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12、苦い薬はオブラートに包んで

 一眠りして薬も効いたようで回復したクラウドは、令嬢のことをエリーに尋ねるのを諦めて独自に居場所を突き止めようとしていた。

エリーにはしばらく安静にと言われていたクラウドだが、こっそりとベッドを抜け出して廊下へ滑り出る。


「すまない、ちょっといいだろうか?」


侍女や下働きの男など次々と声をかけるが、その返事に色よいものはない。


「エアリル嬢がどこにいるか知らないか? 行きそうなところの心当たりでもいいのだが」

 

このクラウドの問いに戻ってくるのが苦笑いと、想像もつかない答え。


「馬に乗っていつも出て行きますよ」

 

これくらいなら活発な令嬢なのだなで済ますことができる。


「森へ修業にと言っていましたね」

 

何の修業か気になるし、雲行きが怪しくなってきたとクラウドは身構える。


「熊を狩りに行くウェズに付いていくこともありますね」


「く、くま?」

 

ほんの少しも考えてみなかった答えにクラウドは仰け反る。


「なんでも薬に使うらしく、アーヴィン様とウェズが狩りに行くのに付き添うと勇んでいた時期がありました」

 

聞くたびに増長していく令嬢のとんでもない噂にクラウドは唸り声を上げてしまう。

 しかし、一方で同じくらい多くの称賛の言葉もあった。


「宝石のような瞳に見つめられると、つい馬を貸してしまうんです」


「可憐な容姿は奥様似ですね。えっ? 鎧なんて身につけていませんよ」

 

幸いなことにクラウドの最悪な想像は間違いであるようだ。

 だが、これでますます侯爵家令嬢エアリルがどんな人物なのかわからなくなる。


「はぁ……」


廊下の真ん中で思わずため息をついてしまったクラウドだが、無理もないだろう。これだけ、突拍子もない人物を探すのは王子に仕えるのと同じくらい疲れてしまう。


「廊下で何をしているんですか?」


 背後から掛けられた声は聞き覚えのある侍女のもので、クラウドはエリーも一緒にいるのではないかと居住まいを正す。


「まだ探していたのですか」


 侍女と一緒にいたのはエリーではなくウェズだった。


「……はぁ、王子が来る前に一度くらい話しておかなくては」


 エリーがいなかったからがっかりしたわけではなく、あくまで令嬢に会えなくてクラウドは落ち込んでいるのだ。

「王子もいらっしゃるのであれば、気長に待てばよろしいのでは? さすがにエアリル様も出てきますよ」


 楽観的な侍女にクラウドはまたため息をつく。


「そうしたら、王子に何を言われるか……」


「ご自分の体裁のためですか。そんなのエアリル様には関係ないですね、大体どうして王子がいらっしゃるのです? 本当に見染めたのですか?」


 次々と飛び出す言葉にクラウドが口を挟む隙はない。


「……リズ、喋り過ぎだ」


「そんなことないわ。エアリル様が不在の間に勝手をされては困るもの。私は主人の生活を守るためにいる

のよ。エアリル様の身辺調査だって、本当は不快よ」


 ウェズが止めるのも聞かず、リズは喋り続ける。


「申し訳ありません」


 リズの代わりに謝るウェズに、クラウドはかまわないと手で制する。誰だって、仕える主人が調査されるのは面白くないだろう。


「いや、いいんだ。詳しく説明できないこちらも悪い。だが、エアリル嬢が国の今後をも左右することになるかもしれない。だから、どんな人物なのかできるだけ知りたいと思っていた……だが、聞けば聞く程わからなくなる」


 クラウドの言葉は最後には愚痴ともとれるものに変わっている。それほど、苦労していたのだ。


「そんなの当たり前じゃないですか!」


「えっ? それはどういう意味だ!」


 今までの苦労を一瞬で肯定されて、クラウドはリズに詰め寄るように近づいてしまう。距離を詰められたリズが驚いて一歩引き、その間にウェズが入り込む。


「どうして当たり前なんだ?」


 警戒されたことなど気にも留めず、クラウドは質問を繰り返す。そうすれば、リズが大きなウェズの背中から顔を出す。


「だって、クラウド様はエアリル様に会っていません。わかるはずないですよ、女はそれぞれ場面や人に応じていくつもの顔を持っているのですから。だから、大人しく会えるまで待った方がいいですよ」


