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第八十八話「心の太陽沈む」

昼のすれ違う会話が終わり、いよいよ結果発表だ。

待ちに待った発表は高等部の大広間にてそれが記載される事になる。

自由に休憩する以外集まる事はない場所でいつもは空いているあの場所だが。

今回の様に異例の全学年ともなれば。

満員の様にはならなくとも、人だかりはすさまじい事だろう。

人によっては興味がない、または後日個人に配られる結果表でもいいという人も多く。

結果的に全校生徒の半分か四分の一程度が集まるぐらいだろう。

またはよっぽどの自信家が来るぐらいである。


俺は毎年山田と行って山田の祝いをしてやるのが恒例なのだが・・。


「ん・・教室に山田の姿無し・・すれ違ったかな?」


「おかしいですね・・私も辺りを見渡しましたけど・・どこにも山田先輩の姿がありません・・」


「変だな・・いつもなら・・こう俺を叫んで突撃してくるか・・はたまた隠れて脅かしてくる気配・・もとい・・オーラがあるんだけど・・今日にかぎってなんでこんな微塵も感じないんだ・・」


「なんだか・・不吉ですね」


愛川とわざわざ出迎えてやった教室に山田の姿はない。

多くの生徒がもう移動しているとはいえ、すれ違う事がないのは流石におかしい。

あの山田が俺の事に気づかないはずもないし、山田に気づかない俺もおかしい。

なんだか不穏な空気だ、こんなにも心臓に悪いのは初めてだ。

いつもはいる存在が急に消える。

それがこんなにも心を不安にするなんて・・思ってもいなかった。


「あ、柳原さんに愛川さん!」


「藤宮?どうしてここに?」


山田ではないが、山田の事を知ってそうな人物が来た。

藤宮だ、アイツも山田を探しにここに来たのだろうか。


「柳原さん、山田先輩を見かけませんでしたか?」


「えっ・・まさかお前も見てないの?」


「ええ・・まったく見ておりませんの・・まさか愛川さんも柳原さんも?」


「見てません・・藤宮先輩と同じく・・ここにならいると思ってみても・・気づけば抜け殻となった教室・・もう誰も残ってません」


「これは困りましたわね・・もう廊下も私達以外はみんな行ってしまったようですし・・」


「・・不吉・・なんだか私怖いです・・なにか・・これから嫌な事でも起こりそうなくらい・・」


おいおい・・勘弁してくれよ。

この空気、本当に不安になってしまう。

山田は俺やみんなの太陽の様な存在なんだぞ。

それがここにいないって事は、みんなの空が晴れないのも当然。

実際、なんだか空模様がおかしい・・今日晴れてたよな・・なんで一段と曇ってんだよ。

なんで、今日に限って・・今に限って・・。


いや、気のせいだろう。

きっとそうだ、俺の思いすぎだろう。

今は山田を見つける事に集中しなくては。


「きっと・・山田は先に見に行ってるんだよ!今日はみんなを驚かせたくてわざわざ先に待ってるんだよ・・きっと!そうじゃなきゃ、こんなドッキリじみた行為できないって!」


「そ、そうですよね!山田先輩ならきっとそうしますよね!」


「エエ!私もついさっきそう思った所なんです!そうと決まれば急いで向かわないと

いけませんね!」


「そうだ!山田奴が今頃寂しがってる頃だろうよ!さっさと行こうぜ!」


『はい!』


俺がしっかりとしていなきゃ。

この不安になる鼓動をおさえて山田を信じて向かわなきゃ。

今は、何も考えるな。

俺の信じる山田を信じろ。

大丈夫だ、きっと大広間に行けば山田に会える。

いつもの山田に会えるはずだ。

あの馬鹿みたいにうるさくて、テンションが無駄に高くて。

いつもみんなの心と不安を照らしてくれる太陽。

そんな山田がいるはずなんだ。


そう、思って大広間に来てみたはいいが。

思った以上に静まり、小さなざわめきが聞こえる。

なんだこのさらに心を不安にさせる空気。

穏やかじゃないみんなの表情、一体何故こんなにもこんなはざわついている?

何故、こんなに・・俺の心臓がバクバクとしている?

