあっている種族ズラ。その族長とお姫様が恋に落ちるのは危険ズラ」
「おおお……確かに。まるでロミオとジュリエットみたいだな」
ケントはそう思わず言ったが、なんだそりゃという3人の沈黙が痛い。
ケントには日本人だった転生前の記憶がある。ロミオとジュリエットについては知っているが、吉音やニケには分からないことだ。
「主様の例えは分からないズラが、どうして鉄鎧のお嬢様が敵対する部族の族長と恋に落ちるズラ?」
吉音の疑問はもっともだ。こんな陰キャラで鉄鎧姿の女と恋に落ちる男がいることが不思議だとケントも思った。
「正確に言うとニケ様の片思いです」
そう侍女は答えた。
片思いなら納得できる。
侍女は淡々と説明し始めた。ニケからいつも聞かされているので、説明はお手の物だ。
「時を遡ること今から10年前……」
「そんな昔のことかよ!」
ケントの突っ込みにオトワは全く動じない。淡々と説明を続ける。
「ニケ様はバステト族の姫君として、首都クロービスの幼年学校へ留学されていました」
これは珍しいことではない。リーグラードの貴族、豪族の子女は大体、クロービスにある幼年学校で学ぶことが多い。リーグラード内の少数民族の支配階級の子女も同じである。
「そこで同じ学校で学んでいた男の子に恋をされたのです」
第9話「ニケの事情2」は本日20時頃更新予定




