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15、奥様は薬師?

 アーヴィンの登場で事態は沈静化したのか、そうでないのか。判断がつかないところで、本当の面倒はやってきた。


「おおっ、みんな盛り上がっているね。でも、何を隠そう王子と最初に面会したのはこの僕なんだよ。門を開けたのだからね」


 門番の真似ごとをしている侯爵の息子が空気を読まず陽気に現れる。


「何者!」


 呑気に集まりの中心にやってきた男にレイバンの横を固めていた護衛が警戒する。


「うん? 侯爵家の長子ユアンだけど?」


 レイバンを守るように手を出した護衛をユアンと名乗った息子は軽くかわす。その間に、アーヴィンは片手で二人の護衛を押さえつけてしまう。


「長子? 跡取りが何をしている……面白いな」


「門番とは奥が深いのですよ」


「なるほど……やってみたいものだ」


 変わり者同士意気投合したらしい二人に、クラウドは嫌な予感しか感じられない。


「やめてください。王子を門に立たせるなど……」


「なんだ、見聞を広めるのは良いことだろう?」


「別の方法でお願いします」


 クラウドの苦労はどんな時でも発動するようだ。


王子が来たとあって、晩餐は豪華だった。

侯爵領は酪農や農業がさかんなので、チーズや牛乳、たまごを使った料理が並ぶ。トマトスープにはにんにくが利いているが臭みはなく、クラウドはユアンと打ち解けた様子のレイバンを見ながらすする。


 メインにハーブがよく合う鳥の丸焼きが出されたときに、良作だと自慢のワインも振る舞われる。これからどうするべきか悩むクラウドは、つい飲み過ぎてしまう。


「クラウド様、大丈夫ですか?」


「んっ、えっ、何がだ?」


「ペースが早いので……」


 クラウドのワインの飲み方に侯爵が心配してくれる。


「あぁ……おっ、本当に! それに、あれ? レイバン様は?」


 いつの間にか、レイバンがいないことにクラウドはようやく気が付く。それから数秒して、さらにエリーもいないことを知る。


「あ、あれ? エリーまで」


「エリーなら中庭にいるぞ」


 アーヴィンがほのかに顔を赤くしながら教えてくれる。テーブルの上には空になったワイン瓶がゴロゴロと転がっている。

 クラウドは礼を言って、席を立つ。廊下に出ると夜気でひんやりとした風が頬をくすぐる。中庭へはほとんど歩かずにすぐだった。


「エリー……レイバン様!」


 クラウドは大きな窓越しに中庭で何か話をしているエリーとレイバンの姿を見つけた。一体どういう取り合わせなのか見当もつかないが、クラウドは声を出さずに息を潜めて様子を見ることにする。


「何を話しているのか……まったく聞こえないな」


 クラウドは内容のわからない会話に苛立ちを隠せない。それに、滅多にしないレイバンの真剣な顔付きが気になる。エリーの表情はクラウドに背中を向けている格好のためわからない。


「では、私はこれで」


「話はわかった。こちらもそれを受け入れる」


「ありがとうございます」


 話が終わったようで、クラウドは中庭から出てくるふたりから慌てて身を隠す。どうにか気がつかれることなくやり過ごせたと息をついたとき、背後から声をかけられた。


「クラウド!」


「レ、レイバン様……」


 思わず周囲を見回したクラウドに、レイバンはお見通しだと笑う。


「エリーは気付いていなかったぞ。まったく、お前が立ち聞きとは珍しいな」


「申し訳ありません」


「まぁ、気にするな。エリーが気になったのだろう? それより、クラウド! お前、エアリルに会っていないらしいな」


「えっ、どうしてそれを」


 クラウドは今まで切り出せずにいたことを先に言われて、びっくりしてしまう。


「エリーから聞いた。胃痛の原因を作ってやるなと怒られたぞ」


 楽しそうに笑うレイバンがあっさりとエリーと呼んだことにクラウドはもやもやした感覚を抱く。それに気が付いた、変なところで察しの良いレイバンはからかうようにクラウドを突いてくる。


「クラウドはエリーを嫁にもらいたいか?」


「よ、嫁! 今日はどうしたのです? よくわからないことばかり言って……」


 令嬢と恋に落ちたかだの、エリーを嫁にしたいかだのレイバンが来てからクラウドは驚いてばかりだ。


「人が話していたら恨めしそうに見ていたじゃないか、えっ? 令嬢探しも疎かになるほど、熱を入れていたんだろう?」


「そんなことはありません! 仕事はちゃんとしていました……見つかっていないので言い訳ですが、エリーとは関係ありません。俺は薬さえあれば……」


 エリーのせいで仕事ができなかったと言われるのが嫌で、クラウドはエリーではなく薬を求めていると言ってしまう。


「ふーん、近くにいて薬さえ作ってもらえればクラウドは満足なんだな?」


「は、はぁ……」


 どうせエリーとはどうにかなれると思っていないクラウドは曖昧に返事をする。


「なら、やはりエアリルと結婚するべきかな」


「どうしてそうなるのです?」


(エリーの話と令嬢の話がどう繋がるのか。やはりエリーは令嬢に仕えていて結婚したらついてくるのか? 仲が悪いとも疑ったが、違うのかもしれないし)


 クラウドはレイバンの発言を分析しながら、なぜか落ち込んでいた。


(エリーが近くにいて、薬を作ってくれて自分はしかるべき家柄の娘と結婚……。そして、エリーもきっといずれ誰かと……俺はそれを許容できない)


 クラウドはここにきて、ようやく自分の気持ちをはっきりと認める。


(エリーと一緒にいたいんだな。近くにいるだけでは満足できない)


 一人、悶々とするクラウドを見てレイバンが怪しく笑う。


「そうだ、そうしよう! 侯爵令嬢との話を進めるぞ!」


 人の悪い表情を浮かべるレイバンは絶対にロクなことを考えていないとクラウドは長年の経験から悟る。


(この話が上手くいけばいいのにと気合を入れていたのに……)


 急に複雑な気分になったクラウドとは反対に、レイバンはとても楽しそうで対称的な二人の姿を目撃した者は一体何があったのかと首を傾げるのだった。


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