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1.救急搬送?

 心地よい風がクライドの頬をくすぐる。

「んっ……んっー」

 森で倒れたにしては居心地が良すぎると、クライドはまだよく回らない頭を叱咤して目を開ける。

 そこでクライドが目にしたのは、簡素だが清潔な部屋だった。

「ここは……?」

 柔らかく整えられたベッドから辺りを見回すが、部屋にはいくつもの瓶が並べられているくらいでここはどこか手がかりになりそうなものはない。

「休んだら、少しはよくなったか――痛っ」

 急激な痛みは治まったものの、クライドの胃痛はまだ続いている。

「あっ、大丈夫ですか」

「うっ……うう」

 クライドが胃を手で押さえるようにしたとき、ちょうど部屋の扉が開いた。

 現れたのは、栗毛の髪を綺麗なまとめ上げた女性――と呼ぶには若い、少女と呼ぶには大人びた微妙な年頃の娘だった。

「大丈夫ですか?」

 大きな瑠璃色の瞳に見つめられ、再度聞かれた問いかけに答えるのをクライドはしばし忘れる。

「えっ、あっ……はい。大丈夫――痛っ」

「無理しないでください」

 慣れた手つきでてきぱきと、クライドはベッドに横にされる。

「ここは、診療所なので安心してください」

 簡素で地味な色のワンピースにエプロンを身につけた姿から、クライドは娘が診療所を手伝う者と思い込んだ。

「すまない……俺はクライド。クライド=バスティア。王都から用あってフレデリック侯爵領を訪ねたのだが、このありさまで情けない」

「まぁ、王都の貴族の方だったのですね。それはいいとして、具合が悪くなることは、誰しもあることですからお気になさらずに」

「あ、あぁ……」

 クライドが貴族だと知り、娘は一瞬だけ驚いたような態度見せたが、すぐに元の穏やかな笑みに戻る。

 横柄な貴族なら、その態度に不満を持つかもしれないがクライドは逆に好感を持った。

 クライドは家柄も良く、顔もそれなりに整っている。頭も悪くないし、なにより王子の側近ということで将来有望と目されているため媚びへつらってくる者など嫌でもよく見る。

 そんな者たちの打算に比べて、丁寧ではあるが過剰ではない娘の態度が好意的に映ったのだろう。

「私はこの診療所で薬師をしております、エリーと申します」

「エリー殿か……んっ? 君が! 一人で?」

 クライドは自分よりも二~三歳は年下だろうエリーの職に驚く。

「クライド様、私のことはエリーとお呼びください。それと、一人ではなく先生がいます。今は出掛けていますが、じきに帰ってくるでしょう」

「エリー、わかった。そうか、それでもすごいな」

 褒めるクライドにエリーは照れたように薄ら頬を染める。

「いえ、私はまだまだで……」

「いや、本当に助かった。それで、よければもう少しだけ休ませてもらいたいのだが」

 いくら診療所とはいえ、女性一人の場所で休ませて欲しいというのは言いにくく、クライドは遠慮がちに頼む。

「もちろん構いません。それと、一つ謝らないといけないのですが……こちらにお連れする際、少々乱暴にしてしまったためお召し物が汚れてしまったかもしれなくて申し訳ありません」

「そんなこと気にせず――えっ、というかあなたが運んでくれた?」

 クライドは大きな方でないが、それでも細い娘であるエリーには大変な作業だったことが想像できる。

「クライド様の馬が協力してくれました。今は厩につないでいますので心配なさらずに」

「何から何まですまない」

 貴族らしからぬ丁寧な礼をするクライドにエリーは目を瞬かせる。

 クライドは自分が苦労している分、人の苦労に心を砕くようにしているのだがエリーはそんなことを知らないので驚くのも無理がない。

「そんな……当然のことです。そうだ! 薬を出しますね」

 驚いてじっとクライドの顔を見ていたエリーだが、すぐに笑顔で部屋の薬棚に向かった。

「薬なら俺も――」

「あの……失礼ですが、手持ちの薬では効き目がなさそうなので……」

 エリーが言いにくそうに口を開いた後で、クライドは王子によって薬がすり替えられていたことを思い出す。

「あっ、あれは手違いで!」

 恋に効くなどというふざけた薬を所持していたと思われたくなくて、クライドは顔を真っ赤にして否定する。

 そのクライドをどう判断したかわからないが、エリーはてきぱきと薬草を取り出してきた。

「はい、大丈夫です」

「本当に、あれは――痛っ」

 一旦治まっていたクライドの胃痛がまたぶり返す。やはり、クライドを苦労させるのはやはり王子のようだ。

「無理をしないでください。それにしても……ずいぶんと症状が重いようですが?」

「昔から、胃が弱いたちだと言われているので諦めてはいるんだ」

「そうですか……ですが、これはもしかしたら」

 エリーが抱えた薬草の瓶を置いて、クライドに近付き何やら考え込む。

「ど、どうしました?」

 エリーにじっと観察されて、いたたまれなくなったクライドが口を開く。

「あっ、すみません。あの……薬を調合するために、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「もちろん構わないが」

「よかった、それでは早速――」

 安堵の息を漏らしたエリーが薬師の顔に変わり、真剣な目付きになってクライドに向き合った。


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