第百七十二話「浸水」
バラララララ・・。
上空には気づけばヘリが忍び寄る。
そうか、アイツの救援部隊だろう。
そのヘリから降り立つのはどう見てもよく見る黒服の集団。
例によってこれも奴らの仕組み・・なんて野郎だ。
「ハァ・・ハァ・・十五人・・まあ・・妥当な数だ・・この人数なら・・仕留められる」
「そうでしょうか?安易に舐めない方がよろしいですよ?」
「ハッ!お前ら舐めてる所わりぃけどよ・・・こいつらだって火器の1つや二つ・・持ってんのよッ!お前らこそゲームオーバーッ!これで全て水面に沈んでもらうぞッ!」
なるほど・・十五人全員による奇襲攻撃って事か。
良くもまあ考えた作戦だ。
だけど、相手が悪かったな。
「行けッ!戦闘開始だッ!!」
「藤宮・・物陰に隠れてろ・・」
「えっ!?あ・・はいッ!」
急ぎ足で隠れる藤宮を確認したら・・もう何も心配する必要は無い。
こうなった以上俺は後輩を信じて送り出すだけだ。
「行くぞ・・後方支援は任せた」
「任せてください」
俺はとにかく真っ直ぐ走り出す。
この足を迅速に動かし、この戦地を駆け抜ける。
その間に榛名はスナイパーライフルを背中に背負い。
スカートをたくし上げるとどこにしまっていたのか。
二丁のマシンガンをそこから表したのだ。
落ちるマシンガンを華麗に舞いキャッチ。
いざ、戦闘準備が整う。
「(今宵・・命を奪う私を・・お許しくださいッ!)行きますッ!」
「女にそんなモノが扱えるかッ!」
ババババッ!!
ついに始まる銃撃の攻防戦ッ!
だが、俺にはそんなウスノロい銃撃なんぞ避けるのは容易い。
このまま一気に二浪の下へと行かせてもらうッ!
「な、なんだコイツ・・マシンガンの弾を避けてやがるッ!?」
「ひぃぃ・・化け物だッ!」
「油断していると・・死にますよ?」
ズババッッ!
早いッ!
俺が向かっているその一瞬で油断していた黒服三人を。
手に持つマシンガンで全て打ち抜いてしまった。
一瞬だが俺は確かに見た、榛名がクルリと周り的確に頭脳を狙う瞬間。
流石はこの手のプロフェッショナル。
「野郎ッ!」
「セイハッ!」
「グボっ?!」
今度は後ろ蹴りッ!
からの回し蹴り、地面に手をついてカポエラも華麗に決める。
トドメに無言のひじ打ち腹パンで気絶させるッ!
す、凄い・・うちの後輩・・戦闘民族みたいなのが多すぎる。
華麗な少女がおまけに見えてしまう。
「な・・なめやがってッ!」
「悪いけど・・俺も手っ取り早く片付けさせてもらうぜ」
さあ、時間がない・・一気にかたをつけて見せるッ!
俺は果敢に攻め込み包丁で焦り切りかかられる攻撃をかわし。
まず一撃相手のもっている武器を的確に手刀で落とす。
落とした同時に痛みに耐えきれずまた手を抑えた相手の後ろに回り込み。
気絶させるように当て身をするッ!
「グハッ・・グッ・・」
これでコイツももう抵抗できまい。
もう、これで何もできないはずだ。
完全に動けなくなった二浪はとても苦しそうにする。
だが、その手も体もまだ最後の抵抗を見せようとしていた。
そう、まだ諦めていなかったのだ。
手は震え、いつ死ぬとも分からない体に鞭を打ち。
包丁に手を伸ばして、まだ戦おうとしていた。
「ハァ・・ハァ・・母さん・・グッ・・まだ・・私・・殺せるッ!」
「やめろ、お前はもう殺せない」
「殺すッ!殺さなきゃッ!殺して・・みんな殺してッ!絶望させてやるんだッ!金持ちも・・裕福な家系も・・全員殺すッ!じゃなきゃ・・私は・・」
俺は今、驚くべき光景を見ている。
あの殺人鬼であった彼女は涙を流し始めていた。
ボロボロと零れ落ちる涙、そして彼女の声は段々と震え。
一言・・一言つぶやく度に気を失いかける様子を見せる。
「ハァ・・これは・・・母さんの形見・・これがあれば誰だって殺せる・・母さんが・・見守ってくれるんだ・・だからどんなゆとり野郎共も・・金持ちも・・殺す・・今まで私は不幸な目にあったんだ・・レイプされて・・父親には体と引き換えに売春に出されて・・果てには・・お爺ちゃんのお店は潰れて・・お爺ちゃんは死んだ・・妹を学校に行かせるためにも・・あの幸せだった生活を取り戻すためにも・・私はこれからも・・殺すッ!どんな汚れ仕事だってやるんだ・・・私が・・やらな・・きゃ・・・」
バタリと倒れこみついに完全に気を失った二浪。
そうか、そうだったのか。
アイツに関わる奴らは全員狂った奴らだと思っていた。
だけど実際は違った。
コイツの様に・・道を踏み外して汚れ仕事をした人物もいる。
そうだと知らずに俺は・・。
恵まれた環境にいるせいで社会的に強くない。
その点はよくわかっている。
今、俺が生きられているのは周りのおかけであり。
父親母親がしっかりした人達だったから。
こうやって難事件に関わって無事で済むのも。
周りに助けられているからだ、俺の力なんてさほどのモノでもない。
そうだ、俺が恨まれこうやって周りが巻き込まれていく。
俺が恨みの対象になっている。
嫌みの様な思いだが、自分が恵まれているからだ。