怯えている暇はない・・今はとにかく山田を探そう。

成績表の前まで行けば流石にいるはずだろう。


だが・・そう思って来て見ても、結果は変わらなかった。


「どうして・・どこにも山田の姿がない・・」


「山田先輩・・どうして・・」


「来ないのも無理はないわね・・こんな無様な醜態一体誰が予想したかしら?」


「・・その声は」


「ご無沙汰ね、柳原様とその他大勢」


俺が心が不安定な時によく心に響くほどもっと不穏になる声。

【海王咲 千蝶】だ。

輝く水色で地毛のセミショートヘアー。

身長こそ小さいが誘惑の色っぽい小柄の小悪魔フェイス。

赤い瞳、にやりと笑う表情。

紺のカーディガンとチェック柄の赤いスカートが良く似合う少女。

まさにいつものアイツだ。


「久しいな・・海王咲・・お前はいるとは思ったよ」


「当然ですわよ、私がいなくては・・この場はきっとつとまらないでしょうから」


「今日は取り巻きは一緒じゃないのか?」


「あいにく・・分かり切った事に一々見る必要はないと・・残念ながら帰ってしまいましたわ」


「あっそ・・ずいぶん自由人が多いんだな」


「自由があって当然・・みんな私の友達ですもの・・」


「(なんだろう・・初めて会ったのにとても仲良くなれない感じ)」


「(海王咲さん・・いつもの倍悪魔のオーラが出ていますわッ?!)」


今日に限って調子がいい海王咲も珍しい。

やはり今日は普通じゃない、特にこんな海王咲の微笑みがより際立たせる。

山田がいなくてコイツがいるってのは難癖に等しいが。

俺にとって、山田がいなくてこいつが微笑んでいるのは。

もはや、それだけで心が不安だらけなんだよ。


「ああ・・ついでで悪いが・・お前は山田がどこにいるか知ってるか?」


「・・さあ、私も流石にどこにいるかなんて・・わかりませんわよ」


「はは・・だよな・・じゃあ一つ質問いいか」


「どうぞ?」


「無様な醜態ってのはどういう事だ?」


「ああ・・それですか・・」


さっきからずっと気になっていた事だ。

何故山田がいない理由。

コイツがさっき言った事に繋がっているんじゃないか?

だとしたら、俺はそれを知る必要がある。

知る事さえできればきっとどこにいるか分かるッ!

この不安もきっともう収まるッ!


