10、治療法のない病気
「どうしましょう。とりあえず、横になった方が」
「いや、本当に大丈夫だから……」
「でも熱が!」
侯爵の娘の話はすっかりと忘れられて、現在部屋ではクラウドとエリーが診察をする、しないで攻防を繰り広げている。
「素人の見立てより、本職の私を信じてください!」
強い口調になったエリーに肩を押さえられて動けなくなったクラウドは、仕方なく諦めることにする。
(確かにいつもと調子が違うし……なぜか熱くなったり、胸が高鳴ったりする。おかしなことを考えたからかと思ったが、本当に具合が悪いのか?)
クラウドは自分の体に自信がなくなって、最終的にエリーに従う。
「じゃあ、よろしく頼む」
「はい。では、上着を脱いでください」
「あぁ……あぁ?」
「どうしました?」
きょとんとするエリーは真面目そのもので、クラウドは何も言うことができず上着を脱ぐ。
「エリー様、入りますよ~」
ふいにノックの音がするが、クラウドとエリーは特に気にしない。
「どうぞ」
エリーが了承すれば、扉が開く。
「きゃあぁぁぁ! 何をしているんですか」
耳に響く甲高い声がクラウドたちに襲い掛かる。
「あっ、ちょうどよかった。ウェズもいるでしょう?」
エリーは叫び声など無視して診察を続けている。
「何をしているのですか?」
聞いていることは同じだが、落ち着いた調子でウェズが尋ねてくる。
「ウェズの方が詳しいわよね、ちょっと来て」
エリーは質問に答える気などなく、ウェズを呼ぶ。
「ふ、服を着てください!」
「リズ、診察中だから我慢して」
「嫌です! 美しき芸術品の筋肉は鑑賞するものであり、晒すべきですが、ひょろひょろの体は猥褻なものでしかありません! エリー様も見ては駄目です」
リズは半裸の男性を見て動揺しているのではなく、問題は体つきのようだ。
「ひょろひょろ……」
クラウドは自分の体を見下ろしてため息をつく。
鍛えてみたこともあったし、王子の側近ということである程度の武術は修めている。それなのに、一向に 筋肉質と無縁なのはきっと体質なのだろう。
「大丈夫です。見た目の筋肉よりも、内側の筋肉が大事ですよ」
エリーに慰められるとクラウドは肩を落としてしまう。見た目はひょろひょろと肯定されたように感じたからだ。
「ウェズも脱いでくれたら目のやり場に困らないのに……何か手伝いはありますか、エリー様?」
普通は脱がれたら目のやり場に困るだろうに、リズはそれを望んでいるという。やはり変り者であると納得させられてしまう。
「うん、じゃあ薬を手伝って。診察はウェズに任せるから」
エリーがクラウドの前から席を空けると、すぐにウェズが現れる。
「それで、一体どんな症状なのですか?」
「いや、たいしたことはない」
「そんなことありません! 熱もあるみたいですし、何より脈が安定しないのです」
クラウドを諫めるようにエリーが割り込んでくる。それを聞いてウェズは半ば呆れた顔をしている。
「それは……まぁ、いい。診てみるが、熱はなさそうだな」
ウェズの顔が近づいてきてもクラウドは熱くなることはない。
「では、熱は下がったのですね!」
前向きなエリーは喜んでいて、最初から熱などなかったのではと疑いもしない。
「他は……脈が安定しないでしたか。失礼」
ウェズに手首をとられたクラウドは警戒するように一度体を跳ねさせたが、脈をとるためだとわかるとすぐに落ち着く。
「大丈夫なようだが」
「えっ、本当? 私も」
エリーがウェズのつかむ手首とは反対側の手をつかむ。
「うーん、大丈夫……治った感じがしますか? クラウド様?」
クラウドの顔にエリーの柔らかな栗毛の髪がなびいてくる。
薬草と花が入り交じった爽やかで甘い香りが、クラウドの鼻腔をくすぐる。
ドクン
何かが跳ねる音をクラウドは確かに聞いた。それは、手首を掴んだままのエリーも感じたようだ。
「ほらっ、偶にこのような症状があるの。ウェズもわかったでしょう? どう思う?」
真面目に心配するエリーとは別に、ウェズはクラウドをじっと見つめてくる。
(なんだ……あぁ、そうだ。俺はエリーに近寄られて動揺しているんだよ。わかるだろ、男なら。いや、一緒に住んでいるから何も感じないというのか?)
