13、泣き落としは目薬で
“クラウド、語り合っているか?
もちろん侯爵家の娘、エアリル=フレデリックとだ。好きなもの、嫌いなものはもちろん武勇伝を話したりしても気が引けるかもな。おっと、クラウドに武勇伝はないか、そんな冒険をしないお前だがまさかエアリル嬢と話せていないなどという情けないことにはなっていないだろうな?
明日には着くが、期待しているぞ!”
わざわざ直筆で書いてきた書簡には王子の署名が大きく書かれていてクラウドの動揺を誘う。
ウェズとリズが去った後、クラウドにまた執事が書簡を持ってきた。一体何が書かれているか、嫌な予感しかない中身は予想以上にクラウドを打ちのめした。
「調べる理由が言えないから遠慮する? そうしたら俺の身が危ない!」
クラウドの晴れていた気分はあっという間に、暗雲に包まれる。
「だが、使用人たちに不信感を持たれるのもよくない……こうなったら事情を知っている者に頼むしかない」
この場合、事情を知っているのはゴルト侯爵だ。
クラウドは侯爵の都合も確認せずに、部屋へ走りだす。すれ違う使用人たちは、クラウドが令嬢について何か掴んだのかと興味深そうに見てくる。
「すみません、少し、少しでいいので話を聞いてください」
扉を強くノックすれば、のんびりとした口調で返事がある。
「どうしたんです、そんなに慌てて。王子の到着は明日くらいでは」
「王子が着く前に、娘さんに会わせてください」
今まで以上に必死のクラウドに侯爵は部屋の中へ入るように促す。
「とりあえず中で落ち着いてください」
「はい……すみません」
侯爵が手ずから淹れてくれたお茶は、エリーが出してくれたものと同じだった。
「結局、見つかりませんでしたか」
「はい、それどころかどんなお嬢さんなのかもわかったような、わからないような……」
クラウドは使用人たちから聞いた話を、自分に都合の良い部分だけでなくすべて組み合わせた結果わけがわからなくなっていた。
「まぁ、それぞれ人によって見方は変わりますからね」
「だから、もう会うしかないのです!」
切羽詰まったクラウドは、侯爵に縋り付くような勢いで頼み込む。
侯爵はクラウドが令嬢のことを知りたい理由をわかっているため遠慮はしない。ただ、格好が悪いだけだが格好良さより心の平穏が大切だとクラウドは判断した。
「申し訳ないが、どこにいるのか本当にわからないのです」
「王子が来たのに目的の人物がいないとなると、もしかしたら大変なことが起こるかもしれません!」
「それは困りましたね」
クラウドはやや脅しのように訴えるが、侯爵はたいして困っていなさそうな返事をする。
「困るでしょう? だから――」
「でも、わからないものはわからないのです」
「本当に?」
「本当です」
侯爵が嘘をついているわけではなさそうだとわかり、クラウドは肩を落とす。少しだけ涙目になっているのも隠せない。
「もうこうなったら! ゴルト殿、認めてください。そうすればなんとか……」
「はぁ……何を言い出すのかと思えば。クラウド様、相当追い込まれているようですね」
侯爵から少しだけ威圧感が出てくる。クラウドは自分の失言に気が付いた。
「いや、その……お願いしたいなぁと」
「ひどいとは思いませんか? 私は政略のために子どもを育てたわけではないのです。子どもには自由に生きて欲しい」
侯爵の方針通り、自由すぎる生き方をしている二人の子どもを思い浮かべて、クラウドは自由なのも考えものだと考えてしまう。
「クラウド様だって、いきなり結婚しろと言われたら困るでしょう? それとも、きっぱりと割り切れますか?」
侯爵の台詞にクラウドは聞き覚えがあった。
(あれ? どこかで聞いたことがあるような……)
クラウドは思いだそうと、黙って考え込む。それを侯爵は、ほら見ろとちょっと得意げになって見ている。
「失礼します」
沈黙を破ったのは、扉をノックする音と女性の声。それがエリーのものであることは、クラウドはもちろん侯爵もすぐわかったらしい。
「おっ! エリー来ていたのか。どうした?」
入室したエリーはクラウドがいることに少しだけ眉を寄せる。安静にしていないのが気に入らなかったのだろう。
「アーヴィル様を呼んでくる?」
エリーはなぜか森に住むアーヴィルを呼ぶか聞いている。
「いや、迷惑はかけない。こちらで対処できると思うが……。エリーはどうしたい?」
「……一応呼んでいた方がいいかと思います」
「エリーは出ない?」
「状況によります」
クラウドは二人の会話の意味がわからないながらも、邸に病人でもいるのかなと考える。
「そうか……気を付けて行ってきなさい」
「はい。それとクラウド様、焦らずともすべては解決しますから養生していてください。薬師の言うことは聞くべきですよ」
「エリーは占い師でもあるのか? 言う通り、解決すればいいが」
そう上手くいくはずがないと、クラウドは少しだけ皮肉を込めて返す。
「さぁ、でもただの薬師でもないかもしれないですね。それじゃあ」
いつもの穏やかな笑みではなく、どこか謎めいた微笑みを残してエリーは去っていく。
「忠告通り、休みますか?」
侯爵の問いにクラウドは首を振る。
「もう一度、部屋を訪ねてみます」
「きっと……いや、絶対戻って来ていないと思いますが」
確信を持ったように侯爵は教えてくれたが、クラウドは黙って待っていることはできなかった。