「それはですね・・」


「おいウミオウザキッ!!」


「ッ!?」


俺の不安は、海王咲の言葉さえ聞けば全てが収まると思っていた。

やっと山田の場所が分かる。

やっとこの心臓の悪い時間が終わる。

そう思っていた。


だが、さらに不安は加速を始める。

聞こえもしない、流れもしない心を不穏にさせる不協和音が沢山聞こえる。

幻聴が耳に流れて来る。

脳裏が焼けていく、どんどん処理が追い付かなくなるほど。

全てが溶けていく、目が震える、体が震える。

どうしてか、何故だろう。


ある人物を見なかったら・・それはありえないはずだった。

そう、俺の目の前に現れたのは堕舞黒 半田である。


本来ならコイツがいるはずもない、コイツが笑顔でいる事がありえない。

毎年毎年来る日も来る日もずっと最下位で暴動を起こす奴がここに笑顔で来る事は。

絶対にありえない、こんな心を不安にさせるにやけ面いままであっただろうか。

あるはずがない、ぜったいにだ。


ありえない、はずだった。


「ど・・どうして・・お前がここに?」


「あん?決まってんだろお前よ・・今日をもって僕はやっぱり偉い事が証明されたんだよッ!」


「証明・・?証明だと?」


「(誰だ・・この腹立たしいおデブ様は・・愛川ムカつきます)」


「(誰かしら・・この人・・藤宮の記憶にはない様な・・アレでも見覚えある)」


この瞬間、俺はどんどん体が重くなり。

次第に目の前が直射できなくなるほど気持ち悪い症状に襲われる。


とどめの一言で、俺はもう何もかもが信じたくなくなる。


「僕はなぁ!今日という日をもって・・生徒会長になれたんだよッ!」


「・・・はっ?」


「えっ?」


「ッ!?」


最初は冗談だろうと思っていた。

だが、今日はそんな余裕なかった。

どんどん不安になる心と穏やかじゃない空気にもうストレスは限界だった。

そして、半田のその言葉に俺はもう何かの間違いと疑いたくなった。

だが・・ゆっくりと視線を一位の表へと合わせた。

嘘だと思いたかった、絶対に違うと思いたかった。


だが、現実は・・残酷だった。


「・・嘘だ」


「本当だよぉぉぉん?残念でしたッ!アッハッハッハッ!!ヒャハハハッ!!それ見ろバーカッ!ウッホーッ!!」


「そ・・そんな・・ありえない・・ありえませんわ・・」


「や、山田先輩が・・一位じゃない・・」


2人が疑うのも無理はない、いつの時も一番だった山田が今はもう一番じゃない。

それだけで目を当てたくない光景だというのに。

こんなにも、こんなにも残酷な結果があるだろうか。

生きている中で、こんなにも信じたくない出来事があるだろうか。


「・・じゃあ・・待てよ・・山田は何位なんだよ・・なあ」


「んん?気になるぅ?!やっぱ気になるよねぇ!?雑魚は雑魚の事すぐに気にかけるもんなぁ!!見ろよッ!ずっっっと向こうに結果はあるんだよッ!!」


本当は見たくなかった、何も見たくなかった。

何も信じたくなかったし、何も聞きたくなかった。

だけど、最後くらい嘘であってほしいと思った。

最後くらい、嘘でした、ちょっとドッキリしてみました。

それで終わればいいと思ってた。


それで、終わってほしかった。


「や・・山田が・・」


「さい・・最下位・・ッ!?」


「う・・嘘ですよね?」


「嘘も嘘だよッ!聞けばアイツテストに名前付け忘れたそうじゃーん!!本当に馬鹿だよねーッ!いやー本当にめでたい馬鹿だよー!んもももッ!」


「半田様、あまりそこまでにした方がよろしいかと」


「ああん?!お前ここでやられた分やり返しておかなきゃダメだろうがよッ!散々周りが僕の事イジメたんだぞ?!だったら馬鹿にされた分馬鹿にしかえすのが正義ってもんだろうがッ!」


