11、眠気をもよおすことがあります
真っ青になったクラウドにはウェズも心配して、部屋を移動し休むことになる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、驚いただけだ。大げさになってしまい悪かった」
クラウドが王子のすることにいちいちこんな反応を見せていたら体はもっていなかっただろう。いつもはこの程度のこと大丈夫なのに、今回はまったくの不意打ちだったのと不吉な白昼夢を見ていたため驚いてしまったのだ。
「倒れそうになるくらいって……やっぱり王子は謎ですね」
リズがリネン類を整えながら、王子を想像している。
「そ、そんな悪い方ではないんだ。ただ、そういう行動が目立つだけで……」
クラウドは必死に弁明しておく。侍女のリズが王子を良く思わなければ、その話は自動的に主である令嬢に伝わる可能性が高い。まだ会って説得もできていない内から、最悪の状況はどうしても避けたいところだ。
「きっと、傍に仕えてこそわかる良いところがたくさんあるのでしょうね」
「そう、そうだ!」
エリーの助けにクラウドは大声を出してから胃を押さえる。興奮はよくないらしい。
「ですが、噂はすごいですよ」
「あら、噂だったらフレデリック侯爵家も多いでしょ? でもリズはここに仕えているじゃない」
「ここに文句なんてありません! みなさん、素晴らしい方ばかりです」
リズの返答にエリーはほらと笑う。
「リズは侯爵家に仕えているからその良さがわかる。でも、遠巻きに見ている人にはわからない」
「王子も知ってみたら良い人物ということですか……」
ちょっと納得がいっていないような顔をしてみせるリズだが、一応話の収拾はついた。
「仕える方が尊敬できるとは素晴らしいことだ」
「ウェズってそればっかり」
心酔した面持ちのウェズにリズが呆れているが、クラウドはウェズが誰に仕えているのか知らないため二人の会話は聞き流す。
「はい、クラウド様。ちょっと強い薬なので、具合が悪くなったら言ってくださいね。めまいやふらつきなどの可能性もあるから寝ていた方がいいですね」
エリーは手早く調合した薬をクラウドに渡して、リズが整えてくれたベッドへ誘導してくれる。
「あぁ、すまない。だが……」
クラウドは返事をしながらも、なんとか令嬢に会わなくてはと焦っている。
「駄目ですよ、仕事をしたら」
それをわかっているとエリーはしっかり釘を差してくる。
「しかし、令嬢のことを……」
「何が知りたいのですか? 王子と結婚してくれるかですか?」
エリーの発言に、リズとウェズが一瞬固まるがすぐに何事もなかったかのように戻る。王子が来る以上、この話も公になるだろうとクラウドは特にエリーを咎めなかった。
「その気があるか、ないかではない。俺がその気にさせなくてはいけない」
「仕事熱心なのはいいですけど、そんなに簡単にその気にさせるなどと考えない方がいいですよ。説得する方は当事者ではないのですから」
エリーはこの件に関して積極的かつ攻撃的だ。
「そういえば……さっきも気になっていたが、エリーは令嬢と親しいのか?」
令嬢のことをよく知っている風に話すエリーにようやくクラウドは気が付く。
「親しい、と言えば親しい……というより誰よりも理解している。が正しいですかね」
「それなら、教えて欲しい……んっ? 眠気が……大丈夫、話を続けてくれ」
クラウドはふいに襲ってきた眠気を堪えるように、目を思いきり見開く。それでも、瞼は自然に落ちてくる。
「強い薬なので、眠くなることもあります。無理せず休んでください。話なら、起きてからでもできます」
「いや、だが……」
いくら気合を入れたところで、薬の効果には逆らえない。クラウドは、探していた令嬢にもっとも近いヒントを手に入れる直前で眠りについてしまった。
眠りについたクラウドだが、まだ令嬢について気になっていて夢の中でも調査を続ける。
これまで出会った侯爵家の人々の印象から令嬢を想像するため、どうしても破天荒な姿しか思い浮かばない。
穏やかな笑みの中にどこか黒いものを隠した表情に、ドレスの上に鎧を身につけ馬に乗る。
