第百六十四話「もう二度と戻らぬ日常」
「山田、いい加減にしろよッ!」
「ん?きっくんじゃん・・さっきまで気分悪そうだったけどどうしたの?」
気分がヒートアップし過ぎて止まらなくなる山田の興奮を抑えて。
どうにか穏和に事を荒立てず済ませようと試みる。
だが、肝心の山田から感じる圧倒的混沌とした悪意のオーラ。
近づくだけで心がミシミシとヒビが入り冷たい言葉が俺の言葉を寄せ付けない。
今のアイツは完全に心を閉ざしている。
誰も近づけさせたくないから、誰の言葉も聞きたくないから。
そんな吸い込まれそうな混沌とした目のどす黒い感じを出させ。
全てを意のままに全てを閉ざしている。
「きっくんなら分かってくれるよね?こんな人としてのクズいらないって」
「それって冗談で言ってる?それとも本気か?そいつは人であり人でしかない!お前はどうかしちまってんだよ!なんでそうやって差別する野郎に成り下がってしまう?!」
「がっかりだな・・私は守れなかった自分の為に今こうやってきっくんの為にさ・・守ってあげてるんじゃん?ゴミの分際で調子にのって本当に困るよね・・だから調子に乗る前にゴミはごみ溜めに帰ってもらわないと・・みんなの迷惑って思って」
「言うじゃねぇか・・天下の山田様は誰に対してもそんな奴だったか?」
「ううん?私はきっくんが大好きだからやってるんだよ?だから当然きっくんだけには優しくするし、きっくんが望めばなんだってする!私はもう何も守れないわけじないんだから!」
なんて野郎だ・・本当に何もかもが変わっちまったんだ。
あの頃の山田はもはや面影すらない。
どうして・・どうしてそんな性格に・・そんな考えになっちまった。
俺は・・お前にはそんな生き方してほしくないのに・・。
どうしてなんだよ。
パンッ
その時、俺の横を通りぬけて一人の女が山田に向かってビンタをした。
狂い演説を止めない豹変した山田に対して一喝を入れるように。
何の迷いも無くできた女・・榛名だ。
榛名が俺の目の前で・・山田に向かって仕掛けたんだ。
「・・・見苦しいですよ山田先輩・・はしたない女です」
「・・榛名・・ちゃん?」
真剣なまなざしで睨む榛名を少し混沌の黒さが消えた目で見つめ返す山田。
壊れかけていたモノが戻って来た様に正気になりはじめる。
「柳原先輩様は・・そんな事望んでません・・彼の言葉をちゃんと聞ける貴方が・・何故そのような真似をするんですか・・かつて・・雨の日もずっといじめ防止活動に励んで・・たとえ傘が無くても続けたあの頃の山田先輩様は・・どこへ消えたと言うんですか!?」
「・・だって・・そ、それはきっくんの・・」
「柳原先輩様だけじゃないですッ!そこには確かに貴方の力もあって成功したモノがあるんです!・・お願いですから・・」
「榛名、やめろ」
「でも、先輩ッ!」
「涙流して辛そうにされて・・誰が止めない?」
「・・・ッ」
真剣に怒ってくれた榛名には本当にもうしわけない。
だが、もういい・・そこまで辛くなるのなら。
榛名にこれ以上の説教は求めない。
泣くほど辛いのなら、もう怒らなくていい。
今の山田にその言葉は届かない。
もう山田にその言葉は届きはしないんだ。
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