「ですが・・これ以上は・・」


「クッ・・なんで・・ッ!」


その時、俺はこの場から逃げだした。

俺は何も信じたくなくて逃げ出した。

腕に力を振り絞って、逃げた。

足にこれでもかというくらい力を入れて大広間からなるべく遠くへと逃げた。


「先輩ッ!!待って!!」


「柳原さん!!」


「ほれほれッ!逃げたぞ~!?僕にイジメられるのが怖くて逃げたんだッ!あはは弱いねぇ~?やっぱ僕は強いね~!」


「・・・そうですね」


俺は、その時は逃げながらただあの場所へと向かってた。

後ろから聞こえる呼ぶ声も、高笑いも無視して。

ただ、逃げてたった一つの場所へと向かった。

走った、ただひたすら悲しみの心を抑えて走った。

何も見る事もなく、誰かに呼び止められても止まる事もなく。

つまづいて、息が荒くなって、吐きそうになって。

すっごく体が痛くなって、それでもただ一つの場所に向かった。


それは・・俺が薄れゆく精神共にフラッシュバックする記憶の中。

たった一つの言葉を信じて、向かった場所。


 ◆


「見ろよ!きっくん!ここからの見渡す町は素晴らしいな!」


「すげぇな・・今時屋上開いてる学校なんてあるなんて・・」


「綺麗だなー・・ずっとこの風と共にこの綺麗な景色見ていたいよ」


「・・なんだか、見ているだけで心が晴れるな」


「うん!どんな辛い時もここからの景色を見れば・・全部晴れるね!」


「どんな辛い時も・・って主に何が?」


「うーん・・例えばさ・・何か失敗したとか・・失恋したーとか」


「お前に無縁なモノばっかじゃねぇーか」


「えー・・じゃあ・・約束破って友達を裏切った時とか!」


 ◆


「俺は・・・馬鹿ッ・・かよッ!!」


歩くごとに自分イラ立ち。

歩くごとに涙をこぼす。


過去の自分が今許せないからだ。


『それこそありえないなッ!山田が約束破るわけないじゃん!』


走れば走るほど蘇る俺とアイツの記憶。

今思えば、なんであんな事言ってしまったのだろう。

なんでこんな事思い出しているんだろう。

もう、歩く力もどんどんなくなってくる。

次第に、視界が歪む。

もう、俺は限界なんだよ。

何もかもが限界なんだよ。

だからせめて、これ以上・・。


これ以上・・絶望したくない。


「ハァ・・ハァ・・や・・山田・・」


気づけばもう、屋上だ。

この冷え切った鉄の扉の向こうに山田は絶対にいる。

もう、それを信じて今は扉を開けるしかない。


「山田・・ッ?!」


いつからだろう、どうして気づかなかったんだろう。

あの不穏の曇り空はいつのまにか大雨を呼んでいた。

肌に叩きつけるかの様な無数の大粒の雨。

風は強く吹き荒れ、朝の晴天は影も形も無い。

間違いなく、俺はこんな場所になっているのなら山田はいないと思った。

だが、どこまでも馬鹿な奴は何処までも馬鹿だった。

一体、何の意図でどういう思考でそこにいたかは分からない。


山田は輝き消えた虚ろの目で空を見上げ。

ただ雨に打たれていた。


「・・お前」


「・・・」


俺が来たの事に今気づいたのか。

ゆっくりとこちらに視線を向ける。

見れば見るほど飲み込まれそうな死んだ黒い目。

体からは今まで活気あふれていた気力すら見えない。

冷え切った白い肌、ずぶ濡れになる制服。

山田がどれだけの絶望の淵に叩き落とされたのか、一目で分かる。


「き・・くん」


「・・・」


こちらにゆっくりと歩き始める山田。

びしゃり・・びしゃり・・と耳に悲しく響く水たまりを踏む音。


「きっ・・くん・・ッ!!」


「山田・・ッ」


徐々にその瞳に涙を流して少しだけ取り戻す光。

闇の中小さな光を見ているかのような眼差し。


山田は俺に近づき、そして、距離が無くなった時。

その小さな手で力一杯俺の体にしがみつく。

いつもならこんな手振り払いたい。

だけど、背中から伝わる力一杯の両手。

握りしめて服がしわくちゃになってしまうほど。

俺にはもう、それだけで分かる。

今、山田がどれだけ苦しんでいるのか。

こんな、誰よりも今苦しんでいる奴の手を。

俺に振り払う事はできない。


「約束・・守れなかった・・ッ!!」


「・・ああ」


悔しかっただろう。

辛かっただろう。


「私・・私・・忘れられないよ・・何もッ!こんなの・・忘れられるわけないよッ!」


「・・そうだな」


できる事ならこんな事実誰にも知られたくなかっただろう。

できる事なら誰とも会いたくなかっただろう。


「最低だった・・私がしっかりしてなかったから・・こんな事になった・・」


「お前はよくやった」


「そんなはず・・ない・・そんなはずあるわけないでしょッ!」


できる事なら一人でこの悲しみを背負いたかっただろう。

だれに打ち明ける事なく、ずっと一人でいたかっただろう。


だけど、心の奥底では誰かにぶつけたかったのだろう。


「・・私は・・とても無様だ・・勝利を約束し敗北を告げる・・ただの口だけ女だよ」


「・・・」


「大切な友人との約束も何も守れない・・最低な女・・それが私」


きっと、この時俺は言ってやるべきだったんだろう。

山田を絶望の淵から救う一言を、闇から振り払う一言を。


「私は・・何も・・何も守れない・・狼女だよ」


次第に力を抜いて膝をついてまたあの絶望の目に戻る。

俺の下で一人闇に呑まれていく一人の親友を俺はただ見る事しかできなかった。


俺は臆病者だ。


肝心な時には何もしてやれない。

心も体も震えて一歩も歩き出せない。

その後が何が起こるか怖くて声も出ない。


ああ、最悪の男だ。



この日、俺達の物語の1ページは記憶の中で一番の絶望となるだろう。

そして、この1ページをもって全てが終わった。


俺達の物語はここまでの様だ。


NEXT・・?


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