笑ってしまうような想像だが、夢の中のクラウドは大真面目に風変わりな令嬢と向き合いうなされている。
「それで、王子ってどんな方なのよ?」
令嬢が尋ねてきたのか、急に夢の中で会話がはじまる。
「少しは興味を持ってくれましたか! 王子は強引なところがありますが、それも一重に優秀ゆえなのです」
迷惑は多く被っていても、クラウドは王子の能力については認めている。ただ、もう少し常識的な行動をして欲しいと願っているだけだ。
「噂によると、気性が荒くすぐに仕える者を辞めさせるとか」
さっきの声とは違い低い、男のような声で会話は続く。
「それは誤解です。使用人たちが辞めていくだけです。残っている者もたくさんいます」
すぐに辞めたいと言いだされるのもあまり良いとは言えないが、辞めさせているわけではないとクラウドは訴える。
「見目はとても美しいのでしょう?」
また女性の声に戻った質問に、クラウドは大きく頷く。押すならばここしかないと。
「えぇ、王妃様より受け継いだ金糸のようなまばゆい髪に翡翠のような瞳を一度見た者は忘れられないでしょう。すらりとした体躯ですが、よく鍛えられてもいます」
いかんせん中身がいけないのですが、その言葉をクラウドは飲み込む。
(自分が面白そうだと判断すれば、地の底までも追い掛ける。興味がないことには適当。でも適当にやっても優秀で人のプライドを刺激する……)
クラウドは伝えることのない本当の王子を思い出す。
「でも、どうして王子がここに?」
「それは、あれ? 言っていなかった……?」
クラウドは自分が本題を切り出さずに話を進めていたことに違和感を覚える。
「うちの姫様を見初めたのよ、きっと」
戸惑うクラウドをよそに、突然侍女たちが現れる。
「そんな機会があった? でもありえるわよね、なんといっても姫様は美人で気立てがいいのだもの」
「美人……気立てがいい?」
クラウドは目の前の風変わりな令嬢をもう一度まじまじと見つめる。
「どうしました、クラウド様?」
高すぎず低すぎない、心地よい声と共に令嬢の姿が崩れていく。
ゴルト侯爵とその息子の姿を足して作り上げた令嬢は幻だ。
「美人で気立てがいい……」
クラウドが呟くと、令嬢は再び像を結びはじめて徐々に形を作っていく。
栗毛の髪、瑠璃色の瞳、穏やかな笑み……それは誰か、クラウドはすぐにわかった。
「うわっ!」
跳ね起きたクラウドの目の前にはエリーがいた。
「……夢」
ベッドにいることに気が付いたクラウドは今までの会話が夢だったことを悟る。「大丈夫ですか?」
額に手を当ててくるエリーの目をクラウドは直視できない。何せ、美人で気立てがいいのはエリーだと思っていることを夢で自覚させられた後だ。
「だ、大丈夫だ。それよりというかそういえば、令嬢の容姿をさっぱり聞いていなかったのだが」
クラウドはエリーでいっぱいの頭の中をどうにかするため必死で尋ねる。
「ど、どうして急に容姿のことを知りたがるのですか?」
なぜか今度はエリーが動揺している。
「いや、なんだ……探しやすいと思ったからだ」
「本当ですか? 美人かどうか知りたいだけじゃないですか?」
疑うような目でエリーがクラウドを見つめてくる。
「そんなことない」
エリーに見つめられて泳ぐクラウドの瞳に説得力はない。
「どうした、エリー? 何かおかしいぞ。まぁ、美人かどうかは気になるか……さっき夢で噂を聞いた」
「それは夢じゃないですよ。エアリル様は美人とさっき使用人たちが廊下で話していましたもの」
水差しを用意してくれていたリズが横から口を挟んでくる。
「それは、使用人たちの願望よ。クラウド様が想像する美人令嬢も夢ですよ」
(エリーは遠回しに令嬢があまり美人ではないと言っているのか? そんな失礼なことを言うようには思えないのだが……もしかして、しつこく聞く俺を嫌に思ってこんな振舞いを?)
深読みしたクラウドは、エリーに嫌われたくないという心理からそれ以上何も聞くことができなくなる。
二人の間に気まずい雰囲気が流れて、令嬢の容姿の話題は避けられるように流れてしまった。




