一浪目のことを思い出していた
七月、そろそろ焦りの出てくる次期。いくらなんでも遅すぎるかもしれない。
いくら楽観的な俺でも、今までの怠惰な過ごし方が身を切り始めた。
背伸びして買った東京の有名予備校の参考書に歯が立たないでいる。
「そら見た事か」と言いたそうなまゆみの視線が背中を射す。
早すぎたセミが、木々のどこかで鳴いている。半年が過ぎ季節は確実に進んでいることを知らしめる日差しの暑さに辟易する。俺は夏に弱い。この時期ただでさえトロいペースが格段と落ちる。窓から入ってきたカナブンとしばし戯れる時期。「昆虫観察してる暇はないよ」「息抜きが多すぎンだよ」まゆみから矢継ぎ早に容赦のない怒声を含んだ言葉を投げかけられた。
翌日、涼を求めて、自転車で外に出る。追い風と漕ぎ過ぎて余ったパワーに身を任せて、ペダルを使わない走りを楽しむ。邪魔するものは誰もいない。腰まで伸びたセイタカアワダチソウの巨躯を横目で見ながら草原を駆け抜ける。道路は舗装されている。スピードが出る。快調だ。
自分の中では運動と位置付けられている自転車乗りを終えて、自宅に帰ると、なんとはなしに去年の夏期講習を思い出した。あの頃は同じ高校を卒業した同級生が、ちらほらいた。みな私よりは頭が良かった。高校時代勉強を全くしていなかった自分とは違い、何らかの不運が災いしたのか大学に落ち一浪せざるを得なかった人たち。
その一人と夏期講習の授業で一緒になった。空調は効いているがさほど涼しくはない教室で、彼は居眠りをしてしまった。やがて講義が終わり休み時間になる。疲れているんだろうと思い俺は彼を寝かしたままにしておいた。別の授業が始まる。今度は私立大学受験者専用の授業だ。彼は途中で目を覚ますが、席を立つことはなかった。
授業終了後、彼は俺を睨んで「なぜ起こしてくれなかったんだ」と怒鳴った。
俺が「関係ない授業なら途中で席を立てばいいじゃないか」と発言すると、「講師に失礼でそんなことできるか」と言い放った。
依頼、元同級生の彼とは会話すらしなくなった。
俺の取った行為は何がまずかったのだろうか。疑問には思ったが正解が出ない。
まゆみや妙子に尋ねてみた。二人とも俺が間違ってはいないという返答だった。
ひとまず安心したが、もう一つの可能性を想像すると、彼を起こすことを遮ったのは俺のいかなる思いなのか。とりあえず、彼とはライバルではない。受験校の種類も違う。俺が意地悪で彼を寝かせたままにしたのでは断じてない。
対人関係の奥手さからくる事なかれ主義が、黙って彼を放置したという結論にたどりついた。
俺はもともと人間関係が得意ではない。通学のバスの中で同級生と乗り合わせても一度も話をせずに帰宅したことがざらにある。いろいろな局面で、俺が体験したことのない初めての出来事に遭遇すると、何もしないことが最良の選択肢だと思うことが多い。
だから、俺は彼に対して何のアクションも示さなかった。ゆえに俺は彼から叱責された。