だからこそ、俺はこの少女にも恨まれた。
だったらせめて・・。
「榛名ッ!脱出方法はあるか!?」
「はいッ!この下にモータボートを用意しております!それで脱出でき・・先輩ッ!?」
榛名・・大体片付け終わったか。
まあ、こっちを振り向いて驚くのも無理はない。
俺が肩に担いでいるのはこの事件の主犯格。
当然の反応だ。
「その子を連れて行くと言うのですか!?」
「ああ、コイツには俺としてのケジメがある・・連れて帰る」
「無茶です!そんな事をすればまた狙われます!」
「頼むッ!榛名・・コイツは俺だけの考えだが・・お願いだ・・この子を連れて行かせてくれッ!」
真剣に見つめ、必死の思いで頼み込む俺。
不安の眼差しで見つめる榛名、必死に悩み、苦悩の表情で覚悟を決め。
出した決断は。
「分かりました・・ですが手と足は拘束させます・・下を噛めない様に布で猿轡もさせます、いいですね?」
「・・分かった、その条件で」
「では行きましょう!藤宮さんこっちですッ!」
俺達は急ぎでこの場を離れ行く。
船はついに崩壊の危機の様に揺れが激しくなる。
終わりの時だ。
「こっちです!この下にありますッ!」
「よし、藤宮ッ!」
「ありがとうございますッ!」
藤宮が真下のモータボートに飛び降りて着地したのを見たら。
俺もこの二浪を抱えて飛び降りる。
難なく着地に成功、後は榛名の着地を待つだけだ。
「榛名ッ!」
「良し・・」
榛名も飛び降りてこちらに向かう。
これで脱出の準備が整ったと思った。
その時ッ!
「馬鹿めッ!これで終わりだッ!」
「ハッ?!」
俺が見上げればヘリが榛名を狙う様に高度を変えて追跡。
そして、狙いすましたかのようにドアを開けてランチャーを構えていた。
完全に無防備な榛名を殺しに来たとしか思えないこの状況。
だが・・ッ!!
「実に・・素人の作戦らしいですね?」
「ひぇあ?!」
その動きは神速の鳥の様。
まるで空さえも自分のフィールドと言わんばかりに構えた迷いなき動き。
もはや相手が動揺してまうほどの一瞬、0.01秒なんか生ぬるい。
瞬きもしていないはずなのに俺がずっと見ていたはずなのに。
気づけけば榛名はスナイパーライフルを構え・・撃ち放ったッ!
バシュッ!!
上空落下しつつ構えたその動きはもはや人の技ではない。
まさに鍛え上げられた神のさばき、榛名の前で早打ちに勝てた者はいない。
その名は【雪花の死神】・・美しく殺し、無駄のない動きとはまさにこのこと。
バゴォォォンッ!!
そして、羽の落とされたヘリはもちろん墜落。
船の上へと落下し、爆発したのだ。
その後榛名は無事着地し、涼しい顔でこう言った。
「хорошо(すばらしい)」
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◆
柳原菊達が助かった一方で、一人孤独の船内を彷徨っていた男浜田。
誰の助けもないまま、奇跡的に倒れこんで気絶していた。
「ううッ・・ああ・・」
立ち上がり辺りを見渡すが、もちろん誰もいない。
そもそももはや脱出もできないのである。
「うっ・・ああ!!」
ドバァァッ!!
壁を突き破りついに浸水が始まる豪華客船。
「だ・・あああ!!嫌だぁ!」
浸水する前に脱出を試みる浜田。
急ぎ足を引きずりつつ、出口へと向かう。
「ああ・・ああ!!」
だが遅かった。
気づけばそこは遠い遠い果て。
もはや誰の助けもないのである。
「そんな・・」
ブルォォォォォッ!!
だが、浜田の出口から少し右から凄まじい船のエンジンの音がする。
風のように駆け抜けていったのは柳原達のモーターボートだ。
しかし、浜田が生きていると思っている人間も。
浜田がそこにいると気付いた人もいない。
そう、誰も浜田を助けようとしなかったのだ。
いや、助けられないのだ。
「ふ・・藤宮さぁんッ!助けてくださいィ!藤宮さん!ここから助けてッ!助けてください!」
浜田は叫んだ。
遠く離れて行くあのモーターボートに藤宮がいる事が分かった。
必死に叫んだ、大きな音も鳴らした。
だが、モーターボートは気づかない。
「助けてぇッ!僕には帰る家があるんだッ!ママもパパもいるんだッ!頼むから助けてッ!お願いだ!藤宮さん!藤宮さぁん!助けてくれぇッ!ああ・・嫌だッ!!こんな所で死にたくない!暖かい布団に入って寝たいッ!!お風呂に入りたいッ!ご飯が・・まだママの手料理を食べたいんだッ!!」
足が冷たいと感じたのはそこがもう海に浸食されていたからだ。
いよいよ命が危ないと危機を感じた。
浜田はもっと必死に叫びだす。
「助けてぇッ!助けてぇッ!お願いだッ!僕を助けてくれぇぇぇぇッ!!藤宮さぁぁぁぁんッ!!」
遠く離れるモーターボートは見えなくなり。
最後に涙を流し、自分のやって来た事の後悔もせず。
ただ、助かりたい一心でその最期を豪華客船と共にした。
死亡報告
浜田(18)
死因:豪華客船と一緒に海の底へと沈んだ。
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