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第5話 バステト族の美意識

「さすが王国で30年以上も宰相をやっていた人間ズラ」


 吉音はそうケンジントン公爵のことを褒めた。何しろ、次期国王最有力候補だったケントを僻地の貧乏領主に追いやり、味方する貴族を皆無にし、そして今回のバステト族との婚姻。

 これは完全なとどめである。これでケントがリーグラード王国の国王になる可能性は完全にゼロになった。


「結婚によるアズガルド教からの改宗はまずいズラ。リーグラード国王はアズガルド教の守護者でもあるズラ。その守護者が異教徒では話にならないズラ」


 頭を抱えているケント。族長ハンジロウの館から領主の居城とされるところへ移ったのだが、そこは山の上に作られたほぼ山小屋のようなもの。

 城と言うには恥ずかしいくらいの代物だ。ここはリーグラード王家の直轄地。

 ここに泊まるのは王家直轄領の代官とその部下の役人。視察に要するのは1泊だけだったから、最低限の広さと設備しかない。

 しかし、今のケントにはこの山小屋以外に寝る場所がない。

 途中で仲間に加わった100人の兵士は泊る所がないので、近くの山の中にテントを設営している。


「それに主様がもらった領地はバステト族だけじゃないズラ。北の漁港にはバステト族とは別のアヌビス族がいるズラ」


 アヌビス族もバステト族と同じく獣人族だ。バステト族がいわゆる猫人間なら、アヌビスは犬人間と言ってよいだろう。

 容貌がなんとなく犬に似ているのだ。バステト族が山の民とするなら、このアヌビス族は海の民。漁業で細々と生計を立てている。

 そして長年、このバステト族とアヌビス族は仲が悪い。ちょっとしたことで争いが絶えないのだ。

 ケントがこの両者の住む土地の領主として来たこと自体が異例。異民族の人間では非常に治めにくいのであるが、一方のバステト族の姫と結婚ということになると、アヌビス族が黙ってはいない。

 ますます治めにくくなるに違いない。ここにもケンジントン公爵の2重、3重の罠が張り巡らされている。


「ああ~終わった、俺は終わりだ、どん底だ……」


 ケントは山小屋のベッドで毛布を被っている。もう精神的に耐えられない。


「主様、そう悲観することはないズラ」


 そう吉音が励ました。藁をもすがりたいケントは顔を埋めた毛布から少しだけ顔を上げた。


「吉音、それはどういうことだ?」

「バステト族のお姫様と結婚出来るズラ。結婚してくれる女性がいるだけで幸せズラ」

「があああああっ~」


 裏切られたとケントは再び毛布に顔を突っ込む。


「バステト族の女を見たか!?」


 ケントは叫ぶ。日本の転生者でファンタジー耐性もあるケントだ。猫耳女子は嫌いではない。むしろ、萌えという点ではアリだ。

 しかし、それは猫耳美少女だった場合だ。ケントはバステト族の屋敷で見かけた女性を見て絶望した。


「全然、可愛くない!」


 まず体格がでかい。バステト族は美人の要件として、爆乳で爆尻が必須だ。

 屋敷にいたメイドは美人揃いと自慢されたが、いくら爆乳爆尻でも全然好みじゃない。それは単なる太っていると同義なのだ。

 世の中には太った女性が大好きという男もいる。

 否定はしない。

 しかしケントはごめんなさいだ。好みの範囲は広いケントでも範囲外だ。

 おまけに噂通り、屋敷にいた美人と称する女性の頭の毛は、赤い髪で爆発したようなパンチパーマである。もう笑うしかない。


(それだけじゃない。猫耳が付いていればいいと言うものではないだろう!)


 目と鼻が猫。口は人間だが犬歯が猫。手足が猫毛で毛深い。


「しかも、しかもだ……」


 族長ハンジロウの娘というのが、バステト族始まって以来のブサイクという話だ。あまりにブサイクなので今年18歳だが未だ縁談がないというのだ。

 もちろん、18歳で行き遅れというのは酷だが、バステト族は15歳で嫁に行くのが普通だと言う。


「美人という女でさえ、問題外なのにバステト族始まって以来のブサイクって、どんな罰ゲームだ。俺は何をしたと言うのだ!」


 ケントは叫ぶ。もうこの地を捨てて外国へ亡命しようかと考えた。しかし、周辺国はケントが戦争でやっつけた国が多い。

 今更、亡命しても受け入れてくれる国がないだろう。下手をしたら処刑される。母親の出身のエルグランド王国は同盟国だが、それだけにケンジントン公の手が回っているはずだ。


「主様、主様は本当にダメずら。自分のことしか考えていないゲス王子ズラ」


 吉音はこのヘタレになってしまった王子に説教をする。


「いいズラか。主様はバステト族の姫をブサイクだ、嫌だと言うズラが、そのお姫様だって王子は嫌ズラ。王子はリーグラードではイケメン王子と言われているズラが、ここでは異民族のブサイク王子ズラ」


 これは吉音のいうことが正しい。バステト族の美的感覚はめちゃくちゃずれている。

 なにしろ、都では貴族の姫君からも町娘からもキャーキャー言われていたもてもて王子だったのに、このバステト族の村々では正反対の対応なのだ。


「あれが都の王子だって……ブサイク~」

「あんな変な顔でよく堂々と歩けるな」

「しっ……。人間族はああいうブサイク顔だよ。鼻があんなにとんがっているって、鳥じゃあるまいし」

「顔も毛も髭も生えていない」

「あんなのと結婚させられるニケ様が可哀そう。いくらバステト族始まって以来のブサイクお姫様でも」


 小声でそんなことをひそひそと話しているのが聞こえてきた。

 民族が違うと価値観がこうも違う。これを治めることができるのか、ケントは不安であった。


「いいですか、王子。もう王子はそのバステト族始まって以来のブサイク女を嫁にすることが決定しているズラ、だけど、お姫様の立場からすれば同じく超ブサイク男と結婚させられるズラ。可哀そうだと思うズラ」

「……」


 ケントは今まで女性側の立場になって考えたことは一度もない。

 そう考えれば、確かにそうかもしれない。父親の命令とはいえ、見もしない男と結婚だなんてかわいそうだ。


「そうか、そう考えれば2人とも可哀そうだ。だから、この話は白紙に……」

「もし、王子が拒否すれば飢え死に確定ズラ。今はあのハンジロウから援助してもらわないと明日の食べ物にも困るズラ。今は主様を婿殿と呼んで助けてくれるズラが、拒否すれば打ち切りズラ」

「領主なのに無一文って、俺はどこまで落ちたのだ~」

「支援打ち切りだけじゃないズラ。嫁に出せると思ったのが拒否されたら、きっと恨むズラ。主様は殺されると思うズラ」

「だああああっ~。俺はここの領主だぞ」

「領主でもここではアウェーズラ。王子の兵はあの傭兵の100人だけ。バステト族は3000人もいるズラ」

「ああああ~」

 

 万事休すである。それに問題は結婚だけではない。

 この貧乏領地を経営していかないといけないのだ。拠点はこの山小屋のような城1つ。100人の兵士の食い扶持も稼がないといけない。


「俺はダメだ。何もやる気が起きない……。だから、寝る!」


 ケントは何もやる気が起きない。よって、ベッドに潜って動かない。

 学校に行きたくないと駄々をこねて、ベッドから出てこない不登校児と同じ心境である。


第6話「ヘンテコな許嫁」は20時頃更新です。

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