 結局は探すのを諦めて待てとリズは言う。だが、クラウドだって引き下がれない。


「知っていると思っても、それはその人の一部分でしかない……毎日会ってもそうなら、一度も会ってない人を想像するのは難しい」


 エアリルのことをわからないのは仕方がないと、二人に諭されたクラウドが結局行きつく先は同じところ。


「だから、俺はエアリル嬢に会いたいんだ!」


 会えば、今までの問題がすべて解決できるのにその案は一向に通らない。


「知らない方がいいこともあるのに、男の人ってなんでも知りたがるわよね。そして、勝手にショックを受けるのよ」


 クラウドは令嬢について知ることができればショックどころか飛び上がって喜べるだろうと思う。

「知らない方がいいこと……それでも俺は求めなくてはいけない」


 馬に乗り、森を駆け、熊を求める令嬢だとしてもその本当の姿を見るべきだと気付かされたからとクラウドは熱心に語る。


「エアリル様自身を見てくれるのはいいのですけど……うーん、ちょっと失敗したかも」


「大丈夫だ、もう何を聞いても受け入れる」


「えっーと……すべてを知ろうとすれば、甘いものも苦く変わりますよ」


 リズはエアリルとクラウドが会うのはあくまで反対らしい。ちゃんと向き合えと言いつつ、なんとか会わないようにとの意図が感じられる。


「苦い薬もすべて飲み込めば甘美なものに変わる」


 ずっと黙っていたウェズの突然の発言は薬師ならではだが、はっきり言って意味がわからない。


「もうっ、そうやっていっつも私の愚痴も苦言も飲み込んじゃうんだから」


 首を傾げるクラウドをよそに、リズは顔を赤くしてウェズとの距離を縮めている。クラウドは何が何やらわからない。


「リズの言葉も……何もかも、甘い」


「もう! こういうときだけ口が達者なんだから」


「えっ、えっ?」


 突然はじまった恋人たちのじゃれあい、これこそ知らなくてもよかったことかもしれない。クラウドは戸惑い、居心地の悪さに身を縮める。


「ウェズが私のことを知りたがるのは婚約者だからいいの。でも、まったくの他人が何もかも知りたがるのは良くないと思います。王子がエアリル様を見初めたと認めるなら別ですけど、理由もわからないで主人のことは語れません。それがどんなことに繋がるかわかりませんから」


 情報はときに武器となる。それをわかってリズは主人のことを話さないという。


「良い侍女だ」


「お褒めに預かり光栄です。ですが、何もお教えできませんよ」


 かしこまった礼をする侍女を見て、クラウドはエアリルという令嬢への興味を深くする。


(侍女は仕える令嬢によって、その性格も仕事ぶりも変わってくる。やはり、エアリル嬢は……王子が推挙した者だ)


 ようやく、クラウドの中でわからなかった侯爵令嬢の形が見えてきた。


「そういう事ですから、王子、もしくはクラウド様がエアリル様と婚約するなら探ってもいいですよ」


 似たような理由でクラウドは動いているわけだが、まだ公にはできないためここは引いた姿勢をとる。そして、気になったことについて尋ねてみる。


「悪い意味で令嬢のことを探っているわけではないが、そうとられても仕方がなかったな気を付けよう。それと……二人は婚約者なのか?」


 さっきからずっと気になっていた疑問には、あっさり肯定の返事が戻ってくる。


「そうですよ」


「ウェズ殿はエリーとは何でもなかったのか……」


 ぽつりと漏れたクラウドの呟きに、ウェズがぎょっとした顔をする。


「そんな、恐れ――」


「ウェズはアーヴィン様に無理矢理弟子入りしているんです。だから、アーヴィン様の本当の弟子であるエリー様に手を出すなんて恐れ多いと思いませんか?」


エリーのどこに恐れをなしたのか疑問に思ったクラウドに、リズが間髪入れずに答えをくれる。


「そうか……そうだな」


 どこか腑に落ちないながらも、クラウドは少し安心してしまい深く考えるのを止めてしまう。


(苦い薬もすべてを知れば甘く変わる……か。確かにウェズとエリーのことを疑い苦かった思いが、今は変わった)


 相変わらず令嬢は失踪中で、クラウドは彼女のごく一部しか知ることはできていない。

それでも、先ほどまでため息ばかりだったクラウドの気分は晴れていた。


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