クラウドは心の中で、ちょっと卑屈っぽくウェズの視線に開き直る。それを感じとったのかはわからないが、ウェズがエリーに見解を示す。
「治療法はないですね……まったく、難儀です」
「えっ、そんな!」
エリーは驚いて手を口に当てているが、クラウドはウェズのため息混じりの解答に眉を寄せる。
(王都の貴族だからといって、遊びほうけているわけでも女慣れしているわけでもない。これは至って普通で、同情されるほど難儀じゃない!)
クラウドはウェズに馬鹿にされているように感じて、むっとする。
だが、口に出してしまうとエリーに色々知られてしまうことになるため心の中で叫ぶに留める。
「クラウド様は大丈夫なの? どんな薬が必要?」
エリーが慌てているのに対して、ウェズは落ち着いていてその温度差は激しい。
「王子の側近ってやっぱり体を悪くするのですね。辞める人が絶えないと王都で働く友人が言っていたわ」
リズは診察が終わったと同時にクラウドに上着を無理矢理押しつける。
「胃が痛くなるというだけでも不憫なのに、さらに別の病まで……」
さりげなく不憫と言ってしまっているエリーにクラウドは怒る気にはなれないが、悲しくはなってくる。
「落ち着いてください。クラウド様の症状はひどいものにはなりません。これは薬では治らない、病気とも呼べるが病気ではないものなのです」
「何、それ?」
良かったのか、残念なのかエリーはクラウドの好意を少しも理解していない。
「説明するのは難しいような、簡単なような……」
ウェズがクラウドを窺ってくる。無神経にばらされるのも嫌だが、こういう態度もクラウドは面白くない。
(これで、エリーとウェズが恋仲だったら……俺はいい笑い者だな)
エリーは意外にボケているし、ウェズは寡黙で表情もあまり読めないため二人の関係はわからない。
「とりあえず、大丈夫ということでいいのですか?」
あくまで興味はクラウドの体のこと。こう言うと語弊はあるが、一番しっくりいく。エリーは病気に対して真剣なのだ。
「心配はいらないだろう」
「そうですか。では、今度その病気について色々学びたいです。よかったら、クラウド様もお話を聞かせてくださいね」
「あっ、あぁ」
勢いに負けて首を縦に振ってしまったことをクラウドは後悔する。
まさか、エリーと接触して胸が高鳴ったなど言えるわけがない。それはまるで告白のようだ。どうやってエリーとの会話から逃れようかクラウドが考えていたところ、タイミング良く扉が叩かれた。
「――失礼します。ここにクラウド様はいらっしゃいますか?」
「はい、いらっしゃいますよ。どうぞ」
エリーが入室を促せば、リズが扉を開ける。
「歓談中、失礼します。クラウド様に書簡が届いています」
「書簡? わざわざ何を送って来たんだ」
クラウドは首を傾げながら書簡を開く。
「…………おっ」
「どうしました?」
言葉に詰まったクラウドにエリーが声をかける。
「王子が……ここに来る」
書簡に書かれていたのは一言
“王子がそちらに向かった、健闘を祈る”
同僚が送ってくれた書簡はありがたいが、知りたくなかったとクラウドの顔色は一気に悪くなる。
「どうしてだ……イテテテテ」
「大丈夫ですか!」
クラウドはエリーの質問からは逃れられたが、もっと大変なものの襲撃を受けることになってしまった。




